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8月のある暑い日
妖怪腹黒
8月のある暑い日、僕は祭りに行くことを楽しみにしていた。学校から帰るときはすごくそわそわとしていたのではないかと思う。自分のいないところで楽しいことが行われているというような、焦りに似た感覚に支配されていた。委員会が終わり、帰ることができたのが7時過ぎだったからかもしれない。
家に帰るとすぐに着替えて出かけた。自分が普段帰ってからしばらくごろごろしてから宿題に取り掛かることを思ったら、少し笑ってしまった。
会場に着いたら、やはり屋台が立ち並び祭り特有の雰囲気を形成していた。僕は祭りのメインである夜の奉納演舞が見たかったので特に友達とは約束せずに一人で歩き回っていた。どうせ友達少ないし。
暗くなってきて、祭祀が始まった。まず神主が祝詞を唱え、それから雅楽の演奏が始まった。夏の暑い時期であるのに加え、四方に明々と焚かれた篝火によって異様な熱気が一帯を支配していた。
演舞も終わり人が引いていった後も僕はしばらく感動に浸っていた。
「やっぱりこれだよね」後ろから自分の考えていることと全く同じ言葉が聞こえてきたので驚いた。
振り返ってみると、浴衣を着た少女がいた。外見からするとおそらく小学生だろう。僕は同じ思いでいる人がいる嬉しさに、つい話しかけてしまった。
「君もそう思うか! どこが一番好きだった?」といきなり話しかける僕にその子はよく答えてくれたと思う。
ひとしきり雅楽と演舞について語り合った後、僕は多幸感に包まれていた。こんな可愛い女の子とこのような趣味について語り合えるなんて、と。
そしてついに「今日は一人で来たの?」と聞いた。
「うん。今日は一人で来たの。そんなことより屋台で何か食べない?」と聞かれたくなさそうに言われたので、僕はどうして浴衣の小学生が一人で、という疑問を飲み込んで二人で手を繋いで歩いていった。
「焼きイカ二本ください」そう耳の遠そうな屋台のおじいさんに告げたら案の定「二本?」と聞き返された。人間想定していたトラブルにはそう腹が立たないものだなぁと思いながら受け取った。
二人で屋台で買った焼きイカをもしゃもしゃ食べながら人の流れをぼーっと見ていた。
「夏だからかな、浴衣を着ている人が多いね」
「そうだね、私の浴衣どう? 結構すごいんだよ?」
「そういえばなかなか珍しい柄だねぇ。生地も今まで触ったことのない感触だ」
「祭りに遊びに行くときに着ていくためにってお父さんに作ってもらったの」「へぇ、君のお父さんはなかなか器用なんだねぇ」
「そうなの!」
嬉しそうに笑う彼女を膝の上に乗せておしゃべりしていた。道行く人々はあまりこちらに気を止めなかった。不審な中学生だと見られていないようだ。僕の私服もまだまだ捨てたものじゃないな、と一人満足していた。
時刻は十時になろうとしていた。
「いくらなんでもそろそろ帰らないと不味いんじゃないかい」と聞いてみたら
「じゃあ最後に、あっちの神社に寄って行きたいな」と僕の手を引っ張り歩き出した。
「知らない人と一緒に人気のないところに行かないほうがいいよ」と苦笑いしながら後をついていった。
彼女が僕を連れて行こうとしているのは、本殿ではなく、その傍にあるたくさんの神社のうちのひとつのようだった。
「あれ、何か楽の音が聞こえるよ、なんだろうね」
「いいから行こうよ」そういってなおも女の子は手を引っ張る。
やはりこの子は、いや本の読みすぎだろうか、と思っていると、急に視界が揺らいだ。空気が粘り気を帯びたように感じる。
自分は今、違う世界にいる。そう確信しつつ歩を進める。
目の前には色とりどりの光が踊り、これまでに聞いたことのない音楽が鳴っていた。僕は震えが止まらなかった。一秒でも長くこの光景、この音を脳裏に焼き付けておきたかった。それほどまでに感銘を受けたのだ。
「ありがと、おねえちゃん。今日は楽しかった。 でもおねえちゃんはおねえちゃんだからここまでだよ、ごめんね」
その声が聞こえた瞬間すべてが消えた。目の前にあるのはいつもの古ぼけた神社だった。
あの子は僕の妄想ではなく、本当に人ではなかったようだ。屋台のおじいさんや通行人の微妙な反応の訳が分かった。姉妹だと思われていたからではなく、僕が一人で変な事をしている奴だったんだね。
「神域は女人禁制ってか、畜生」そう罵りながらも僕はとても幸せな気分で帰り道を歩いた。
それから受験や就職など、ことあるごとにその神社には願掛けに来ている。
妖怪腹黒
8月のある暑い日、僕は祭りに行くことを楽しみにしていた。学校から帰るときはすごくそわそわとしていたのではないかと思う。自分のいないところで楽しいことが行われているというような、焦りに似た感覚に支配されていた。委員会が終わり、帰ることができたのが7時過ぎだったからかもしれない。
家に帰るとすぐに着替えて出かけた。自分が普段帰ってからしばらくごろごろしてから宿題に取り掛かることを思ったら、少し笑ってしまった。
会場に着いたら、やはり屋台が立ち並び祭り特有の雰囲気を形成していた。僕は祭りのメインである夜の奉納演舞が見たかったので特に友達とは約束せずに一人で歩き回っていた。どうせ友達少ないし。
暗くなってきて、祭祀が始まった。まず神主が祝詞を唱え、それから雅楽の演奏が始まった。夏の暑い時期であるのに加え、四方に明々と焚かれた篝火によって異様な熱気が一帯を支配していた。
演舞も終わり人が引いていった後も僕はしばらく感動に浸っていた。
「やっぱりこれだよね」後ろから自分の考えていることと全く同じ言葉が聞こえてきたので驚いた。
振り返ってみると、浴衣を着た少女がいた。外見からするとおそらく小学生だろう。僕は同じ思いでいる人がいる嬉しさに、つい話しかけてしまった。
「君もそう思うか! どこが一番好きだった?」といきなり話しかける僕にその子はよく答えてくれたと思う。
ひとしきり雅楽と演舞について語り合った後、僕は多幸感に包まれていた。こんな可愛い女の子とこのような趣味について語り合えるなんて、と。
そしてついに「今日は一人で来たの?」と聞いた。
「うん。今日は一人で来たの。そんなことより屋台で何か食べない?」と聞かれたくなさそうに言われたので、僕はどうして浴衣の小学生が一人で、という疑問を飲み込んで二人で手を繋いで歩いていった。
「焼きイカ二本ください」そう耳の遠そうな屋台のおじいさんに告げたら案の定「二本?」と聞き返された。人間想定していたトラブルにはそう腹が立たないものだなぁと思いながら受け取った。
二人で屋台で買った焼きイカをもしゃもしゃ食べながら人の流れをぼーっと見ていた。
「夏だからかな、浴衣を着ている人が多いね」
「そうだね、私の浴衣どう? 結構すごいんだよ?」
「そういえばなかなか珍しい柄だねぇ。生地も今まで触ったことのない感触だ」
「祭りに遊びに行くときに着ていくためにってお父さんに作ってもらったの」「へぇ、君のお父さんはなかなか器用なんだねぇ」
「そうなの!」
嬉しそうに笑う彼女を膝の上に乗せておしゃべりしていた。道行く人々はあまりこちらに気を止めなかった。不審な中学生だと見られていないようだ。僕の私服もまだまだ捨てたものじゃないな、と一人満足していた。
時刻は十時になろうとしていた。
「いくらなんでもそろそろ帰らないと不味いんじゃないかい」と聞いてみたら
「じゃあ最後に、あっちの神社に寄って行きたいな」と僕の手を引っ張り歩き出した。
「知らない人と一緒に人気のないところに行かないほうがいいよ」と苦笑いしながら後をついていった。
彼女が僕を連れて行こうとしているのは、本殿ではなく、その傍にあるたくさんの神社のうちのひとつのようだった。
「あれ、何か楽の音が聞こえるよ、なんだろうね」
「いいから行こうよ」そういってなおも女の子は手を引っ張る。
やはりこの子は、いや本の読みすぎだろうか、と思っていると、急に視界が揺らいだ。空気が粘り気を帯びたように感じる。
自分は今、違う世界にいる。そう確信しつつ歩を進める。
目の前には色とりどりの光が踊り、これまでに聞いたことのない音楽が鳴っていた。僕は震えが止まらなかった。一秒でも長くこの光景、この音を脳裏に焼き付けておきたかった。それほどまでに感銘を受けたのだ。
「ありがと、おねえちゃん。今日は楽しかった。 でもおねえちゃんはおねえちゃんだからここまでだよ、ごめんね」
その声が聞こえた瞬間すべてが消えた。目の前にあるのはいつもの古ぼけた神社だった。
あの子は僕の妄想ではなく、本当に人ではなかったようだ。屋台のおじいさんや通行人の微妙な反応の訳が分かった。姉妹だと思われていたからではなく、僕が一人で変な事をしている奴だったんだね。
「神域は女人禁制ってか、畜生」そう罵りながらも僕はとても幸せな気分で帰り道を歩いた。
それから受験や就職など、ことあるごとにその神社には願掛けに来ている。
噂の巫女
イルカ
――あなたはもう、逃げられない――
巫女は美しく、可憐に言った……
*嘘なる噂*
あぁ、眠い。何でこんなに眠いのだろう。催眠効果しか存在しない授業をしている教師が悪いし、こんなに丁度いい気温にする大自然も悪い。よって、俺は何一つ悪くなく、これが至って普通なのである。
という結論に達し、俺はもう一度、寝ようと机に突っ伏すと、面倒なことに隣の席の境(さかい)が話しかけてきた。
「なあ、この授業、異常なほどに眠たくならないか?」
ならば寝ろ。そして、永遠に俺の睡眠の妨げをするな。
と内心思ったが、こいつのせいでもう、目が覚めたので、一つ相手をしてやることにした。
「そうだな、お前に邪魔されなければ、いい睡眠を取れただろうな」
境は少し、不思議そうな顔をした。
「俺の言ったことに何か間違えがあったか?」
もう一度、皮肉をこめて言うと
「いや~、皮肉も毎日聞くと、慣れてくるもんなんだな~って」
「じゃあ、死んでろ」
「今日の今さっきまで、ただの皮肉屋だったのに、そんな、ド直球で言われると……」
なんだ? 心が痛むとか言うつもりか?
「ゾクゾクしちゃう♪」
「ここに、度し難い変態がいる」
「いやいや、冗談だよ! そんな、親友との友情を鋏で切断するみたいに、簡単に引かないでよ! というか、なんでそんなノミ並な音量?」
そろそろ、頃合かな。
俺の予測が的中し、黒板の方を向いていた教師が、振り返り、言った。
「おい、境、黙ることが出来ないんなら、出てってもらうぞ」
「へ? 俺だけ? 大和(やまと)は?」
「大和は喋ってないだろうが」
「大和、これを見越してたなああああああああ」
「境、五月蝿(うるさ)いぞ。もうお前廊下に出てろ」
催眠術が一斉に解けたように、教室中の皆が、笑った。
境は俺を恨みがましく言った。
「授業後、覚えてろよ」
おいおい、親友じゃあないのかよ。
と心で突っ込んでから、俺は欠伸をし、眠りに入った。
「今日の授業はここまでだ。ちゃんと、復習しておくように」
「あと、境は、この後すぐ職員室に来るように」
やっと、教室に入れるって顔をした境は、その言葉を聞き、けだるそうに方向転換した。
憐れな奴だ。
「大和、てんめぇえええええ」
五分後、戻ってきた境はまた、大声を挙げて言った。
「お前のせいで反省文三枚程書かされたじゃねぇか!」
反省文……三枚?
「よくそんな量、五分で書けたな」
九割本気で驚いていると
「もう、慣れたからな♪」
と異様なほどに爽快感溢れる笑顔で言った。
「ま、褒められた事じゃあないけどな」
「別にそんなことどうでもいいんだよ。それより、飯を食おう。もう腹がもたねえ」
そう言って、境は弁当を取り出し、食べ始めた。
「境、速過ぎだろ……」
さっき、食い始めたはずなのに、いつの間にか、食い終わっていやがった。境よ、喉に詰まっても知らんぞ、と思っていると
「……ごふぁ、ぐっ……」
案の定喉に詰まりやがった。茶を手渡すと、その茶を一気に飲み干し、咽(むせ)た。
「お前、バカだろ」
今の境を見れば、誰もが思うであろう感想を率直に言った。しかし、境は、認めたくないようで、無駄に色々、言い訳らしき戯言(たわごと)を約三分程話した。そして、いきなり思い出したかのようにこんなことを言ってきた。
「そういや、知ってるか? 毎年、開かれる夏祭りで変な噂が流れているのを」
「どういう、噂なんだ? それは」
「それがよ、夏祭りの開かれる神社にはある巫女がいるんだが、その巫女を見た奴が誰一人としていないらしいんだよ」
???
「どういうことだ? 巫女はいっぱいいるだろ?」
「いや、だからさ、ある巫女だって言っただろ? なんかさ、噂が一人歩きしてるみたいでさ」
なんだよ、それ、と思いつつも、噂だけが一人歩きしているって言うのは想像してみると、かなり、恐ろしく感じた。巫女を見た者は居ないはずなのに伝わっていく、薄気味悪さ。背筋が凍るようだった。
「で、その噂が何なんだよ? さすがに、怖いから確かめようとか、却下だぞ?」
「いや、ただ、噂が噂であり続けるために必要なことだろ?」
境はニヤリと、してやったり顔をして言った。要するにこれは、境が作り上げた嘘の噂ということだ。さっき、廊下を立たされたときの仕返しなのだろう。
「嵌められたか。そういや、夏祭り、もうすぐだな~。境、誰か誘って祭りに行くか?」
「誰かって女子か?」
「男同士で遊びに行くという思考は無いのな」
「男同士で行ってどうすんだよ! 其処此処にいるだろうはずのリア充共に囲まれて、楽しめると思うか? 答えは否! そんなもん、無理に決まっている!」
境の言い分も分からない訳ではないが、普通に男同士でも、面白いと思うけどな。『男子高校生の○常』みたいで。だが、やはり、女子がいないというのは少し、盛り上がりに欠けるだろう。
「それじゃあ、綾芽(あやめ)たち、誘おうぜ、境」
「なんで、俺が告って、この間、玉砕したばっかりの相手選ぶの? ドSなの?」
「文句言っても、そいつらしか俺ら、行動したこと無いんだから、諦めろ」
ここにいる境は入学式で木野綾芽(きのあやめ)という女子に一目ぼれしたらしく、運悪くこいつの隣の席だった俺が協力させられたのだ。境は共に過ごす時間が長ければ少しは好感度が上がるかも、と思ったらしい。その考えを以て入学してから二ヶ月くらいは綾芽たちと同じグループで過ごした。そして、境は我慢できず告って、見事に玉砕したというわけだ。
「まあ、お互い水に流して、友達からやればいいんじゃないか?」
「友達ならいい人か……」
境は玉砕した時の綾芽の返事を思い出したのか、遠い目をしていた。綾芽はおしとやかで、優しい、人間の鑑とも言うべき女子で、更に言うと顔はかなり、可愛い。まあ、一目ぼれするのも無理は無い。境は一応、立ち直ったが、今日まで綾芽と一度も話していないのだ。
五分後、境はやっと、過去から戻ってきた。
「まあ、俺も綾芽とこんなぎこちない関係は嫌だから、友人としてちゃんと、接し合ってみるかな」
「それじゃあ、綾芽と瑠璃(るり)、香子(きょうこ)を誘うってことでいいんだな?」
「大和、一応、一人忘れてやるなよ」
ああ、そうだった。境の恋に協力したのは俺ともう一人いたな。
「あと竹久(たけひさ)か?」
竹久はいわゆるゲーマー兼ヲタクというやつらしいが、俺はゲームをやり込むまではしないし、特に好きなアニメも無いので、話したことが無かった。あと、結構影が薄い。いつの間にっ、と思わされることが何度あったことか。
「それじゃ、この5人で夏祭り行くってのでいいな?」
「えっ、夏祭りですか? 別にいいですよ。瑠璃ちゃんも香子ちゃんも行けますよね?」
「瑠璃はいけますよ~」
「私も行けるわよ?」
「それじゃあ、夏祭りは今週の日曜だから、神社前に一四時集合でいいね?」
俺と境が女子三人に夏祭りのことを伝えると、周りも夏祭りを思い出したらしく、せわしなく誰かを誘い合ったりしていた。
*夏祭り?*
俺は夏祭りに来ているのだが、まさか、こんなことになろうとは思わなかった。
まず、俺、境、綾芽、香子、瑠璃、竹久の六人が神社前にほとんど同時に、着いたのだが、その後、神社の中に入ると例年の何倍いるんだ? と思うぐらい、人が異常なほど神社に集まっていたのだ。よく見てみると、そのほとんどが俺たちの学校の生徒だった。
俺たちが祭りの話をしていたことで夏祭りの印象が高まって、それが広まり、夏祭りに来たのだそうだ。
「にしても、すごい人数だよな、これ」
境はそう呟いた。確かに、俺たちが夏祭りの話をしていただけで、こんなに集まったのだとは思えないが……
「まあ、人が多ければ多いほど、祭りは楽しくなりますから別にいいんじゃないでしょうか?」
綾芽がそう言ったとき、俺は何かを、聞いた
風のように軽やかに
そして、
心に直接、話しかけてくるように
――あなたはもう、逃げられない――
という言葉を……
*巫女*
俺たちはもう、これ以上ないくらいに狂い騒いでいた。最初は普通の祭りのように騒いだり、遊んでいただけだった。しかし、ノリのいいお祭り男とでも言うのだろうか、そういう大人たちが、遊び疲れて休んでいた俺たちに何かの飲み物を一気飲みするようにはやし立てたのだ。それこそ、ただのノリで境たちはその何かを飲んだのだが、やはり、中身の分からないものだったのだから止めておけばよかったと俺は後悔した。まあ、俺は飲まなかったんだが……
その飲み物は酒だったわけだが、境とその他3人はべろんべろんに酔っていて、愚痴を話し合ったりしていた。これ、教師に見つかったらお終いだな、っていうレベルだった。
境と綾芽、香子と竹久、というセットで酔いつつも、色々と話し合っているようだった。その話の一部が聞こえてきた。
「だから、あのアニメはここがいいんでしょうが、ひっく」
どうやら、香子は竹久と同じくヲタクだったらしい。
他の学生も酒を飲んだ(?)らしく、いくつかの衝撃の事実が飛び交っていた。そして、あの穏やかな瑠璃はどこに行ったのだろう、と周りを見回すと……
酔っている学生たちに、崇められていた……
どういう経緯かは知らないが、瑠璃は酔っていても性格は変わっていないようで、おろおろと困っていた。
そして、酒を飲まなかった俺は酔っている友人たちの会話に入れないのは目に見えているので、この恐ろしい光景を眺めているだけだった。
「はて、どうしたもんかな」
さすがに、このまま一人で帰るのは気が引けるし、かといってあのまま友人たちを家に帰せば、両親の説教というものが待っている。そこまで考えたところで、
「よし、酔いが醒めるまで待ってるか」
という結論に達した。
そのとき、また、あの声が聞こえた。
――あなたはもう、逃げられない――
――ここは〝別離の社〟――
そのとき、俺の目には馬鹿騒ぎの光景は消えた……
そして、心に直接語りかけるような声は、音へと変化して言った。
「私は、〝離(り)の巫(み)女(こ)〟、情に流さるるは悪、を理とする社の守護者なり」
???
「あなたはもう、逃れることは出来ない、我の決めし運命に従うのみなり」
「どういうことだ?」
いきなりの展開に脳がついていけなかった。
状況を理解すべく、話を整理しようとしたが、声がそれをさせてはくれなかった。
「あなたは、私の決めた運命に従っていればいい、ってことよ」
さっきまでの堅苦しい言葉は消え、ただ、一人の女の子の声だけが響いていた。
俺は声のする方へ、目を向けると、そこに居たのは美しく、可愛らしい巫女だった。
巫女の頭上には紫色に染まった奇妙な鳥居があった。
「あなたは、誰なんですか?」
俺がそう聞くと
「私は、〝離の巫女〟よ。あなたをあなたの居た世界から別離させることが私の役目なの」
「何故? というか、どういう意味?」
俺は境のでっち上げの噂が本当になったのだと思った。
「理由としては、あなたは、この世界に合っていないから。意味としてはあなたは私と一緒にこの〝別離の社〟で一生を閉じるってことかしら。まあ、あなたが死んでも、私は永遠に生き続けるのだけれどね」
「もうちょっと、詳しく説明できない?」
「世界に合ってないから、私があなたの奇妙な力を抑えるって感じよ」
奇妙な力ってどういうことだろう? それについて、説明してもらおうと口を開きかけたが、目の前の巫女はそれを制した。
「あなたの質問はこれで終わり、もう、諦めなさい」
急過ぎて脳が停止しているような感覚に襲われた。
しかし、一つの、諦め切れるわけがないだろ、という感情が心の底から湧き出ていた。
「そんな意味の分からないことでこんな訳の分からない場所に閉じ込められて堪(たま)るか!」
俺は出口を見つけようと走り出そうとした。しかし、俺の体は動かなかった。巫女が俺の体に抱きついていたからだ。彼女の眼を見ると涙目だった。
「戻ろうとしないでよ!あなたは、その奇妙な力を使えば、戻ろうと思えば戻れるわ! でも、私を一人にしないで! 私は生まれたときからここに一人で居た記憶しかない。それでも、あなたのことだけは知っていた。ここ、〝別離の社〟は世界から人を引き離すための場所というよりは、永遠に触れることも出来ないで見るだけの世界に死ぬほど恋焦がれて過ごす空間なの。恋焦がれる世界において私の声が聞こえたのは、唯一あなただけなの! だから、私を一人にしないで! 一人にしないで! 一人に、一人に、一人にしないでよ……」
色々と分からないことが多くあったが、一つのことを決心するのには充分だった。
「じゃあ、一緒に俺の世界に来ないか?」
彼女の言うことから推測するに多分、そういうのも出来るのではないだろうか。
「え?」
彼女は涙で赤くした眼を見開いて、「そんなことが出来るの?」といったような顔をしていた。
「君はそうすることを望んでいるんだろう?」
彼女はもう一度泣きそうな顔でコクッと頷いた。
「じゃあ、行こう」
俺は彼女の手を取った。
*帰りに*
「おっ、戻ってこれたみたいだな」
あの子が無事にこの世界に居れているのか、確認しようと繋いでる手の方を見ると……
「っっっ」
「んっ、ありがとう」
彼女からキ、キスをされた。
彼女は顔を赤らめて感謝の言葉を告げた。
あの空間は暗闇だったので、彼女の黒髪はあまり分からなかったが、見てみると美しい黒髪で長髪だった。
そういえば、彼女が最初に言っていた、運命がなんたらっていうのは何か関係があったのだろうか?
「そういえば、最初のあれは?」
「ただのあなたを引き止めるための方便よ」
自分で言ってて恥かしくなったのか、赤かった顔にもっと、赤みがかかった。
「そういえば、この後どうするんだ?」
彼女は少し考えて言った。
「あなたと一緒に帰ってもいい?」
「いいに決まっているだろ」
俺も顔が赤くなっていたに違いない。
嬉しそうな顔をして、彼女は俺の数歩前を歩き、もう一つ思い出したかのように、付け足すように言った。
「あっ、私の名前は神社(かみやしろ)伊代(いよ)って言うの。」
(終)
イルカ
――あなたはもう、逃げられない――
巫女は美しく、可憐に言った……
*嘘なる噂*
あぁ、眠い。何でこんなに眠いのだろう。催眠効果しか存在しない授業をしている教師が悪いし、こんなに丁度いい気温にする大自然も悪い。よって、俺は何一つ悪くなく、これが至って普通なのである。
という結論に達し、俺はもう一度、寝ようと机に突っ伏すと、面倒なことに隣の席の境(さかい)が話しかけてきた。
「なあ、この授業、異常なほどに眠たくならないか?」
ならば寝ろ。そして、永遠に俺の睡眠の妨げをするな。
と内心思ったが、こいつのせいでもう、目が覚めたので、一つ相手をしてやることにした。
「そうだな、お前に邪魔されなければ、いい睡眠を取れただろうな」
境は少し、不思議そうな顔をした。
「俺の言ったことに何か間違えがあったか?」
もう一度、皮肉をこめて言うと
「いや~、皮肉も毎日聞くと、慣れてくるもんなんだな~って」
「じゃあ、死んでろ」
「今日の今さっきまで、ただの皮肉屋だったのに、そんな、ド直球で言われると……」
なんだ? 心が痛むとか言うつもりか?
「ゾクゾクしちゃう♪」
「ここに、度し難い変態がいる」
「いやいや、冗談だよ! そんな、親友との友情を鋏で切断するみたいに、簡単に引かないでよ! というか、なんでそんなノミ並な音量?」
そろそろ、頃合かな。
俺の予測が的中し、黒板の方を向いていた教師が、振り返り、言った。
「おい、境、黙ることが出来ないんなら、出てってもらうぞ」
「へ? 俺だけ? 大和(やまと)は?」
「大和は喋ってないだろうが」
「大和、これを見越してたなああああああああ」
「境、五月蝿(うるさ)いぞ。もうお前廊下に出てろ」
催眠術が一斉に解けたように、教室中の皆が、笑った。
境は俺を恨みがましく言った。
「授業後、覚えてろよ」
おいおい、親友じゃあないのかよ。
と心で突っ込んでから、俺は欠伸をし、眠りに入った。
「今日の授業はここまでだ。ちゃんと、復習しておくように」
「あと、境は、この後すぐ職員室に来るように」
やっと、教室に入れるって顔をした境は、その言葉を聞き、けだるそうに方向転換した。
憐れな奴だ。
「大和、てんめぇえええええ」
五分後、戻ってきた境はまた、大声を挙げて言った。
「お前のせいで反省文三枚程書かされたじゃねぇか!」
反省文……三枚?
「よくそんな量、五分で書けたな」
九割本気で驚いていると
「もう、慣れたからな♪」
と異様なほどに爽快感溢れる笑顔で言った。
「ま、褒められた事じゃあないけどな」
「別にそんなことどうでもいいんだよ。それより、飯を食おう。もう腹がもたねえ」
そう言って、境は弁当を取り出し、食べ始めた。
「境、速過ぎだろ……」
さっき、食い始めたはずなのに、いつの間にか、食い終わっていやがった。境よ、喉に詰まっても知らんぞ、と思っていると
「……ごふぁ、ぐっ……」
案の定喉に詰まりやがった。茶を手渡すと、その茶を一気に飲み干し、咽(むせ)た。
「お前、バカだろ」
今の境を見れば、誰もが思うであろう感想を率直に言った。しかし、境は、認めたくないようで、無駄に色々、言い訳らしき戯言(たわごと)を約三分程話した。そして、いきなり思い出したかのようにこんなことを言ってきた。
「そういや、知ってるか? 毎年、開かれる夏祭りで変な噂が流れているのを」
「どういう、噂なんだ? それは」
「それがよ、夏祭りの開かれる神社にはある巫女がいるんだが、その巫女を見た奴が誰一人としていないらしいんだよ」
???
「どういうことだ? 巫女はいっぱいいるだろ?」
「いや、だからさ、ある巫女だって言っただろ? なんかさ、噂が一人歩きしてるみたいでさ」
なんだよ、それ、と思いつつも、噂だけが一人歩きしているって言うのは想像してみると、かなり、恐ろしく感じた。巫女を見た者は居ないはずなのに伝わっていく、薄気味悪さ。背筋が凍るようだった。
「で、その噂が何なんだよ? さすがに、怖いから確かめようとか、却下だぞ?」
「いや、ただ、噂が噂であり続けるために必要なことだろ?」
境はニヤリと、してやったり顔をして言った。要するにこれは、境が作り上げた嘘の噂ということだ。さっき、廊下を立たされたときの仕返しなのだろう。
「嵌められたか。そういや、夏祭り、もうすぐだな~。境、誰か誘って祭りに行くか?」
「誰かって女子か?」
「男同士で遊びに行くという思考は無いのな」
「男同士で行ってどうすんだよ! 其処此処にいるだろうはずのリア充共に囲まれて、楽しめると思うか? 答えは否! そんなもん、無理に決まっている!」
境の言い分も分からない訳ではないが、普通に男同士でも、面白いと思うけどな。『男子高校生の○常』みたいで。だが、やはり、女子がいないというのは少し、盛り上がりに欠けるだろう。
「それじゃあ、綾芽(あやめ)たち、誘おうぜ、境」
「なんで、俺が告って、この間、玉砕したばっかりの相手選ぶの? ドSなの?」
「文句言っても、そいつらしか俺ら、行動したこと無いんだから、諦めろ」
ここにいる境は入学式で木野綾芽(きのあやめ)という女子に一目ぼれしたらしく、運悪くこいつの隣の席だった俺が協力させられたのだ。境は共に過ごす時間が長ければ少しは好感度が上がるかも、と思ったらしい。その考えを以て入学してから二ヶ月くらいは綾芽たちと同じグループで過ごした。そして、境は我慢できず告って、見事に玉砕したというわけだ。
「まあ、お互い水に流して、友達からやればいいんじゃないか?」
「友達ならいい人か……」
境は玉砕した時の綾芽の返事を思い出したのか、遠い目をしていた。綾芽はおしとやかで、優しい、人間の鑑とも言うべき女子で、更に言うと顔はかなり、可愛い。まあ、一目ぼれするのも無理は無い。境は一応、立ち直ったが、今日まで綾芽と一度も話していないのだ。
五分後、境はやっと、過去から戻ってきた。
「まあ、俺も綾芽とこんなぎこちない関係は嫌だから、友人としてちゃんと、接し合ってみるかな」
「それじゃあ、綾芽と瑠璃(るり)、香子(きょうこ)を誘うってことでいいんだな?」
「大和、一応、一人忘れてやるなよ」
ああ、そうだった。境の恋に協力したのは俺ともう一人いたな。
「あと竹久(たけひさ)か?」
竹久はいわゆるゲーマー兼ヲタクというやつらしいが、俺はゲームをやり込むまではしないし、特に好きなアニメも無いので、話したことが無かった。あと、結構影が薄い。いつの間にっ、と思わされることが何度あったことか。
「それじゃ、この5人で夏祭り行くってのでいいな?」
「えっ、夏祭りですか? 別にいいですよ。瑠璃ちゃんも香子ちゃんも行けますよね?」
「瑠璃はいけますよ~」
「私も行けるわよ?」
「それじゃあ、夏祭りは今週の日曜だから、神社前に一四時集合でいいね?」
俺と境が女子三人に夏祭りのことを伝えると、周りも夏祭りを思い出したらしく、せわしなく誰かを誘い合ったりしていた。
*夏祭り?*
俺は夏祭りに来ているのだが、まさか、こんなことになろうとは思わなかった。
まず、俺、境、綾芽、香子、瑠璃、竹久の六人が神社前にほとんど同時に、着いたのだが、その後、神社の中に入ると例年の何倍いるんだ? と思うぐらい、人が異常なほど神社に集まっていたのだ。よく見てみると、そのほとんどが俺たちの学校の生徒だった。
俺たちが祭りの話をしていたことで夏祭りの印象が高まって、それが広まり、夏祭りに来たのだそうだ。
「にしても、すごい人数だよな、これ」
境はそう呟いた。確かに、俺たちが夏祭りの話をしていただけで、こんなに集まったのだとは思えないが……
「まあ、人が多ければ多いほど、祭りは楽しくなりますから別にいいんじゃないでしょうか?」
綾芽がそう言ったとき、俺は何かを、聞いた
風のように軽やかに
そして、
心に直接、話しかけてくるように
――あなたはもう、逃げられない――
という言葉を……
*巫女*
俺たちはもう、これ以上ないくらいに狂い騒いでいた。最初は普通の祭りのように騒いだり、遊んでいただけだった。しかし、ノリのいいお祭り男とでも言うのだろうか、そういう大人たちが、遊び疲れて休んでいた俺たちに何かの飲み物を一気飲みするようにはやし立てたのだ。それこそ、ただのノリで境たちはその何かを飲んだのだが、やはり、中身の分からないものだったのだから止めておけばよかったと俺は後悔した。まあ、俺は飲まなかったんだが……
その飲み物は酒だったわけだが、境とその他3人はべろんべろんに酔っていて、愚痴を話し合ったりしていた。これ、教師に見つかったらお終いだな、っていうレベルだった。
境と綾芽、香子と竹久、というセットで酔いつつも、色々と話し合っているようだった。その話の一部が聞こえてきた。
「だから、あのアニメはここがいいんでしょうが、ひっく」
どうやら、香子は竹久と同じくヲタクだったらしい。
他の学生も酒を飲んだ(?)らしく、いくつかの衝撃の事実が飛び交っていた。そして、あの穏やかな瑠璃はどこに行ったのだろう、と周りを見回すと……
酔っている学生たちに、崇められていた……
どういう経緯かは知らないが、瑠璃は酔っていても性格は変わっていないようで、おろおろと困っていた。
そして、酒を飲まなかった俺は酔っている友人たちの会話に入れないのは目に見えているので、この恐ろしい光景を眺めているだけだった。
「はて、どうしたもんかな」
さすがに、このまま一人で帰るのは気が引けるし、かといってあのまま友人たちを家に帰せば、両親の説教というものが待っている。そこまで考えたところで、
「よし、酔いが醒めるまで待ってるか」
という結論に達した。
そのとき、また、あの声が聞こえた。
――あなたはもう、逃げられない――
――ここは〝別離の社〟――
そのとき、俺の目には馬鹿騒ぎの光景は消えた……
そして、心に直接語りかけるような声は、音へと変化して言った。
「私は、〝離(り)の巫(み)女(こ)〟、情に流さるるは悪、を理とする社の守護者なり」
???
「あなたはもう、逃れることは出来ない、我の決めし運命に従うのみなり」
「どういうことだ?」
いきなりの展開に脳がついていけなかった。
状況を理解すべく、話を整理しようとしたが、声がそれをさせてはくれなかった。
「あなたは、私の決めた運命に従っていればいい、ってことよ」
さっきまでの堅苦しい言葉は消え、ただ、一人の女の子の声だけが響いていた。
俺は声のする方へ、目を向けると、そこに居たのは美しく、可愛らしい巫女だった。
巫女の頭上には紫色に染まった奇妙な鳥居があった。
「あなたは、誰なんですか?」
俺がそう聞くと
「私は、〝離の巫女〟よ。あなたをあなたの居た世界から別離させることが私の役目なの」
「何故? というか、どういう意味?」
俺は境のでっち上げの噂が本当になったのだと思った。
「理由としては、あなたは、この世界に合っていないから。意味としてはあなたは私と一緒にこの〝別離の社〟で一生を閉じるってことかしら。まあ、あなたが死んでも、私は永遠に生き続けるのだけれどね」
「もうちょっと、詳しく説明できない?」
「世界に合ってないから、私があなたの奇妙な力を抑えるって感じよ」
奇妙な力ってどういうことだろう? それについて、説明してもらおうと口を開きかけたが、目の前の巫女はそれを制した。
「あなたの質問はこれで終わり、もう、諦めなさい」
急過ぎて脳が停止しているような感覚に襲われた。
しかし、一つの、諦め切れるわけがないだろ、という感情が心の底から湧き出ていた。
「そんな意味の分からないことでこんな訳の分からない場所に閉じ込められて堪(たま)るか!」
俺は出口を見つけようと走り出そうとした。しかし、俺の体は動かなかった。巫女が俺の体に抱きついていたからだ。彼女の眼を見ると涙目だった。
「戻ろうとしないでよ!あなたは、その奇妙な力を使えば、戻ろうと思えば戻れるわ! でも、私を一人にしないで! 私は生まれたときからここに一人で居た記憶しかない。それでも、あなたのことだけは知っていた。ここ、〝別離の社〟は世界から人を引き離すための場所というよりは、永遠に触れることも出来ないで見るだけの世界に死ぬほど恋焦がれて過ごす空間なの。恋焦がれる世界において私の声が聞こえたのは、唯一あなただけなの! だから、私を一人にしないで! 一人にしないで! 一人に、一人に、一人にしないでよ……」
色々と分からないことが多くあったが、一つのことを決心するのには充分だった。
「じゃあ、一緒に俺の世界に来ないか?」
彼女の言うことから推測するに多分、そういうのも出来るのではないだろうか。
「え?」
彼女は涙で赤くした眼を見開いて、「そんなことが出来るの?」といったような顔をしていた。
「君はそうすることを望んでいるんだろう?」
彼女はもう一度泣きそうな顔でコクッと頷いた。
「じゃあ、行こう」
俺は彼女の手を取った。
*帰りに*
「おっ、戻ってこれたみたいだな」
あの子が無事にこの世界に居れているのか、確認しようと繋いでる手の方を見ると……
「っっっ」
「んっ、ありがとう」
彼女からキ、キスをされた。
彼女は顔を赤らめて感謝の言葉を告げた。
あの空間は暗闇だったので、彼女の黒髪はあまり分からなかったが、見てみると美しい黒髪で長髪だった。
そういえば、彼女が最初に言っていた、運命がなんたらっていうのは何か関係があったのだろうか?
「そういえば、最初のあれは?」
「ただのあなたを引き止めるための方便よ」
自分で言ってて恥かしくなったのか、赤かった顔にもっと、赤みがかかった。
「そういえば、この後どうするんだ?」
彼女は少し考えて言った。
「あなたと一緒に帰ってもいい?」
「いいに決まっているだろ」
俺も顔が赤くなっていたに違いない。
嬉しそうな顔をして、彼女は俺の数歩前を歩き、もう一つ思い出したかのように、付け足すように言った。
「あっ、私の名前は神社(かみやしろ)伊代(いよ)って言うの。」
(終)
神になれ!(back)
同刻
とある館
飛鳥は館の姿からは想像も出来ないほどの清潔な部屋のベッドの目を覚ました。しかし、体を起こせたものの手錠と足枷がはめられているためそこの部屋の中しか歩き回れないようにされていた。服は赤と黒の術式を混ぜ込んだ繊維で出来たドレスに変わっていた。どうやら、飛鳥の能力を使えなくするらしい。
「お目覚めか。神を魅せた姫君よ」
「妖怪王、ここはどこ? あんたの目的は私のはずなのに何で忍を傷付けたの」
飛鳥は妖怪王をにらみつけた。妖怪王は黒いスーツを着ており、足を組んで椅子に座っていた。しかし、今の妖怪王は前に見た時と顔が違っており仮面を被っていた。
「おいおい、攻撃してきたのはあいつの方からだぞ。俺は自衛したまでだ」
「また、人を襲って容れ物を作ったの」
「ん? ああ、そうだが、何か問題でも・」
「! 貴方は、何処までも卑劣なのね」
飛鳥は体を抱きすくめて妖怪王を更ににらみつけた。
「ハハハハハハハハハ、それは褒め言葉かい? ハハハハハハハハハ、そうだよ。俺は卑劣さ。妖怪の王たるもの卑劣でなくてどうする。己が現で生ける為に人一人殺せないクズは我々、妖怪ではない。そなたは何処までも面白く、美麗な女子だ」
妖怪王は口を歪ませて大声で笑った。
「嘘よ! 妖怪は本来、人と同じ姿をして自衛のためにしか力を表に出さない。だから、その妖怪達は人と交わることが出来たのよ! 貴方達は人と妖怪の和を乱すだけの存在だけでしかないわ!」
「フッ、そこまで我らの事を知っていたか。物好きなものだ。そうさ、俺は全ての人を喰らい、妖怪だけが存在する世界を作ろうとするこの世界の闇だ」
「けど、そのためなら私は必要ないはずよ。私は神が仕掛けたこの最低な戦争ゲームの設定でしかないのよ」
「しかし、貴様をある特定の儀式で殺し神を倒せば神になることも神を作り、世界の方針も変えることが出来るだろ?」
「!」
飛鳥は体をビクッと振るわせた。黒い恐怖が心の中に流れ込んでくる。
「何で、貴方がその裏のルールを知ってるの。これは四精霊であるサラマンダー、ウィンディーネ、シルフ、ノームと同じ属性の剣の中で選ばれたそれぞれの剣を持つ者にしか知らされない事実なのに、何で貴方が知ってるの!」
妖怪王は椅子に立てかけている剣を手にとって抜いて飛鳥に見せた。
「これは、な~んだ? ケケケケケケ」
飛鳥は目を疑った。
「嘘、何で私の剣、『断罪』が貴方の手の中にあるのよ。それは私がこの世に生を受けた時に、龍翔から貰い受けた神を打ち滅ぼす剣なのに、どうして悪である貴方の手の中にあるのよ!」
飛鳥は断罪を取り返そうと妖怪王に襲い掛かるが足枷の鎖に足を取られてベッドから転げ落ち、背中を強く打った。
「返して、返してよ。それは、春佑が神を倒す時に託さないといけない大切な剣なの。お願い、返して」
飛鳥は床を這って妖怪王の足元に言って妖怪王の足を掴んだ。
「ふっ、そんなにこの剣が大事か。しかし、これは返してはやらぬ。貴様の思い人を殺すために使わなければならんからな」
「だめっ! そんなことに使わせない。強制的に私の中に戻す」
飛鳥が断罪に向かって命令を発するが、断罪は飛鳥の中に戻ってこない。
「どうして、私の意志は絶対反映されるはずなのに!」
「そのドレスは貴様の意思を読み取れなくする術式も混ぜてあるのだ。
当然、この剣にも貴様の心は届かないぞ」
妖怪王は足に捕まっている飛鳥を蹴って引き離した。
「かはっ!」
飛鳥は床で蹲り、逆流した胃液を吐き出す。
「ケケケケケケ、なあ、姫君よ。貴様、その刻印を自分でどう思っている」
「はあ、はあ、……どういう意味?」
「その背中から全身にかけて描かれている不死鳥の模様を貴様はどう思っているのだ? と聞いているのだ」
「……そんなの、聞かなくてもわかるでしょ、『断罪』を手に取ったあなたになら」
妖怪王はにやぁと笑うと
「ほう、そうか。答えは自分で言いたく無いか。まあ、いい。しかし、俺はお前とは意見が異なるな」
「まさか、これが綺麗な物に見えるって言うの?」
「そのまさかさ、神から与えられた人を抹殺する刻印など現にあるわけがなかろう。それを綺麗且つ素晴らしいと言わずにいられるか?」
飛鳥は妖怪王を睨んだ。
「無理でしょうね。あなたには。人を殺すことにしか能がないあなたなんかに!」
飛鳥は激怒し、叫んだが迫力は乏しいものだった。
「ケケケケ、その言葉は俺にとっては誉れなのだが? ふっ、もう、体が持たないのか、人間というのは不便だな」
妖怪王は哀れんでやろうというばかりの声で言い、飛鳥を見た。
飛鳥のまわりには、無数の反射術式が浮いており、飛鳥が激怒したときに放出された能力がすべて飛鳥に跳ね返り、飛鳥の体の内部で爆発したため、飛鳥の体はダメージを受けて、痛みのせいで声が出なくなっていた。
「……がっ、……ぎっ……」
「しばらく、眠っているが良い。あと少しで、俺の目的とお前の絶望が交わるのだからな」
妖怪王は、飛鳥をベッドに寝かせ、妖術で眠らせた。
「さあ、来るが良い。神を討滅する者よ。この俺が殺してやる!」
あとがき
お久しぶりです。前回のあらすじが長いなーと思いながら、五ページ書かせてもらいました。(勝手に書きました)
さて、今回は前回、または前々回を読んでいない方々のために、少し登場人物たちについて説明します。
神谷春佑
この物語の主人公です。
今回をもって、姿が四つ存在することが分かりました。一つは、春佑本来の姿。二つ目は、「炎の剣」開放時、三つ目は、「黄泉の黒炎イザナミ」の封印をといた時、四つ目は、秘密です。
基本の力は「符術」です。
立花飛鳥(明日香)
この物語のヒロインです。
名前のところに(明日香)と書いてあるのは、本名としてはこちらが正しいからという意味で、飛鳥は偽名であるけれども名乗っているのはこちらなので飛鳥と表記しています。
基本の力は「能力」と呼ばれる、飛鳥自信の覇気で出来た象形魔術的なもの(ドラ○ンボールと要領は似ている)です。例外として「断罪」という日本刀を振るいます。
妖怪王「闇を支配する者」
自称、「世界の闇」です。
「闇を支配する者」というのは、通称名で本名は伏せています。
体は昔に朽ち果てているので今は人間の体を器にして現に生きています。
基本の力は、妖術という魔術の親戚みたいなものです。妖怪を召喚したり、剣を使ったりなどなど出来ます。
忍
飛鳥の幼馴染且つ元敵です。
妖怪王と一時契約を交わしてましたが、妖怪王の目的を知って契約を破棄したところ、やられました。
基本の力というより正体は、妖怪使いです。契約を交わした妖怪を召喚して戦います。しかし、力の元を妖怪王に食べられたので今はただの人間です。
空守鷹
春佑の従姉且つ符術使いの姉弟子です。春佑に恋愛という意味ではなく溺愛してます。
基本の力は、春佑と同じく「符術」で、必殺技みたいなもの隠し持っています。正体は不明。
空守嵩杜
鷹の父親です。基本は何もしないでいます。
基本の力は、「符術」です。嵩杜は鷹と春佑の師匠でもあります。
こんなものでしょうか、あと智嘉さんや半妖の友達などが出てきますが、登場はしてないのでやめます。
最後まで楽しんで読んで下さいね。
四月三日
締め切りがーと
思いながら書いていた
春風でした。
同刻
とある館
飛鳥は館の姿からは想像も出来ないほどの清潔な部屋のベッドの目を覚ました。しかし、体を起こせたものの手錠と足枷がはめられているためそこの部屋の中しか歩き回れないようにされていた。服は赤と黒の術式を混ぜ込んだ繊維で出来たドレスに変わっていた。どうやら、飛鳥の能力を使えなくするらしい。
「お目覚めか。神を魅せた姫君よ」
「妖怪王、ここはどこ? あんたの目的は私のはずなのに何で忍を傷付けたの」
飛鳥は妖怪王をにらみつけた。妖怪王は黒いスーツを着ており、足を組んで椅子に座っていた。しかし、今の妖怪王は前に見た時と顔が違っており仮面を被っていた。
「おいおい、攻撃してきたのはあいつの方からだぞ。俺は自衛したまでだ」
「また、人を襲って容れ物を作ったの」
「ん? ああ、そうだが、何か問題でも・」
「! 貴方は、何処までも卑劣なのね」
飛鳥は体を抱きすくめて妖怪王を更ににらみつけた。
「ハハハハハハハハハ、それは褒め言葉かい? ハハハハハハハハハ、そうだよ。俺は卑劣さ。妖怪の王たるもの卑劣でなくてどうする。己が現で生ける為に人一人殺せないクズは我々、妖怪ではない。そなたは何処までも面白く、美麗な女子だ」
妖怪王は口を歪ませて大声で笑った。
「嘘よ! 妖怪は本来、人と同じ姿をして自衛のためにしか力を表に出さない。だから、その妖怪達は人と交わることが出来たのよ! 貴方達は人と妖怪の和を乱すだけの存在だけでしかないわ!」
「フッ、そこまで我らの事を知っていたか。物好きなものだ。そうさ、俺は全ての人を喰らい、妖怪だけが存在する世界を作ろうとするこの世界の闇だ」
「けど、そのためなら私は必要ないはずよ。私は神が仕掛けたこの最低な戦争ゲームの設定でしかないのよ」
「しかし、貴様をある特定の儀式で殺し神を倒せば神になることも神を作り、世界の方針も変えることが出来るだろ?」
「!」
飛鳥は体をビクッと振るわせた。黒い恐怖が心の中に流れ込んでくる。
「何で、貴方がその裏のルールを知ってるの。これは四精霊であるサラマンダー、ウィンディーネ、シルフ、ノームと同じ属性の剣の中で選ばれたそれぞれの剣を持つ者にしか知らされない事実なのに、何で貴方が知ってるの!」
妖怪王は椅子に立てかけている剣を手にとって抜いて飛鳥に見せた。
「これは、な~んだ? ケケケケケケ」
飛鳥は目を疑った。
「嘘、何で私の剣、『断罪』が貴方の手の中にあるのよ。それは私がこの世に生を受けた時に、龍翔から貰い受けた神を打ち滅ぼす剣なのに、どうして悪である貴方の手の中にあるのよ!」
飛鳥は断罪を取り返そうと妖怪王に襲い掛かるが足枷の鎖に足を取られてベッドから転げ落ち、背中を強く打った。
「返して、返してよ。それは、春佑が神を倒す時に託さないといけない大切な剣なの。お願い、返して」
飛鳥は床を這って妖怪王の足元に言って妖怪王の足を掴んだ。
「ふっ、そんなにこの剣が大事か。しかし、これは返してはやらぬ。貴様の思い人を殺すために使わなければならんからな」
「だめっ! そんなことに使わせない。強制的に私の中に戻す」
飛鳥が断罪に向かって命令を発するが、断罪は飛鳥の中に戻ってこない。
「どうして、私の意志は絶対反映されるはずなのに!」
「そのドレスは貴様の意思を読み取れなくする術式も混ぜてあるのだ。
当然、この剣にも貴様の心は届かないぞ」
妖怪王は足に捕まっている飛鳥を蹴って引き離した。
「かはっ!」
飛鳥は床で蹲り、逆流した胃液を吐き出す。
「ケケケケケケ、なあ、姫君よ。貴様、その刻印を自分でどう思っている」
「はあ、はあ、……どういう意味?」
「その背中から全身にかけて描かれている不死鳥の模様を貴様はどう思っているのだ? と聞いているのだ」
「……そんなの、聞かなくてもわかるでしょ、『断罪』を手に取ったあなたになら」
妖怪王はにやぁと笑うと
「ほう、そうか。答えは自分で言いたく無いか。まあ、いい。しかし、俺はお前とは意見が異なるな」
「まさか、これが綺麗な物に見えるって言うの?」
「そのまさかさ、神から与えられた人を抹殺する刻印など現にあるわけがなかろう。それを綺麗且つ素晴らしいと言わずにいられるか?」
飛鳥は妖怪王を睨んだ。
「無理でしょうね。あなたには。人を殺すことにしか能がないあなたなんかに!」
飛鳥は激怒し、叫んだが迫力は乏しいものだった。
「ケケケケ、その言葉は俺にとっては誉れなのだが? ふっ、もう、体が持たないのか、人間というのは不便だな」
妖怪王は哀れんでやろうというばかりの声で言い、飛鳥を見た。
飛鳥のまわりには、無数の反射術式が浮いており、飛鳥が激怒したときに放出された能力がすべて飛鳥に跳ね返り、飛鳥の体の内部で爆発したため、飛鳥の体はダメージを受けて、痛みのせいで声が出なくなっていた。
「……がっ、……ぎっ……」
「しばらく、眠っているが良い。あと少しで、俺の目的とお前の絶望が交わるのだからな」
妖怪王は、飛鳥をベッドに寝かせ、妖術で眠らせた。
「さあ、来るが良い。神を討滅する者よ。この俺が殺してやる!」
あとがき
お久しぶりです。前回のあらすじが長いなーと思いながら、五ページ書かせてもらいました。(勝手に書きました)
さて、今回は前回、または前々回を読んでいない方々のために、少し登場人物たちについて説明します。
神谷春佑
この物語の主人公です。
今回をもって、姿が四つ存在することが分かりました。一つは、春佑本来の姿。二つ目は、「炎の剣」開放時、三つ目は、「黄泉の黒炎イザナミ」の封印をといた時、四つ目は、秘密です。
基本の力は「符術」です。
立花飛鳥(明日香)
この物語のヒロインです。
名前のところに(明日香)と書いてあるのは、本名としてはこちらが正しいからという意味で、飛鳥は偽名であるけれども名乗っているのはこちらなので飛鳥と表記しています。
基本の力は「能力」と呼ばれる、飛鳥自信の覇気で出来た象形魔術的なもの(ドラ○ンボールと要領は似ている)です。例外として「断罪」という日本刀を振るいます。
妖怪王「闇を支配する者」
自称、「世界の闇」です。
「闇を支配する者」というのは、通称名で本名は伏せています。
体は昔に朽ち果てているので今は人間の体を器にして現に生きています。
基本の力は、妖術という魔術の親戚みたいなものです。妖怪を召喚したり、剣を使ったりなどなど出来ます。
忍
飛鳥の幼馴染且つ元敵です。
妖怪王と一時契約を交わしてましたが、妖怪王の目的を知って契約を破棄したところ、やられました。
基本の力というより正体は、妖怪使いです。契約を交わした妖怪を召喚して戦います。しかし、力の元を妖怪王に食べられたので今はただの人間です。
空守鷹
春佑の従姉且つ符術使いの姉弟子です。春佑に恋愛という意味ではなく溺愛してます。
基本の力は、春佑と同じく「符術」で、必殺技みたいなもの隠し持っています。正体は不明。
空守嵩杜
鷹の父親です。基本は何もしないでいます。
基本の力は、「符術」です。嵩杜は鷹と春佑の師匠でもあります。
こんなものでしょうか、あと智嘉さんや半妖の友達などが出てきますが、登場はしてないのでやめます。
最後まで楽しんで読んで下さいね。
四月三日
締め切りがーと
思いながら書いていた
春風でした。
神になれ!(back)
同日午後一一時四七分二六秒三二
志矢神社内の空守宅の客間
忍は目を覚ました。
「ここは、・・・・・・っ!」
傷口が疼いた。
(私、生きてるの。それより、飛鳥は・・・・・・)
その時、部屋の襖がスーッと開いた。
「! 何者!」
忍は勢い良く起き上がって身を構えた。傷口が疼くのにかまってはいられないと思った。
「僕だよ」
入ってきたのは春佑だった。しかし、忍にはこの姿を見せたことがないため彼女はただ首をかしげていた。
「あんた、誰?」
「一昨昨日、戦った相手ぐらい覚えてろよ。お前」
春佑は呆れ顔を作って言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・神谷春佑! 何で! アンタ女だったの?」
「いや、女じゃないし」
「嘘をつくな! じゃあ、その、・・・・・・む、胸の膨らみは何なのよ」
忍は春佑の胸を指差して言った。もはや、意味がわからなかった。
「ん~。まあ、今は女なんだけど。一応、元の姿は男だよ。ついでに言うと、僕はあともう一つ形態を隠してるんだよね」
「何、その某アクション系アニメの悪役のりは。それに、アンタ、学校じゃすごい女顔で長い銀髪の未だに身長百五〇センチにも満たないチビだったじゃない」
「ぐっ、それはすべての力の封印をしてるから、成長機能も一緒に蓋されている所為だ。だから、本来の僕はチビじゃない!」
「……負け惜しみね」
忍は布団の中に戻りながら言った。言った言葉は春佑の心に強く刺さった。
春佑はその場にうずくまって、何かをブツブツと言っていた。
「それで、飛鳥はどうなったのよ」
忍はようやく、本題を切り出した。
「助けられなかった。というのが第一の答えで。だから明日の夜改めて助けに行く。というのが第二の答えかな」
自分の問いた答えを聞いて、忍は掛け布団で顔半分を隠した。
「あたしの、所為、だよね。私があいつに加担したから――」
「そんなこと無いよ。君はよくやった。記憶を覗いたが、君はあいつが飛鳥を狙ってるなんて知らなかったんだろ」
春佑は立ち上がってから言った。
「・・・・・・・・・・・・うん」
「なら、その失敗のツケはしっかり傷を治してから払えよ」
春佑は襖を開いて出て行こうとした。
「嫌だ、あたしも」
「ダメ」
「まだ、何も言ってないじゃない」
忍は怒って起き上がった。
「一緒に助けに行くとでも言うんだろどうせ。無理だよ。来られたらむしろ迷惑だ。力の元を妖怪に食われた妖怪使いを連れて行っても、妖怪に食われるだけだ。それにお前は怪我人だ。怪我人を戦場に連れて行く馬鹿が何処にいる」
「八十年以上前の日本」
「それは、激しい戦場で負傷した場合だけだ」
「今、あたしがいるのも戦場よ」
「違う、ここは神聖な神社だ」
「~~~~~~~~~~~~!」
忍は黙り込んで掛け布団を握り締めている。春佑はそんな様子など目に留めず部屋を出て行った。
「何であたしは、こんなに足手まといなの・・・・・・」
忍は布団に顔を埋めて泣いた。悲しみと悔しさと怒りを抱いて。
翌日午後八時三〇分五八秒一四
志矢神社前
「それじゃあ、気をつけてね」
「うん。絶対、飛鳥を連れて戻って来るよ、鷹姉」
鷹は心配そうな表情で春佑を見ながら、両手に持っている刀を俊輔に差し出した。一方で、春佑は自信に満ち溢れている様に笑い、刀を受け取った。
「心配すんなって。鷹姉が笑ってくれないと、こっちが心配になってくる」
鷹は頷くと、笑った。しかし、上手く笑えなかった。どんなに笑おうとしても顔の筋肉が動かなかった。
「全く、どんだけ心配性なんだよ。ほら、これ持っとけよ」
春佑はスカートのポケットの中から蒼い炎が中に点いている小さな水晶玉を取り出し、鷹の手に握らせた。
「それは、僕の力の存在を表している。その炎の色が変わっても消えない限り僕は死んでないよ。これで僕の安否が分かるだろ」
「うん、いってらっしゃい。シュン。私の可愛い弟分」
今度は上手く笑うことが出来た。やはり、春佑は人を操るのが上手いと鷹は改めて思った。
「ありがとう。鷹姉。絶ッッッッッッ対、皆で笑って戻って来るよ」
春佑は札をポケットから取り出して呪文を唱えると、一瞬のうちに天に舞い、飛鳥を助けるため妖怪の巣窟へと向かった。
next
同日午後一一時四七分二六秒三二
志矢神社内の空守宅の客間
忍は目を覚ました。
「ここは、・・・・・・っ!」
傷口が疼いた。
(私、生きてるの。それより、飛鳥は・・・・・・)
その時、部屋の襖がスーッと開いた。
「! 何者!」
忍は勢い良く起き上がって身を構えた。傷口が疼くのにかまってはいられないと思った。
「僕だよ」
入ってきたのは春佑だった。しかし、忍にはこの姿を見せたことがないため彼女はただ首をかしげていた。
「あんた、誰?」
「一昨昨日、戦った相手ぐらい覚えてろよ。お前」
春佑は呆れ顔を作って言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・神谷春佑! 何で! アンタ女だったの?」
「いや、女じゃないし」
「嘘をつくな! じゃあ、その、・・・・・・む、胸の膨らみは何なのよ」
忍は春佑の胸を指差して言った。もはや、意味がわからなかった。
「ん~。まあ、今は女なんだけど。一応、元の姿は男だよ。ついでに言うと、僕はあともう一つ形態を隠してるんだよね」
「何、その某アクション系アニメの悪役のりは。それに、アンタ、学校じゃすごい女顔で長い銀髪の未だに身長百五〇センチにも満たないチビだったじゃない」
「ぐっ、それはすべての力の封印をしてるから、成長機能も一緒に蓋されている所為だ。だから、本来の僕はチビじゃない!」
「……負け惜しみね」
忍は布団の中に戻りながら言った。言った言葉は春佑の心に強く刺さった。
春佑はその場にうずくまって、何かをブツブツと言っていた。
「それで、飛鳥はどうなったのよ」
忍はようやく、本題を切り出した。
「助けられなかった。というのが第一の答えで。だから明日の夜改めて助けに行く。というのが第二の答えかな」
自分の問いた答えを聞いて、忍は掛け布団で顔半分を隠した。
「あたしの、所為、だよね。私があいつに加担したから――」
「そんなこと無いよ。君はよくやった。記憶を覗いたが、君はあいつが飛鳥を狙ってるなんて知らなかったんだろ」
春佑は立ち上がってから言った。
「・・・・・・・・・・・・うん」
「なら、その失敗のツケはしっかり傷を治してから払えよ」
春佑は襖を開いて出て行こうとした。
「嫌だ、あたしも」
「ダメ」
「まだ、何も言ってないじゃない」
忍は怒って起き上がった。
「一緒に助けに行くとでも言うんだろどうせ。無理だよ。来られたらむしろ迷惑だ。力の元を妖怪に食われた妖怪使いを連れて行っても、妖怪に食われるだけだ。それにお前は怪我人だ。怪我人を戦場に連れて行く馬鹿が何処にいる」
「八十年以上前の日本」
「それは、激しい戦場で負傷した場合だけだ」
「今、あたしがいるのも戦場よ」
「違う、ここは神聖な神社だ」
「~~~~~~~~~~~~!」
忍は黙り込んで掛け布団を握り締めている。春佑はそんな様子など目に留めず部屋を出て行った。
「何であたしは、こんなに足手まといなの・・・・・・」
忍は布団に顔を埋めて泣いた。悲しみと悔しさと怒りを抱いて。
翌日午後八時三〇分五八秒一四
志矢神社前
「それじゃあ、気をつけてね」
「うん。絶対、飛鳥を連れて戻って来るよ、鷹姉」
鷹は心配そうな表情で春佑を見ながら、両手に持っている刀を俊輔に差し出した。一方で、春佑は自信に満ち溢れている様に笑い、刀を受け取った。
「心配すんなって。鷹姉が笑ってくれないと、こっちが心配になってくる」
鷹は頷くと、笑った。しかし、上手く笑えなかった。どんなに笑おうとしても顔の筋肉が動かなかった。
「全く、どんだけ心配性なんだよ。ほら、これ持っとけよ」
春佑はスカートのポケットの中から蒼い炎が中に点いている小さな水晶玉を取り出し、鷹の手に握らせた。
「それは、僕の力の存在を表している。その炎の色が変わっても消えない限り僕は死んでないよ。これで僕の安否が分かるだろ」
「うん、いってらっしゃい。シュン。私の可愛い弟分」
今度は上手く笑うことが出来た。やはり、春佑は人を操るのが上手いと鷹は改めて思った。
「ありがとう。鷹姉。絶ッッッッッッ対、皆で笑って戻って来るよ」
春佑は札をポケットから取り出して呪文を唱えると、一瞬のうちに天に舞い、飛鳥を助けるため妖怪の巣窟へと向かった。
next
神になれ!(back)
同日午後七時二六分十二秒七四
志矢神社内の空守宅
「鷹の様子はどうだ、春佑」
嵩杜が鷹の部屋である和室に入ってきた。
「今は眠ってます。一応、火傷と出血の方は符術で治しましたが、体力の方は何とも言えませんね。学校から走ってくることさえ体にダメージを与えてしまうのに僕の暴走を止めるために、・・・・・・」
春佑は布団の上で眠っている鷹に視線を向けた。
「まあ、仕方がないさ。こいつは昔から何かと無理をしたがるからな」
嵩杜は少々呆れ気味に言いながら、眠っている鷹の髪を手で軽く撫でた。
「さて、こいつはあと二時間は目を覚まさんが、春佑、救出はいつにする?」
「明日の夜です。今の姿での力を安定させるには明日の朝まで掛かるんで」
「それから、直じゃダメなのか?」
「妖怪は昼も活動してますが、夜じゃないと気配が僕でも感知できないんですよ。それに、ほらこれを見てください」
僕は懐から一枚の紙切れを取り出した。
「何だそれは、むっ、これは何かの招待状か?」
「はい、そうです。それも、人間を誘き寄せて食べる物の怪もののけ達のためのパーティの招待状です」
「何だと、そんなもの何処で拾った」
「貰ったんですよ。知り合いの半妖に。一応、妖怪王主催っぽいんで妖怪王も来るかな? と思ったんで、妖怪王を撃退するつもりで貰っておいて正解でした」
春佑はにやりと笑った。
「なら、出発は明日の夜ということにしよう。っと、これを渡しておかんとな」
嵩杜は懐から赤い宝石が付いた腕輪を取り出して、春佑に渡した。
「封印系魔具の一種ですか? その割には術式がかなり薄いですが・・・・・・」
「智嘉ちかがお前に『炎の剣クサナギ』を託すまで使っていた魔具だ。効果は知らんがな」
春佑は手の中にある魔具を見つめてから、嵩杜に礼を言った。
嵩杜は「大事にしろ」と言って部屋を出て行った。
智嘉というのは、春佑の母親の名前である。智嘉は現在、東京の大学病院で毎日を眠って過ごしていて、春佑とは五年も口を利いていない。原因は体に溜まった悪しき魔力だった。魔力を体から出す方法は無く、目覚めることはもう無いらしい。
春佑は鷹の部屋を出て、つい二時間前までいた庭に出た。
春佑はさっき渡された腕輪を腕にはめて思いつくままの呪文を一通り唱えたが、腕輪は一切反応しなかった。ただ、赤い宝石が月の光で輝いているだけだった。
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同日午後七時二六分十二秒七四
志矢神社内の空守宅
「鷹の様子はどうだ、春佑」
嵩杜が鷹の部屋である和室に入ってきた。
「今は眠ってます。一応、火傷と出血の方は符術で治しましたが、体力の方は何とも言えませんね。学校から走ってくることさえ体にダメージを与えてしまうのに僕の暴走を止めるために、・・・・・・」
春佑は布団の上で眠っている鷹に視線を向けた。
「まあ、仕方がないさ。こいつは昔から何かと無理をしたがるからな」
嵩杜は少々呆れ気味に言いながら、眠っている鷹の髪を手で軽く撫でた。
「さて、こいつはあと二時間は目を覚まさんが、春佑、救出はいつにする?」
「明日の夜です。今の姿での力を安定させるには明日の朝まで掛かるんで」
「それから、直じゃダメなのか?」
「妖怪は昼も活動してますが、夜じゃないと気配が僕でも感知できないんですよ。それに、ほらこれを見てください」
僕は懐から一枚の紙切れを取り出した。
「何だそれは、むっ、これは何かの招待状か?」
「はい、そうです。それも、人間を誘き寄せて食べる物の怪もののけ達のためのパーティの招待状です」
「何だと、そんなもの何処で拾った」
「貰ったんですよ。知り合いの半妖に。一応、妖怪王主催っぽいんで妖怪王も来るかな? と思ったんで、妖怪王を撃退するつもりで貰っておいて正解でした」
春佑はにやりと笑った。
「なら、出発は明日の夜ということにしよう。っと、これを渡しておかんとな」
嵩杜は懐から赤い宝石が付いた腕輪を取り出して、春佑に渡した。
「封印系魔具の一種ですか? その割には術式がかなり薄いですが・・・・・・」
「智嘉ちかがお前に『炎の剣クサナギ』を託すまで使っていた魔具だ。効果は知らんがな」
春佑は手の中にある魔具を見つめてから、嵩杜に礼を言った。
嵩杜は「大事にしろ」と言って部屋を出て行った。
智嘉というのは、春佑の母親の名前である。智嘉は現在、東京の大学病院で毎日を眠って過ごしていて、春佑とは五年も口を利いていない。原因は体に溜まった悪しき魔力だった。魔力を体から出す方法は無く、目覚めることはもう無いらしい。
春佑は鷹の部屋を出て、つい二時間前までいた庭に出た。
春佑はさっき渡された腕輪を腕にはめて思いつくままの呪文を一通り唱えたが、腕輪は一切反応しなかった。ただ、赤い宝石が月の光で輝いているだけだった。
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神になれ! 第三話
希宮 春風
前回のあらすじ
二〇二五年九月三日午後三時二五分五九秒七七。
立花たちばな飛鳥あすかは縁側から志矢しや神社の庭を見ながら、過去を思い返していた。すると、庭に傷ついた忍しのぶが空中より落下した。忍を傷付けたのは、先一昨日に路地裏で激突した妖怪王「闇ダをー支配クマするター者」。怒りに飲まれた飛鳥は戦力差が歴然であるのに関わらず妖怪王へと突撃した。
その結果、飛鳥は妖怪王に完敗した。
倒れた飛鳥を連れ去ろうと妖怪王は飛鳥を抱え上げた時に、春佑しゅんすけが駆けつけた。しかし、春佑は飛鳥の能力ディフェンスの封印が無理矢理、妖怪王の手によって解かれて、封印の副作用に犯されている飛鳥を見て、冷静さを失って力任せの突撃をしたため、妖怪王に一撃で撃破されてしまい、飛鳥は連れ去られてしまった。
同刻、妖怪王が去った後の志矢神社
庭にうつ伏せの状態で倒れている春佑を黒い炎が包み込んだ。炎は悲しそうな音を立てて燃え上がった。
一分ほど燃え上がっていた炎は灰を散らさずに消えた。炎が消えた後に残ったのは、燃え滓ではなく喪服のような巫女装束を着た少女・・だった。
少女はしばらくすると起き上がって放心していた。
同刻、志矢神社前
空守からす鷹ようは走っていた。なぜ、走っているのかというと、神社に張ってあった感知術式ディスカバーの中に侵入者が現れたといって加速術式スピードコントローラを使って神社である自宅に向かった春佑を追っているからだ。
鷹は春佑の従姉で、現在十六歳の高校ニ年生である。彼女は志矢神社の巫女で神主である父、嵩杜たかもりを尊敬している。幼い頃より春佑と共に札と言霊を使って術を敷く符術を学び、腕は春佑より上ではあったが、とある事情により使うことができない。そのため、春佑よりも到着が遅れたのだ。
神社の本殿までにある石段、約二〇〇段を上っていく。上っている途中、本殿の方から黒い炎が上がったのが見えて鷹は階段を上るスピードをあげる。春佑の体に何らかの死に直結する力がかかって、春佑の命を守るために封印の開放が行われたのだ。その様子を見る限り、飛鳥の救出は叶わなかったと判断できた。しかし、鷹は飛鳥のことよりも春佑の事が心配だった。敗北により、春佑の心に負の感情が溜まってしまい、現在の春佑の力の暴走により、春佑が死んでしまうと思ったからだ。
本殿にたどり着いて鷹は春佑の姿を探す。鷹は表を探した後、本殿の裏の庭に向かった。そこで、鷹は春佑を発見した。春佑は中学生ぐらいの少女の姿になっており血まみれで倒れていた忍に手当てをしていた。春佑の目は虚ろで心が負の感情に満たされ始めているのが分かる。
「・・・・・・・・・・・・シュン・・・・・・」
その様子を見て、鷹は胸が締め付けられるような感じがした。
敗北による悔しさと己に対する怒りが伝わってくる。
鷹は見ていられなくなり春佑に近づいていく。それに気付いた春佑は顔を上げ、鷹を仰ぎ見た。
「ごめん、飛鳥を助けられなかった。冷静になっていれば助けられたかもしれないのに・・・・・・・・・・・・」
春佑の目に涙が滲む。その時、春佑の足元に黒い炎が渦巻き始めた。
暴走の予兆
鷹は唇を噛み締めた。
(落ち着け、まだ大丈夫だ。まだ・・・・・・)
鷹は拳を握り締め、春佑の胸倉を掴み、立たせると有りっ丈の力を使って春佑の顔面を殴った。
春佑は殴られた事に気付いていないような虚ろな眼をしながら、肉を砂利に打ちつけ転がった。地面に仰向けに転がった春佑の周りにはまだ黒炎が渦巻いている。
鷹はもう一度、春佑を無理やり立たせて殴った。
「・・・・・・くっ、いい加減、気付きなさいよ!」
殴る。
「今、この状況で」
殴る。
「飛鳥を救えるのが」
殴る。
「あんたしか」
殴る。
「居ない事に!」
殴る。
「!」
鷹の手は既に、火傷だらけで更に、出血をしていた。血がポタポタと砂利に落ちて染み込んでいった。しかし、鷹はそれでも春佑に殴りかかった。
しかし、その拳は春佑の手に受け止められた。
「っ!」
春佑の足元には既に黒炎は無く。腫れた顔にある目は光を宿していた。
「ごめん、鷹姉。もう、大丈夫だから」
春佑は笑い、鷹を抱き締めた。その時、鷹は春佑の腕の中で意識を失った。
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希宮 春風
前回のあらすじ
二〇二五年九月三日午後三時二五分五九秒七七。
立花たちばな飛鳥あすかは縁側から志矢しや神社の庭を見ながら、過去を思い返していた。すると、庭に傷ついた忍しのぶが空中より落下した。忍を傷付けたのは、先一昨日に路地裏で激突した妖怪王「闇ダをー支配クマするター者」。怒りに飲まれた飛鳥は戦力差が歴然であるのに関わらず妖怪王へと突撃した。
その結果、飛鳥は妖怪王に完敗した。
倒れた飛鳥を連れ去ろうと妖怪王は飛鳥を抱え上げた時に、春佑しゅんすけが駆けつけた。しかし、春佑は飛鳥の能力ディフェンスの封印が無理矢理、妖怪王の手によって解かれて、封印の副作用に犯されている飛鳥を見て、冷静さを失って力任せの突撃をしたため、妖怪王に一撃で撃破されてしまい、飛鳥は連れ去られてしまった。
同刻、妖怪王が去った後の志矢神社
庭にうつ伏せの状態で倒れている春佑を黒い炎が包み込んだ。炎は悲しそうな音を立てて燃え上がった。
一分ほど燃え上がっていた炎は灰を散らさずに消えた。炎が消えた後に残ったのは、燃え滓ではなく喪服のような巫女装束を着た少女・・だった。
少女はしばらくすると起き上がって放心していた。
同刻、志矢神社前
空守からす鷹ようは走っていた。なぜ、走っているのかというと、神社に張ってあった感知術式ディスカバーの中に侵入者が現れたといって加速術式スピードコントローラを使って神社である自宅に向かった春佑を追っているからだ。
鷹は春佑の従姉で、現在十六歳の高校ニ年生である。彼女は志矢神社の巫女で神主である父、嵩杜たかもりを尊敬している。幼い頃より春佑と共に札と言霊を使って術を敷く符術を学び、腕は春佑より上ではあったが、とある事情により使うことができない。そのため、春佑よりも到着が遅れたのだ。
神社の本殿までにある石段、約二〇〇段を上っていく。上っている途中、本殿の方から黒い炎が上がったのが見えて鷹は階段を上るスピードをあげる。春佑の体に何らかの死に直結する力がかかって、春佑の命を守るために封印の開放が行われたのだ。その様子を見る限り、飛鳥の救出は叶わなかったと判断できた。しかし、鷹は飛鳥のことよりも春佑の事が心配だった。敗北により、春佑の心に負の感情が溜まってしまい、現在の春佑の力の暴走により、春佑が死んでしまうと思ったからだ。
本殿にたどり着いて鷹は春佑の姿を探す。鷹は表を探した後、本殿の裏の庭に向かった。そこで、鷹は春佑を発見した。春佑は中学生ぐらいの少女の姿になっており血まみれで倒れていた忍に手当てをしていた。春佑の目は虚ろで心が負の感情に満たされ始めているのが分かる。
「・・・・・・・・・・・・シュン・・・・・・」
その様子を見て、鷹は胸が締め付けられるような感じがした。
敗北による悔しさと己に対する怒りが伝わってくる。
鷹は見ていられなくなり春佑に近づいていく。それに気付いた春佑は顔を上げ、鷹を仰ぎ見た。
「ごめん、飛鳥を助けられなかった。冷静になっていれば助けられたかもしれないのに・・・・・・・・・・・・」
春佑の目に涙が滲む。その時、春佑の足元に黒い炎が渦巻き始めた。
暴走の予兆
鷹は唇を噛み締めた。
(落ち着け、まだ大丈夫だ。まだ・・・・・・)
鷹は拳を握り締め、春佑の胸倉を掴み、立たせると有りっ丈の力を使って春佑の顔面を殴った。
春佑は殴られた事に気付いていないような虚ろな眼をしながら、肉を砂利に打ちつけ転がった。地面に仰向けに転がった春佑の周りにはまだ黒炎が渦巻いている。
鷹はもう一度、春佑を無理やり立たせて殴った。
「・・・・・・くっ、いい加減、気付きなさいよ!」
殴る。
「今、この状況で」
殴る。
「飛鳥を救えるのが」
殴る。
「あんたしか」
殴る。
「居ない事に!」
殴る。
「!」
鷹の手は既に、火傷だらけで更に、出血をしていた。血がポタポタと砂利に落ちて染み込んでいった。しかし、鷹はそれでも春佑に殴りかかった。
しかし、その拳は春佑の手に受け止められた。
「っ!」
春佑の足元には既に黒炎は無く。腫れた顔にある目は光を宿していた。
「ごめん、鷹姉。もう、大丈夫だから」
春佑は笑い、鷹を抱き締めた。その時、鷹は春佑の腕の中で意識を失った。
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鬼刀記(過去編)(back)
さて、そろそろ追いかけないとまた見失うな。
座紅髏はもたれ掛っていた木から背を起こして立ち上がると、鎌を持って森の中へ入っていった。
森の中には夜行性の生物達のけはいで満ちていた。
「ここから、五百メートルあまりってとこかな」
座紅髏は走り出す。走った後の地面は割れ、彼の体に触れた木草は消飛んでいった。
すると、一分も満たない家に山の中にある民家を発見した。
「ここか」
座紅髏は民家に向かって足を踏み込んだ瞬間、何かが切れた。
すると、辺りの風景は摩天楼へと姿を変えた。
(心象風景を作り出しただと! こんなことが出来るのは、あいつしか)
座紅髏が辺りを見渡し、丁度後ろを振り返った時、剣先が暗闇から現れ、肩を掠めて通り過ぎていき、遥かへと飛んでいった。
「何処にいる! ××! 姿を現せ!」
「ここにいるじゃないか、君の後ろに」
座紅髏の首筋の元に太刀の刃が当てられていた。
「××、封印を解いたのか」
「何を今更、お前が引き金だというのに」
「公恵はどうした、俺はあいつを殺しに来たんだ」
「安心しろ、この空間の外だ。さっさと鎌を捨てて自らに張った嘘を解け」
刃が首筋に少しだけ食い込んで、血筋がスーと流れた。この状態から状況が覆るのはほぼ不可能だった。
「ウッるせえ!」
座紅髏はそれでも鎌を振るって、抵抗した。すると、××は座紅髏から離れて間合いを取った。
「! 何でお前、俺の首を取らなかった」
「ふっ、雑魚の首など取るにたらんわ!」
「きっ! なめんな!」
座紅髏は鎌を振るって××に襲い掛かる。しかし、鎌はただただ空を切っていくばかりだった。
「この! この! この! この!」
座紅髏は息が切れてもなお、鎌を振り続けるが一向に鎌は××に当たらない。
刹那、座紅髏は地面に押し倒され、心の臓を刀で簡単に貫かれた。
血が傷口からドプドプと流れている。
(……し、死ぬ! ……いくら、鬼の治癒力があるからってこのままじゃ……)
意識が薄れていく。さっきまで鎌を振っていた腕はもう上がらなかった。気管に入った血で息苦しくなり何度も咳き込んで血を吐いた。
「これから、お前の罪を殺す。そのためには、お前は一度今の自分を殺さなければならない。すまないが、もう少し苦しみに耐えてくれ」
××は優しい表情で言い、刀を座紅髏の体から抜いた。
鮮血が飛び散り、座紅髏は目を開けたままピクリとも動かなくなった。
××は座紅髏の開いたままの瞼を右目だけ閉じた。
「さあ、蘇るんだ。君はもう在る筈のない罪を償わなくていいんだ。一緒に魅麗みれいがいる所へ戻ろう」
××は今まで前髪に隠れていた右目を出し、座紅髏の左目と合わせた。
すると、××の右目は蒼く光り、座紅髏の体を蒼炎が包み込んだ。
蒼炎に包まれた座紅髏の肌はどんどん燃えて灰となり、地面に落ちていった。座紅髏は骨だけになり、完全に焼き殺したようにも見えた。
しかし、骨になった座紅髏の胸の中心から血のように真っ赤な炎が座紅髏を包み、灰は肉へと再生され骨にくっついて人間の姿に成っていった。そのとき、座紅髏が持っていた大鎌と小さなナイフ、「吸血鬼の刃」が粒子へと分解されて、座紅髏の中へ入っていった。
座紅髏はさっきまでとは姿が異なる、少女の姿になっていた。
鬼名「深紅の姫鬼(スカーレット・ヴァンパイア)」マリン・V・ガーネット、これが座紅髏の本当の姿である。血の色というのが相応しいほどの真紅色の髪を持ち、今瞑っている目は碧色をしている。肌は白く、艶めかしくも美しい肢体がとても印象的である。
鬼名というのは、鬼に与えられるもうひとつの名前だ。鬼の属性にちなんで名前は家族でも姓が一致しない場合がある。
××こと神谷龍翔は右目を晒したまま、彼女の中に神罰刀「断罪」で取り出した彼女の魂を返そうとした時、龍翔の体内にあるマリンの魂が龍翔に語りかけた。
『私に魂を返さないで、龍翔』
『如何して、君はこれで元に戻ってもとの生活に戻ることが出来るんだぞ!』
『いいえ、私はもう元の日常に戻ることなど出来ません。何故なら、私はお義父様の自殺なさった亡骸をバラバラに切断してたんですから』
『! しかし、それは君の意志ではないんだろう?』
『いいえ、あの時までは自分の意志がありました。ただ、その遺体を魅麗に見せまいとバラバラに解体して運び出そうとしたんです。まるで、自分が殺して自分の罪を隠そうとするかのように』
龍翔は刃を喰い縛っていた。マリンの記憶の中にその時の記憶が存在したからだ。
『けど、君がここで死んだら魅麗はあいつは、また悲しむことになるんだぞ。今度は心の乱れだけでは済まないかもしれないだぞ……』
『……そのときは貴方を頼りにしています、魅麗は貴方さえいれば大丈夫です』
『もし、そうだとしても、俺は君を見捨てた自分を許すことが出来なくなる』
マリンの魂が揺らいだ。消えかかっているのではなく意志が揺らいだのだ。
『貴方の所為じゃありません。これは私の意志なんですから』
『死んで償うなんて馬鹿な事を言うな!』
『!』
『いや、償うんじゃないな。逃げるんだ。君は自分の責任を抱えきれないからって、ここからこの世界から逃げるんだ!』
『違う、私は自分への罰として――』
『違わない。君は逃げるんだ。それに君は人に頼ることを知らなすぎる。何で君一人で背負おうとしているんだ。どうして、俺達を頼ってくれないんだよ!』
『だって、私の事は貴方とは関係――』
『あるに決まってんだろ! 俺は君を助けるために力を取り戻したんだ。死のラインを超える手前からマリン! 君を助けるために這い上がってきたんだ。その俺の気持ちまで自分の思いと一緒に踏みにじるつもりか!』
『…………わ、たしだって。私だって元の日常に戻りたいって思ってるに決まってるじゃない! けど、私は他人を傷付けすぎたの、傷付けすぎてもう治すことが出来ないの!』
『じゃあ、俺がそれを治してやる。マリンが抱えてるもの全部俺が背負ってやる。だから、マリンはもう何も背負わなくていいんだ。君は他人には優しすぎるのに、自分には酷いほどに負担を強いる。もう、楽になってもいいんじゃないか?』
龍翔はマリンの魂に呼びかける。
『………………うっうっ、……』
彼女の魂は今、泣いている。
彼女は自ら、飛び込んだ闇の中なのに自らが望んだ結末なのに、それでも自分を光へ導いてくれる優しく、自分の全てを預けられる人に出会うことが出来たのだから。
マリンが自分の魂を受け入れ、魂を再度からだの中に灯した頃には既に朝になっていた。
太陽が山間から顔を出し、湖を月とは違う光で金色に光らせた。
「柘榴!」
祖母の家に柘榴を連れて戻った時、鬼谷公恵(「陽光の姫鬼(シャイン・ヴァルキリア)」黒雛魅麗)が離れの方から走ってきた。
公恵は勢い良く柘榴に抱きつくとそのまま地面に転がった。
柘榴は「痛い、痛い」と言いながらも楽しそうに笑っていた。
僕はしばらく柘榴に抱きついていた公恵を離れさせ、柘榴を立たせると取りあえず、離れの中に入った。
さて、どうやって公恵に弁明しようかな。
七ヶ月と二十日後
僕と彼女達は再会した。
もちろん高校でだ。
あの後、調子を戻した僕(祖母の家にいた理由は、持病の療養のため)は、必死に勉強して、辛うじて県内の高校に入ることが出来た。
担任は奇跡だと言っていた。まあ、間違いではないね。
現在の僕の生活といえば、公恵が前の席にいるのでたまに後ろからいじって遊んでみたり、柘榴に部活で連れまわされたりと楽しい毎日を送りながら神と戦っている。
追伸: 座紅髏は男のときで柘榴は今だから使い分けといてよね! という指摘をこの前受け取った。まあ、女の子の名前に髑髏の「髏」をいれる親なんていないしね。
さて、そろそろ追いかけないとまた見失うな。
座紅髏はもたれ掛っていた木から背を起こして立ち上がると、鎌を持って森の中へ入っていった。
森の中には夜行性の生物達のけはいで満ちていた。
「ここから、五百メートルあまりってとこかな」
座紅髏は走り出す。走った後の地面は割れ、彼の体に触れた木草は消飛んでいった。
すると、一分も満たない家に山の中にある民家を発見した。
「ここか」
座紅髏は民家に向かって足を踏み込んだ瞬間、何かが切れた。
すると、辺りの風景は摩天楼へと姿を変えた。
(心象風景を作り出しただと! こんなことが出来るのは、あいつしか)
座紅髏が辺りを見渡し、丁度後ろを振り返った時、剣先が暗闇から現れ、肩を掠めて通り過ぎていき、遥かへと飛んでいった。
「何処にいる! ××! 姿を現せ!」
「ここにいるじゃないか、君の後ろに」
座紅髏の首筋の元に太刀の刃が当てられていた。
「××、封印を解いたのか」
「何を今更、お前が引き金だというのに」
「公恵はどうした、俺はあいつを殺しに来たんだ」
「安心しろ、この空間の外だ。さっさと鎌を捨てて自らに張った嘘を解け」
刃が首筋に少しだけ食い込んで、血筋がスーと流れた。この状態から状況が覆るのはほぼ不可能だった。
「ウッるせえ!」
座紅髏はそれでも鎌を振るって、抵抗した。すると、××は座紅髏から離れて間合いを取った。
「! 何でお前、俺の首を取らなかった」
「ふっ、雑魚の首など取るにたらんわ!」
「きっ! なめんな!」
座紅髏は鎌を振るって××に襲い掛かる。しかし、鎌はただただ空を切っていくばかりだった。
「この! この! この! この!」
座紅髏は息が切れてもなお、鎌を振り続けるが一向に鎌は××に当たらない。
刹那、座紅髏は地面に押し倒され、心の臓を刀で簡単に貫かれた。
血が傷口からドプドプと流れている。
(……し、死ぬ! ……いくら、鬼の治癒力があるからってこのままじゃ……)
意識が薄れていく。さっきまで鎌を振っていた腕はもう上がらなかった。気管に入った血で息苦しくなり何度も咳き込んで血を吐いた。
「これから、お前の罪を殺す。そのためには、お前は一度今の自分を殺さなければならない。すまないが、もう少し苦しみに耐えてくれ」
××は優しい表情で言い、刀を座紅髏の体から抜いた。
鮮血が飛び散り、座紅髏は目を開けたままピクリとも動かなくなった。
××は座紅髏の開いたままの瞼を右目だけ閉じた。
「さあ、蘇るんだ。君はもう在る筈のない罪を償わなくていいんだ。一緒に魅麗みれいがいる所へ戻ろう」
××は今まで前髪に隠れていた右目を出し、座紅髏の左目と合わせた。
すると、××の右目は蒼く光り、座紅髏の体を蒼炎が包み込んだ。
蒼炎に包まれた座紅髏の肌はどんどん燃えて灰となり、地面に落ちていった。座紅髏は骨だけになり、完全に焼き殺したようにも見えた。
しかし、骨になった座紅髏の胸の中心から血のように真っ赤な炎が座紅髏を包み、灰は肉へと再生され骨にくっついて人間の姿に成っていった。そのとき、座紅髏が持っていた大鎌と小さなナイフ、「吸血鬼の刃」が粒子へと分解されて、座紅髏の中へ入っていった。
座紅髏はさっきまでとは姿が異なる、少女の姿になっていた。
鬼名「深紅の姫鬼(スカーレット・ヴァンパイア)」マリン・V・ガーネット、これが座紅髏の本当の姿である。血の色というのが相応しいほどの真紅色の髪を持ち、今瞑っている目は碧色をしている。肌は白く、艶めかしくも美しい肢体がとても印象的である。
鬼名というのは、鬼に与えられるもうひとつの名前だ。鬼の属性にちなんで名前は家族でも姓が一致しない場合がある。
××こと神谷龍翔は右目を晒したまま、彼女の中に神罰刀「断罪」で取り出した彼女の魂を返そうとした時、龍翔の体内にあるマリンの魂が龍翔に語りかけた。
『私に魂を返さないで、龍翔』
『如何して、君はこれで元に戻ってもとの生活に戻ることが出来るんだぞ!』
『いいえ、私はもう元の日常に戻ることなど出来ません。何故なら、私はお義父様の自殺なさった亡骸をバラバラに切断してたんですから』
『! しかし、それは君の意志ではないんだろう?』
『いいえ、あの時までは自分の意志がありました。ただ、その遺体を魅麗に見せまいとバラバラに解体して運び出そうとしたんです。まるで、自分が殺して自分の罪を隠そうとするかのように』
龍翔は刃を喰い縛っていた。マリンの記憶の中にその時の記憶が存在したからだ。
『けど、君がここで死んだら魅麗はあいつは、また悲しむことになるんだぞ。今度は心の乱れだけでは済まないかもしれないだぞ……』
『……そのときは貴方を頼りにしています、魅麗は貴方さえいれば大丈夫です』
『もし、そうだとしても、俺は君を見捨てた自分を許すことが出来なくなる』
マリンの魂が揺らいだ。消えかかっているのではなく意志が揺らいだのだ。
『貴方の所為じゃありません。これは私の意志なんですから』
『死んで償うなんて馬鹿な事を言うな!』
『!』
『いや、償うんじゃないな。逃げるんだ。君は自分の責任を抱えきれないからって、ここからこの世界から逃げるんだ!』
『違う、私は自分への罰として――』
『違わない。君は逃げるんだ。それに君は人に頼ることを知らなすぎる。何で君一人で背負おうとしているんだ。どうして、俺達を頼ってくれないんだよ!』
『だって、私の事は貴方とは関係――』
『あるに決まってんだろ! 俺は君を助けるために力を取り戻したんだ。死のラインを超える手前からマリン! 君を助けるために這い上がってきたんだ。その俺の気持ちまで自分の思いと一緒に踏みにじるつもりか!』
『…………わ、たしだって。私だって元の日常に戻りたいって思ってるに決まってるじゃない! けど、私は他人を傷付けすぎたの、傷付けすぎてもう治すことが出来ないの!』
『じゃあ、俺がそれを治してやる。マリンが抱えてるもの全部俺が背負ってやる。だから、マリンはもう何も背負わなくていいんだ。君は他人には優しすぎるのに、自分には酷いほどに負担を強いる。もう、楽になってもいいんじゃないか?』
龍翔はマリンの魂に呼びかける。
『………………うっうっ、……』
彼女の魂は今、泣いている。
彼女は自ら、飛び込んだ闇の中なのに自らが望んだ結末なのに、それでも自分を光へ導いてくれる優しく、自分の全てを預けられる人に出会うことが出来たのだから。
マリンが自分の魂を受け入れ、魂を再度からだの中に灯した頃には既に朝になっていた。
太陽が山間から顔を出し、湖を月とは違う光で金色に光らせた。
「柘榴!」
祖母の家に柘榴を連れて戻った時、鬼谷公恵(「陽光の姫鬼(シャイン・ヴァルキリア)」黒雛魅麗)が離れの方から走ってきた。
公恵は勢い良く柘榴に抱きつくとそのまま地面に転がった。
柘榴は「痛い、痛い」と言いながらも楽しそうに笑っていた。
僕はしばらく柘榴に抱きついていた公恵を離れさせ、柘榴を立たせると取りあえず、離れの中に入った。
さて、どうやって公恵に弁明しようかな。
七ヶ月と二十日後
僕と彼女達は再会した。
もちろん高校でだ。
あの後、調子を戻した僕(祖母の家にいた理由は、持病の療養のため)は、必死に勉強して、辛うじて県内の高校に入ることが出来た。
担任は奇跡だと言っていた。まあ、間違いではないね。
現在の僕の生活といえば、公恵が前の席にいるのでたまに後ろからいじって遊んでみたり、柘榴に部活で連れまわされたりと楽しい毎日を送りながら神と戦っている。
追伸: 座紅髏は男のときで柘榴は今だから使い分けといてよね! という指摘をこの前受け取った。まあ、女の子の名前に髑髏の「髏」をいれる親なんていないしね。
鬼刀記 (過去篇)
希宮 春風
前回のあらすじ
中学生活最後の八月十五日、深夜のコンビニでぶら~りしようとしていた僕は、いきなり会ったこともない少女、鬼谷公恵に拳銃を向けられてしまう。しかし、彼女の天然(?)っぷりのおかげで見事、九死に一生を得ることができた。彼女の話によるとただの人間違いであるということで一件落着だと思った矢先、襲撃者かつ鬼谷の兄である座紅髏に襲撃された。幸い、僕は鬼谷によって無傷で済んだが、助けに来た鬼谷が座紅髏のナイフに胸を刺され傷を負ってしまった。僕はその時、何もできずにそこにいた。
そして、今僕は傷を負った鬼谷を背負って山中を駆けていた。
胸の辺りが熱い。そう思ったのは、座紅髏に刺されてしばらくしてからだった。幸い即死するような傷ではなく、赤黒い血がゆっくりと体の外に出ている様だ。体はあの人に背負われている。服は鬼人化バーストした状態から家を飛び出したときの状態に戻っていた。
私、負けたんだ。
自分に対する怒りがこみ上げる。力を失い、記憶をなくしたあの人を傷付けられて頭に血が上っていた。本当は座紅髏を止めるのが目的だったのに、殺そうとしていた。
私の頬を涙が伝った。
悔しかった。また、あの人に助けられてしまった。今度は自分が守ってあげないといけなかったのに、あの人のことを忘れかけていた。
気管に入った血を吐き出すために咽ながらあの人の背中にしがみ付いた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……
気絶したふりをしてから、五分が経った。
オレは起き上がって近くの木に近づいて、その木にもたれ掛った。大鎌は人に見られないように木の後ろに掛けておいた。
頭が痛い。さっき、あいつに投げられた時に間違って後頭部を打ってしまったからだ。鬼人化してなかったら確実に脳震盪を起こして気絶してると思った。(あいつ、本当に力を失ってるのか?)
オレがあいつに顔を見せた時、あいつ、ビビってるクセに目の奥が真剣だった。ただ、オレを、オレの心をじっと見ていた。(あいつ、記憶が……)
ナイフを持った手に赤黒い線が走っていた。復讐をしようとしてたのに何で急所を思わず外してしまったのだろうか。
どうして、こんなに胸の奥が痛いのだろうか。
息を荒あげ、公恵を背負って山道を駆け上がってすでに十分が経過していた。そして、ようやく目的の祖母の家にたどり着いた。
僕は祖母がいる母屋の方ではなく、僕が泊まっている離れに公恵を連れて行った。祖母と血まみれの彼女との遭遇を回避するためだった。
離れの中に入って和室の畳の上に公恵を背中から降ろした。
血はどういうわけか止まっており、ただ公恵は眠っているだけだった。
「おい、大丈夫か。鬼谷!」
僕が名前を呼ぶと、鬼谷は目を覚ました。
「……うっ……」
「よかった、気が付いたか」
「……ここは何処ですか?」
「一応、家まで逃げて運んできたんだけど、傷、平気なのか?」
「え、あ、大丈夫です。一応、鬼ですから。けど、大丈夫なんですか? 座紅髏が追ってくる可能性もあるのに……」
「うーん。大丈夫じゃない? ここ、森のど真ん中だし?」
僕は座紅髏が追ってくる可能性を忘れていた。うーん、そういやそうか。
「早く、逃げてください。座紅髏が追ってきますから」
鬼谷は起き上がるが、傷口が疼いた様で胸を押さえた。
「無理するな、俺は大丈夫だから」
僕は鬼谷を寝かした。
すると、鬼谷は目を見開いてから言った。
「紅葵がどうしてそこにあるんですか? 貴方には持てない筈なのに」
鬼谷は床に転がっていた紅葵を見ていた。
「えっと、何か。勢いで拾ったら持ってこれたみたいな」
「まさか、封印が解けかけているんですか?」
鬼谷は僕の方に顔の向きを変えて言った。その表情は何かに怯えている様だった。
「最近、急に変な映像が頭によぎったことはありませんか?」
「ん? あるけど? それがどうした?」
鬼谷は完全に青ざめていた。
「封印が緩んできているのですか?」
「はい?」
封印? 今、封印って言ったか。僕の事を何か知っているのか!
「おい、鬼谷。お前、俺の何を知ってる! 答えろ!」
僕は鬼谷に掴みかかって言った。鬼谷は僕から目をそらしている。
「嫌です。言ったら、貴方の封印は確実に解けてしまいます」
「だから、何の封印なんだ! それを早く言えって言ってるんだろうが!」
「……くっ、じゃあ、貴方は自分の命を捨てることが出来るんですか」
鬼谷は唇を噛んでから僕に向き直って言った。
「は? 何言ってんだよお前。俺が自分の命を掛けるのと俺の事についてお前が話すことなんて関係ないだろ!」
「関係あるから、言ってるんじゃないですか!」
鬼谷は噛みつくように言った。
「貴方が、自分の正体を聞いてしまうと貴方は二分の一の確率で死にます。貴方の正体を言うことは貴方の封印を解くことになるんです。もし、上手くいって封印が解けたら貴方は元に戻って、私よりも強く、座紅髏を救う力を得ることが出来ます。しかし、失敗すれば貴方は自分の力に潰されて死ぬんです。だから、その覚悟があるんですかって私は聞いているんです!」
鬼谷は僕の胸倉を掴んで泣きながら言った。すると、僕の頭の中にまた映像が流れた。間違いない。これは僕が知らない過去だと分かる。そして、その映像が流れ終わるとすぐに僕の覚悟は決まった。
「鬼谷、俺の正体を教えろ。僕は座紅髏を救いたい。だかた、僕に力をくれ!」
鬼谷はその言葉を聞くと、僕の胸倉から手を離し、床に手を着いた。
「やっぱり、貴方は昔から変わりませんね。敵いませんよ」
鬼谷は顔を上げて笑い、立ち上がると僕を床に転がっていた紅葵で斬った。
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希宮 春風
前回のあらすじ
中学生活最後の八月十五日、深夜のコンビニでぶら~りしようとしていた僕は、いきなり会ったこともない少女、鬼谷公恵に拳銃を向けられてしまう。しかし、彼女の天然(?)っぷりのおかげで見事、九死に一生を得ることができた。彼女の話によるとただの人間違いであるということで一件落着だと思った矢先、襲撃者かつ鬼谷の兄である座紅髏に襲撃された。幸い、僕は鬼谷によって無傷で済んだが、助けに来た鬼谷が座紅髏のナイフに胸を刺され傷を負ってしまった。僕はその時、何もできずにそこにいた。
そして、今僕は傷を負った鬼谷を背負って山中を駆けていた。
胸の辺りが熱い。そう思ったのは、座紅髏に刺されてしばらくしてからだった。幸い即死するような傷ではなく、赤黒い血がゆっくりと体の外に出ている様だ。体はあの人に背負われている。服は鬼人化バーストした状態から家を飛び出したときの状態に戻っていた。
私、負けたんだ。
自分に対する怒りがこみ上げる。力を失い、記憶をなくしたあの人を傷付けられて頭に血が上っていた。本当は座紅髏を止めるのが目的だったのに、殺そうとしていた。
私の頬を涙が伝った。
悔しかった。また、あの人に助けられてしまった。今度は自分が守ってあげないといけなかったのに、あの人のことを忘れかけていた。
気管に入った血を吐き出すために咽ながらあの人の背中にしがみ付いた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……
気絶したふりをしてから、五分が経った。
オレは起き上がって近くの木に近づいて、その木にもたれ掛った。大鎌は人に見られないように木の後ろに掛けておいた。
頭が痛い。さっき、あいつに投げられた時に間違って後頭部を打ってしまったからだ。鬼人化してなかったら確実に脳震盪を起こして気絶してると思った。(あいつ、本当に力を失ってるのか?)
オレがあいつに顔を見せた時、あいつ、ビビってるクセに目の奥が真剣だった。ただ、オレを、オレの心をじっと見ていた。(あいつ、記憶が……)
ナイフを持った手に赤黒い線が走っていた。復讐をしようとしてたのに何で急所を思わず外してしまったのだろうか。
どうして、こんなに胸の奥が痛いのだろうか。
息を荒あげ、公恵を背負って山道を駆け上がってすでに十分が経過していた。そして、ようやく目的の祖母の家にたどり着いた。
僕は祖母がいる母屋の方ではなく、僕が泊まっている離れに公恵を連れて行った。祖母と血まみれの彼女との遭遇を回避するためだった。
離れの中に入って和室の畳の上に公恵を背中から降ろした。
血はどういうわけか止まっており、ただ公恵は眠っているだけだった。
「おい、大丈夫か。鬼谷!」
僕が名前を呼ぶと、鬼谷は目を覚ました。
「……うっ……」
「よかった、気が付いたか」
「……ここは何処ですか?」
「一応、家まで逃げて運んできたんだけど、傷、平気なのか?」
「え、あ、大丈夫です。一応、鬼ですから。けど、大丈夫なんですか? 座紅髏が追ってくる可能性もあるのに……」
「うーん。大丈夫じゃない? ここ、森のど真ん中だし?」
僕は座紅髏が追ってくる可能性を忘れていた。うーん、そういやそうか。
「早く、逃げてください。座紅髏が追ってきますから」
鬼谷は起き上がるが、傷口が疼いた様で胸を押さえた。
「無理するな、俺は大丈夫だから」
僕は鬼谷を寝かした。
すると、鬼谷は目を見開いてから言った。
「紅葵がどうしてそこにあるんですか? 貴方には持てない筈なのに」
鬼谷は床に転がっていた紅葵を見ていた。
「えっと、何か。勢いで拾ったら持ってこれたみたいな」
「まさか、封印が解けかけているんですか?」
鬼谷は僕の方に顔の向きを変えて言った。その表情は何かに怯えている様だった。
「最近、急に変な映像が頭によぎったことはありませんか?」
「ん? あるけど? それがどうした?」
鬼谷は完全に青ざめていた。
「封印が緩んできているのですか?」
「はい?」
封印? 今、封印って言ったか。僕の事を何か知っているのか!
「おい、鬼谷。お前、俺の何を知ってる! 答えろ!」
僕は鬼谷に掴みかかって言った。鬼谷は僕から目をそらしている。
「嫌です。言ったら、貴方の封印は確実に解けてしまいます」
「だから、何の封印なんだ! それを早く言えって言ってるんだろうが!」
「……くっ、じゃあ、貴方は自分の命を捨てることが出来るんですか」
鬼谷は唇を噛んでから僕に向き直って言った。
「は? 何言ってんだよお前。俺が自分の命を掛けるのと俺の事についてお前が話すことなんて関係ないだろ!」
「関係あるから、言ってるんじゃないですか!」
鬼谷は噛みつくように言った。
「貴方が、自分の正体を聞いてしまうと貴方は二分の一の確率で死にます。貴方の正体を言うことは貴方の封印を解くことになるんです。もし、上手くいって封印が解けたら貴方は元に戻って、私よりも強く、座紅髏を救う力を得ることが出来ます。しかし、失敗すれば貴方は自分の力に潰されて死ぬんです。だから、その覚悟があるんですかって私は聞いているんです!」
鬼谷は僕の胸倉を掴んで泣きながら言った。すると、僕の頭の中にまた映像が流れた。間違いない。これは僕が知らない過去だと分かる。そして、その映像が流れ終わるとすぐに僕の覚悟は決まった。
「鬼谷、俺の正体を教えろ。僕は座紅髏を救いたい。だかた、僕に力をくれ!」
鬼谷はその言葉を聞くと、僕の胸倉から手を離し、床に手を着いた。
「やっぱり、貴方は昔から変わりませんね。敵いませんよ」
鬼谷は顔を上げて笑い、立ち上がると僕を床に転がっていた紅葵で斬った。
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ランチとおやつ2(back)
昼休み
「なあ、滝峰。何で辰美は僕と付き合ってるんだ?」
開放された屋上で坂木と昼食を取っていたところ、坂木の口からよく分からない言葉が飛び出してきた。
「どういうことだ?」
「いやさ、中三の春だっけ? 受験が終わってすぐ、アレが起こってしばらくしてから、僕と辰美は付き合い始めただろ」
「へえ、そんなに持ってたんだ。お前みたいな貧弱よく生きていけたな。褒めてやるよ」
僕は坂木の頭を撫でるフリをして彼を弄った。
「うっ、まあ、僕が貧弱であるのは認めるけどさ。本当にこれで良かったのかなって」
坂木は購買で買ったらしきパンを口に運びながら言った。
「何が?」
「・・・・・・辰美はさ、まだお前のことが好きっぽいんだよね」
「・・・・・・」
僕は、サンドイッチを食べながら黙った。
「ほら、だってさ。僕、滝峰と辰美との間がこじれた時に辰美に告白しただろ、だから、その・・・・・・・・・・・・僕は卑怯者なんだよ」
僕は最後の一切れを口にしてから言った。
「別に、卑怯で良いんじゃねえの? それと、辰美がお前と付き合ってるのは弱ってた時に漬け込まれたからじゃない。今のだと、辰美が軽く堕ちるって言ってるようでなんかムカつく」
僕は紙パックのジュースを飲み干すと立ち上がった。
「告白した時、辰美はお前の事を好きになれるように頑張るって言ってたんだろ。じゃあ、今はその途中じゃねえかよ。簡単に諦めんなよ、辰美のこと」
僕は出口に向かって歩き出した。
「それは助言かそれとも嫌味か?」
「両方って言っとくよ。頑張れ、少年」
僕は屋上を後にした。
もう、後戻りはできないんだよ。
放課後
今日は六時限目までだったが、僕は急いで学校を出た。小学校の預かり施設にいる春歌を迎えに行く必要があるからだ。
今頃は学校の友達と仲良く遊んでんのかな。
小学校は高校から三分ぐらい歩いたところにある。施設はその中に隣接されている。
僕は、校門ではなく施設の前にある門から中に入って春歌を探した。
施設の中を覗くと、春歌はすぐに見つかった。どうやら、宿題を友達としているようだ。
すると、中にいた施設の人がこちらに気付いて春歌に僕が来たことを伝えた。
しばらくして、中から春歌は出てきた。
「おかえり、春歌」
「ただいま」
「よし、帰ろうか」
「うん」
僕と春歌は手を繋いで門を出て家路についた。
家に帰るとそこには先客がいた。
「辰美お姉ちゃん!」
春歌は僕の手を解いて、辰美に向かって走っていった。初めて会ってから一月しか経っていないのによく懐いてるな。
「おっかえり~。春歌ちゃん。今日も可愛いねえ」
こっちはベタ惚れか。
家の中に入ると僕はリビングで学ランを脱いでキッチンのシンクで手を洗う。
「お兄ちゃん、今日のおやつって何?」
「ん、ちょっと待ってろ。ほら、辰美に紅茶でも入れてやれ」
僕は棚から紅茶のティーパックを三つ、カップを三つ取り出しお盆の上にそれらを置いて、スティックシュガーを最後に春歌に渡して運ぶように指示した。
春歌は快く、それを受け取った。猫被りやがって。
僕は冷蔵庫の中から昨日の夜に作って冷やしておいたシュークリームを取り出した。そして、それを皿に盛り付け最後に粉砂糖を振り掛けてテーブルに持っていった。
「「わーい。シュークリームだ」」
見事にハモっていた。なんだこいつら。僕は紅茶に砂糖を入れずに飲む。
春歌と辰美は一緒にシュークリームにかぶりついていた。
「春歌、気をつけないと、クリームが落ちるぞ」
「わかってる、あ」
春歌が持っているシュークリームからクリームがこぼれてテーブルの上に落ちた。
「ほら、言わんこっちゃない」
僕は布巾を取って、落ちたクリームをふき取った。
「あーあー、勿体無い」
春歌は反省せずに布巾に絡み取られていくクリームを見ながらいった。そうさせたのはお前だけどな、吾が妹よ。
家に帰ってからのおやつの時間はその日の出来事を喋る機会である僕と辰美と春歌の習慣だ。
今日は主に春歌が喋っていた。今日はクラスの係りがあって面倒だったとか、友達と遊んで楽しかったといっていた。
夕食の買いだしついでに、僕は辰美を家まで送った。そこで僕は辰美に言った。
「今日、昼休みに坂木が言ってたよ。辰美は僕を見てくれてないって」
「そう、なんだ」
辰美は下を向く。
「一応、あいつには頑張れって言ったけど、ちゃんとお前も見てやれよ」
「わかってる、わかってるよ。でも・・・・・・」
辰美は立ち止まって、鞄を持っている手を強く握りしめた。
「でも?」
「私は、まだ、琢弥のことが・・・・・・」
僕はその言葉の続きを知っている。けど、僕は何もせずに彼女を見ていた。春風が僕と辰美の間を通り抜けていった。
「ねえ、キス、してよ」
辰美の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「何言ってんだよ、お前」
僕は今にも泣きそうな目をしていた辰美を睨んだ。多分、今僕は今まで誰にも見せたことも無いような怖い顔をしている。本当はこんな表情をしたくなかった。けど、これじゃ、また・・・・・・
「ねえ、お願い。キスしてよ。このままじゃ、私、琢弥のことを諦めることができない。だから――――」
辰美は棒立ちの僕に抱きついた。僕は気持ちが迷って抵抗することが出来なかった。
しかし、このままで良いのだろうか? このまま、辰美とキスをしてしまって良いのだろうか――――――――
「ダメだ、それは。それは、坂木に対する裏切りだ」
僕は辰美の肩を持って、僕から引き離した。すると、辰美はその場に崩れ落ちた。
僕はそんなことは気にせずに辰美の横を通り過ぎていった。
後悔はした、しかし、これで良いんだ。僕が一緒だと辰美はまたあの時の様に傷つく。だから、これで良いんだ。
僕は振り返ることなくその場を歩いて立ち去った。
辰美はあの後どうなったんだろうか。それだけが気掛かりだった。
立ち去るまで聞こえていたすすり泣きはもう止まっているだろうか。
僕は唇を噛み締めた。
すると、家を出た時から立ち込めていた暗雲から透明な液体が落ちてきた。春特有の変わりやすい気候の所為のはずなんだが、その時の僕には暗雲が僕らの心に見えた。
翌日
急な胸の痛みによって僕は、通学路のど真ん中で倒れた。
これが僕の新たな物語の始まりだった。
昼休み
「なあ、滝峰。何で辰美は僕と付き合ってるんだ?」
開放された屋上で坂木と昼食を取っていたところ、坂木の口からよく分からない言葉が飛び出してきた。
「どういうことだ?」
「いやさ、中三の春だっけ? 受験が終わってすぐ、アレが起こってしばらくしてから、僕と辰美は付き合い始めただろ」
「へえ、そんなに持ってたんだ。お前みたいな貧弱よく生きていけたな。褒めてやるよ」
僕は坂木の頭を撫でるフリをして彼を弄った。
「うっ、まあ、僕が貧弱であるのは認めるけどさ。本当にこれで良かったのかなって」
坂木は購買で買ったらしきパンを口に運びながら言った。
「何が?」
「・・・・・・辰美はさ、まだお前のことが好きっぽいんだよね」
「・・・・・・」
僕は、サンドイッチを食べながら黙った。
「ほら、だってさ。僕、滝峰と辰美との間がこじれた時に辰美に告白しただろ、だから、その・・・・・・・・・・・・僕は卑怯者なんだよ」
僕は最後の一切れを口にしてから言った。
「別に、卑怯で良いんじゃねえの? それと、辰美がお前と付き合ってるのは弱ってた時に漬け込まれたからじゃない。今のだと、辰美が軽く堕ちるって言ってるようでなんかムカつく」
僕は紙パックのジュースを飲み干すと立ち上がった。
「告白した時、辰美はお前の事を好きになれるように頑張るって言ってたんだろ。じゃあ、今はその途中じゃねえかよ。簡単に諦めんなよ、辰美のこと」
僕は出口に向かって歩き出した。
「それは助言かそれとも嫌味か?」
「両方って言っとくよ。頑張れ、少年」
僕は屋上を後にした。
もう、後戻りはできないんだよ。
放課後
今日は六時限目までだったが、僕は急いで学校を出た。小学校の預かり施設にいる春歌を迎えに行く必要があるからだ。
今頃は学校の友達と仲良く遊んでんのかな。
小学校は高校から三分ぐらい歩いたところにある。施設はその中に隣接されている。
僕は、校門ではなく施設の前にある門から中に入って春歌を探した。
施設の中を覗くと、春歌はすぐに見つかった。どうやら、宿題を友達としているようだ。
すると、中にいた施設の人がこちらに気付いて春歌に僕が来たことを伝えた。
しばらくして、中から春歌は出てきた。
「おかえり、春歌」
「ただいま」
「よし、帰ろうか」
「うん」
僕と春歌は手を繋いで門を出て家路についた。
家に帰るとそこには先客がいた。
「辰美お姉ちゃん!」
春歌は僕の手を解いて、辰美に向かって走っていった。初めて会ってから一月しか経っていないのによく懐いてるな。
「おっかえり~。春歌ちゃん。今日も可愛いねえ」
こっちはベタ惚れか。
家の中に入ると僕はリビングで学ランを脱いでキッチンのシンクで手を洗う。
「お兄ちゃん、今日のおやつって何?」
「ん、ちょっと待ってろ。ほら、辰美に紅茶でも入れてやれ」
僕は棚から紅茶のティーパックを三つ、カップを三つ取り出しお盆の上にそれらを置いて、スティックシュガーを最後に春歌に渡して運ぶように指示した。
春歌は快く、それを受け取った。猫被りやがって。
僕は冷蔵庫の中から昨日の夜に作って冷やしておいたシュークリームを取り出した。そして、それを皿に盛り付け最後に粉砂糖を振り掛けてテーブルに持っていった。
「「わーい。シュークリームだ」」
見事にハモっていた。なんだこいつら。僕は紅茶に砂糖を入れずに飲む。
春歌と辰美は一緒にシュークリームにかぶりついていた。
「春歌、気をつけないと、クリームが落ちるぞ」
「わかってる、あ」
春歌が持っているシュークリームからクリームがこぼれてテーブルの上に落ちた。
「ほら、言わんこっちゃない」
僕は布巾を取って、落ちたクリームをふき取った。
「あーあー、勿体無い」
春歌は反省せずに布巾に絡み取られていくクリームを見ながらいった。そうさせたのはお前だけどな、吾が妹よ。
家に帰ってからのおやつの時間はその日の出来事を喋る機会である僕と辰美と春歌の習慣だ。
今日は主に春歌が喋っていた。今日はクラスの係りがあって面倒だったとか、友達と遊んで楽しかったといっていた。
夕食の買いだしついでに、僕は辰美を家まで送った。そこで僕は辰美に言った。
「今日、昼休みに坂木が言ってたよ。辰美は僕を見てくれてないって」
「そう、なんだ」
辰美は下を向く。
「一応、あいつには頑張れって言ったけど、ちゃんとお前も見てやれよ」
「わかってる、わかってるよ。でも・・・・・・」
辰美は立ち止まって、鞄を持っている手を強く握りしめた。
「でも?」
「私は、まだ、琢弥のことが・・・・・・」
僕はその言葉の続きを知っている。けど、僕は何もせずに彼女を見ていた。春風が僕と辰美の間を通り抜けていった。
「ねえ、キス、してよ」
辰美の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「何言ってんだよ、お前」
僕は今にも泣きそうな目をしていた辰美を睨んだ。多分、今僕は今まで誰にも見せたことも無いような怖い顔をしている。本当はこんな表情をしたくなかった。けど、これじゃ、また・・・・・・
「ねえ、お願い。キスしてよ。このままじゃ、私、琢弥のことを諦めることができない。だから――――」
辰美は棒立ちの僕に抱きついた。僕は気持ちが迷って抵抗することが出来なかった。
しかし、このままで良いのだろうか? このまま、辰美とキスをしてしまって良いのだろうか――――――――
「ダメだ、それは。それは、坂木に対する裏切りだ」
僕は辰美の肩を持って、僕から引き離した。すると、辰美はその場に崩れ落ちた。
僕はそんなことは気にせずに辰美の横を通り過ぎていった。
後悔はした、しかし、これで良いんだ。僕が一緒だと辰美はまたあの時の様に傷つく。だから、これで良いんだ。
僕は振り返ることなくその場を歩いて立ち去った。
辰美はあの後どうなったんだろうか。それだけが気掛かりだった。
立ち去るまで聞こえていたすすり泣きはもう止まっているだろうか。
僕は唇を噛み締めた。
すると、家を出た時から立ち込めていた暗雲から透明な液体が落ちてきた。春特有の変わりやすい気候の所為のはずなんだが、その時の僕には暗雲が僕らの心に見えた。
翌日
急な胸の痛みによって僕は、通学路のど真ん中で倒れた。
これが僕の新たな物語の始まりだった。
ランチとおやつ1
壱潟満幸
朝
「お兄ちゃん、おはよ~う」
いつものように小学一年生の妹、春歌が起きてきた。
僕は弁当(二人分)を作りながら、眠たそうに現れた妹を見た。
「おはよう、春歌。朝ご飯もう出来てるから、早く顔を洗ってこいよ」
弁当に今日の献立、野菜が多めのサンドイッチを詰め込みながら言った。
「うん」
春歌は頷くと洗面所に向かっていく。
「よし、出来た」
僕は弁当箱の蓋を閉め、包みで包んで朝食をテーブルに並べていく。ご飯、味噌汁(実は豆腐と揚げ)、ハムエッグ(付け合せ:レタスとトマト)、春歌は牛乳(本人が希望した)、僕の所には煎茶を順に置いていった。
さて、もう気付いているだろうがこの家の中には親がいない。なぜなら、両親は海外に転勤でアメリカいやオーストラリア? エジプト? まあ、そこら辺の国を飛び回っている。
ついでに言うと、春歌は幼稚園までは海外で両親と一緒に過ごしていたのだが、小学校に上がると同時に日本に帰ってきたのだ。
さらについでに、母親は毎日、朝の五時半(日本時間)に電話を掛けて異様なテンションでその日の愚痴や出来事、父親への不満を僕の鼓膜に叩きつけて電話を切っていく。全く、迷惑なことだ。
ガチャッ
リビングのドアが開いた。どうやら、春歌が戻ってきたようだ。
僕は食事時の定位置に座り、春歌が座るのを待った。そして、春歌が座ったのを確認すると一緒に手を合わせて、日本流の挨拶をして朝食を食べ始めた。
春歌は席に付く前に朝の子供向けバラエティをつけていたようで、そちらをじっと見ていた。僕もちらりとそちらを見ると某有名声優がお決まりの挨拶をしていた。テレビの左上には七時五分と表示されていた。うん、いつもと変わらないな。
「春歌、よそ見してないで早く食えよ」
「わかってる」
春歌はテーブルの方に向き直り、味噌汁を啜る。
「そういや、保護者懇談だっけ? その手紙、ちゃんと書いたから持っていけよ」
「はーい」
僕は味噌汁の汁を飲み干して、席を立ち食べ終えた食器を食洗器の中に入れた。
「食べ終わったら、ちゃんと、皿を水で濯いでから入れろよ」
「わかってる~」
春歌はむくれながら箸を握ったまま腕を振り回していた。
そして、僕はジャージから制服に着替えるためリビングを出た。
自分の部屋に戻って、ジャージを脱いで制服に着替えた。
そして、今日提出分の宿題と授業がある教科の教科書とノートをエナメル鞄に放り込んでいった。
「あれっ、筆箱は・・・・・・っと、あったあった」
机の下に転がっていた筆箱を拾い上げ、鞄の中に入れた。
「あ、体操服」
僕は箪笥たんすを開けて、サブバックの中に体操服を入れた。
「これで、全部・・・・・・・・・・・・だな。よし」
僕は鞄を肩にかけ、サブバックを持って部屋を出た。
リビングに戻ってみると、春歌は朝食を食べ終えて、登校時間が来るのをテレビを見ながら待っていた。
「じゃあ、俺もう出るから。ちゃんと、鍵閉めていけよ」
「はーい」
丁度その時、チャイムが鳴った。
僕は弁当をカウンターから取ってリビングを出て、靴を履くと外に出た。
「やっほー。琢弥!」
「いつもどおりの挨拶ご苦労。高校生になってここ半月それが挨拶の定番になってきているのだが、そこら辺どうにかしろよ」
僕は門を出ながら、辰美に言った。
「えー、それしか気の効いた挨拶を私はあと何十個か知らないよ?」
「じゃあ、その何十個かの挨拶をせめてローテーションにしろ。でないと毎朝の新鮮さが失われていく」
「まあ、いいじゃん。どうでも」
「ああ、どうでもいいよ」
「・・・・・・・・・・・・」
辰美は僕の方を睨み始めた。
「今までの会話のために消費した私の今日のエネルギーのナンパーセントを返せ! この――」
「はい、これ今日の弁当ね」
僕は辰美の怒り(フリ)を無視しながら、持っていた弁当箱の可愛らしい柄の包みの方を彼女に渡した。
「うわー、無いわーこの人。人が面白いことを言おうとしてたのに、何でスルーして弁当渡してきてんだよ!」
「え、いらないの?」
「いります。絶対、いります。無かったら午後の体力が持ちません。スイマセンでした。スイマセンでした。スイマセ――――
って何無視してるんですか! あなたは!」
辰美とのつまらない朝のトークを無視して僕は歩き出していた。まあ、こんな毎朝が過ごせるんだから、コイツとの付き合いは飽きないんだけど。
茅葺辰美、それがコイツの名前である。僕より、二十センチ以上も小さい一五二センチの身長でありながら中学の時に空手の全国大会を制覇したというのだから驚き。あ、身長は関係ないか。
当然ながら、僕と辰美の関係は幼馴染以上恋人未満というよくある関係である。もう一つコイツとの関係を示すとしたら、弁当を作ってそれを毎朝渡し、かかった費用を利子を殆ど付けずにもらうという格安弁当の客かな?
「あれ? 今日の弁当箱はいつもより軽いな」
辰美は弁当を上下にゆっくり移動させて重さを確かめていた。
「まさか、葉っぱ系の野菜を詰め込んだだけとは、言わないよね」
「三分の一正解」
「三分の一ってどういうことよ」
「パンが二分の一、玉子、ハムが六分の一だから」
「ああ、サンドイッチね」
辰美は弁当箱を上下させるのをやめて、鞄の中に仕舞い込んだ。
「毎日ご苦労!」
辰美はそういってにっこりと笑いながら、適当に小銭をポケットから取り出して僕に渡した。
「どういたしまして、まあ、こんなもんでいいかな」
僕の手の中にあるのは百二十五円を見ながら言う。利益は五円ってとこかな。
あれこれ、話している内に学校前で辰美が彼氏である坂木利章を辰美が見つけたので僕らは校門前で別れた。うん、今日も平和な一日になりそうだ。
next
壱潟満幸
朝
「お兄ちゃん、おはよ~う」
いつものように小学一年生の妹、春歌が起きてきた。
僕は弁当(二人分)を作りながら、眠たそうに現れた妹を見た。
「おはよう、春歌。朝ご飯もう出来てるから、早く顔を洗ってこいよ」
弁当に今日の献立、野菜が多めのサンドイッチを詰め込みながら言った。
「うん」
春歌は頷くと洗面所に向かっていく。
「よし、出来た」
僕は弁当箱の蓋を閉め、包みで包んで朝食をテーブルに並べていく。ご飯、味噌汁(実は豆腐と揚げ)、ハムエッグ(付け合せ:レタスとトマト)、春歌は牛乳(本人が希望した)、僕の所には煎茶を順に置いていった。
さて、もう気付いているだろうがこの家の中には親がいない。なぜなら、両親は海外に転勤でアメリカいやオーストラリア? エジプト? まあ、そこら辺の国を飛び回っている。
ついでに言うと、春歌は幼稚園までは海外で両親と一緒に過ごしていたのだが、小学校に上がると同時に日本に帰ってきたのだ。
さらについでに、母親は毎日、朝の五時半(日本時間)に電話を掛けて異様なテンションでその日の愚痴や出来事、父親への不満を僕の鼓膜に叩きつけて電話を切っていく。全く、迷惑なことだ。
ガチャッ
リビングのドアが開いた。どうやら、春歌が戻ってきたようだ。
僕は食事時の定位置に座り、春歌が座るのを待った。そして、春歌が座ったのを確認すると一緒に手を合わせて、日本流の挨拶をして朝食を食べ始めた。
春歌は席に付く前に朝の子供向けバラエティをつけていたようで、そちらをじっと見ていた。僕もちらりとそちらを見ると某有名声優がお決まりの挨拶をしていた。テレビの左上には七時五分と表示されていた。うん、いつもと変わらないな。
「春歌、よそ見してないで早く食えよ」
「わかってる」
春歌はテーブルの方に向き直り、味噌汁を啜る。
「そういや、保護者懇談だっけ? その手紙、ちゃんと書いたから持っていけよ」
「はーい」
僕は味噌汁の汁を飲み干して、席を立ち食べ終えた食器を食洗器の中に入れた。
「食べ終わったら、ちゃんと、皿を水で濯いでから入れろよ」
「わかってる~」
春歌はむくれながら箸を握ったまま腕を振り回していた。
そして、僕はジャージから制服に着替えるためリビングを出た。
自分の部屋に戻って、ジャージを脱いで制服に着替えた。
そして、今日提出分の宿題と授業がある教科の教科書とノートをエナメル鞄に放り込んでいった。
「あれっ、筆箱は・・・・・・っと、あったあった」
机の下に転がっていた筆箱を拾い上げ、鞄の中に入れた。
「あ、体操服」
僕は箪笥たんすを開けて、サブバックの中に体操服を入れた。
「これで、全部・・・・・・・・・・・・だな。よし」
僕は鞄を肩にかけ、サブバックを持って部屋を出た。
リビングに戻ってみると、春歌は朝食を食べ終えて、登校時間が来るのをテレビを見ながら待っていた。
「じゃあ、俺もう出るから。ちゃんと、鍵閉めていけよ」
「はーい」
丁度その時、チャイムが鳴った。
僕は弁当をカウンターから取ってリビングを出て、靴を履くと外に出た。
「やっほー。琢弥!」
「いつもどおりの挨拶ご苦労。高校生になってここ半月それが挨拶の定番になってきているのだが、そこら辺どうにかしろよ」
僕は門を出ながら、辰美に言った。
「えー、それしか気の効いた挨拶を私はあと何十個か知らないよ?」
「じゃあ、その何十個かの挨拶をせめてローテーションにしろ。でないと毎朝の新鮮さが失われていく」
「まあ、いいじゃん。どうでも」
「ああ、どうでもいいよ」
「・・・・・・・・・・・・」
辰美は僕の方を睨み始めた。
「今までの会話のために消費した私の今日のエネルギーのナンパーセントを返せ! この――」
「はい、これ今日の弁当ね」
僕は辰美の怒り(フリ)を無視しながら、持っていた弁当箱の可愛らしい柄の包みの方を彼女に渡した。
「うわー、無いわーこの人。人が面白いことを言おうとしてたのに、何でスルーして弁当渡してきてんだよ!」
「え、いらないの?」
「いります。絶対、いります。無かったら午後の体力が持ちません。スイマセンでした。スイマセンでした。スイマセ――――
って何無視してるんですか! あなたは!」
辰美とのつまらない朝のトークを無視して僕は歩き出していた。まあ、こんな毎朝が過ごせるんだから、コイツとの付き合いは飽きないんだけど。
茅葺辰美、それがコイツの名前である。僕より、二十センチ以上も小さい一五二センチの身長でありながら中学の時に空手の全国大会を制覇したというのだから驚き。あ、身長は関係ないか。
当然ながら、僕と辰美の関係は幼馴染以上恋人未満というよくある関係である。もう一つコイツとの関係を示すとしたら、弁当を作ってそれを毎朝渡し、かかった費用を利子を殆ど付けずにもらうという格安弁当の客かな?
「あれ? 今日の弁当箱はいつもより軽いな」
辰美は弁当を上下にゆっくり移動させて重さを確かめていた。
「まさか、葉っぱ系の野菜を詰め込んだだけとは、言わないよね」
「三分の一正解」
「三分の一ってどういうことよ」
「パンが二分の一、玉子、ハムが六分の一だから」
「ああ、サンドイッチね」
辰美は弁当箱を上下させるのをやめて、鞄の中に仕舞い込んだ。
「毎日ご苦労!」
辰美はそういってにっこりと笑いながら、適当に小銭をポケットから取り出して僕に渡した。
「どういたしまして、まあ、こんなもんでいいかな」
僕の手の中にあるのは百二十五円を見ながら言う。利益は五円ってとこかな。
あれこれ、話している内に学校前で辰美が彼氏である坂木利章を辰美が見つけたので僕らは校門前で別れた。うん、今日も平和な一日になりそうだ。
next
ころしあいコロシアム
J
前回までのあらすじというか次回予告というか――
迫りくる五人目の日記所有者。
新たなる敵の出現。
破綻する人間関係。
崩壊する日常。
遂に始動。運命を仕組まれた子供たち。
前回! なで●スネイク其の弐!(←嘘です)
みんな知ってる!
今回! ころしあいコロシアム其の壱!
さーて。今回も、サービスサービス!
壱
「高校入学を期に、僕は変わるんだ」
ある地元の高校の入学式。正門の前に一人、そんなことを叫ぶ、男子高校生の姿がそこにはあった。まあ、なんというか、ぼくである。
そして、この僕は、周囲の視線を、明らかに、集めていた。
いや、厳密にはこの表現はおかしい。
なぜなら、誰も僕なんかを見ちゃあいなかったのだから。
べ、べつに見てほしいなんていってないんだからねっ!
弐
朝。突然轟音が鳴り響き、僕の愛すべきマイルームのドアが吹っ飛んだ。吹っ飛ばされたドアは、エネルギー保存の法則に従い、むかい側の壁にぶちあったって粉々になる。部屋の入り口には彼女が立っていた。美しくも壮絶な笑みを浮かべて。
うーん。まあ、美しく、という表現はあながち間違っちゃいないんだが、この場合は少しずれているように感じる。
だって、幼女だし。
「おきろ」
朝を幼女に起こしてもらう、という素晴らしいシチュエーションを味わいながら、まじまじと見つめていると、蹴られた。漫画だったら、効果音にドゴォとか、バキィとかが似合いそうな蹴り。首の骨が変な音をたてる。ぐっはああ!! おもいっきりけらられた―――――失礼! 噛みました!
「ちがう、わざとだ!」
かみまみた。
「わざとじゃない⁉」
垣間見た。
「………。」
つっこめよ。ていうか、僕の思考にまで突っ込みを入れるな。
「どっちやねん」
貴様ああああああああああああああああああああああああ!!!!
「いや、そこまで怒る必要もないとおもうけどな」
まあそれもそうか。でも脳内の思考がすべてお前に駄々漏れって言うのもなかなか慣れないんだよなあ。
「以心伝心だな」
多分続く
J
前回までのあらすじというか次回予告というか――
迫りくる五人目の日記所有者。
新たなる敵の出現。
破綻する人間関係。
崩壊する日常。
遂に始動。運命を仕組まれた子供たち。
前回! なで●スネイク其の弐!(←嘘です)
みんな知ってる!
今回! ころしあいコロシアム其の壱!
さーて。今回も、サービスサービス!
壱
「高校入学を期に、僕は変わるんだ」
ある地元の高校の入学式。正門の前に一人、そんなことを叫ぶ、男子高校生の姿がそこにはあった。まあ、なんというか、ぼくである。
そして、この僕は、周囲の視線を、明らかに、集めていた。
いや、厳密にはこの表現はおかしい。
なぜなら、誰も僕なんかを見ちゃあいなかったのだから。
べ、べつに見てほしいなんていってないんだからねっ!
弐
朝。突然轟音が鳴り響き、僕の愛すべきマイルームのドアが吹っ飛んだ。吹っ飛ばされたドアは、エネルギー保存の法則に従い、むかい側の壁にぶちあったって粉々になる。部屋の入り口には彼女が立っていた。美しくも壮絶な笑みを浮かべて。
うーん。まあ、美しく、という表現はあながち間違っちゃいないんだが、この場合は少しずれているように感じる。
だって、幼女だし。
「おきろ」
朝を幼女に起こしてもらう、という素晴らしいシチュエーションを味わいながら、まじまじと見つめていると、蹴られた。漫画だったら、効果音にドゴォとか、バキィとかが似合いそうな蹴り。首の骨が変な音をたてる。ぐっはああ!! おもいっきりけらられた―――――失礼! 噛みました!
「ちがう、わざとだ!」
かみまみた。
「わざとじゃない⁉」
垣間見た。
「………。」
つっこめよ。ていうか、僕の思考にまで突っ込みを入れるな。
「どっちやねん」
貴様ああああああああああああああああああああああああ!!!!
「いや、そこまで怒る必要もないとおもうけどな」
まあそれもそうか。でも脳内の思考がすべてお前に駄々漏れって言うのもなかなか慣れないんだよなあ。
「以心伝心だな」
多分続く
ある春の日の陽だまり2(back)
「みゃーお」
固定電話の前に立ち尽くすボクの足にすり寄って、黒猫が艶っぽい瞳で見つめてくる。屈んで、そっと小さな頭をなでてやった。
昼食を終えて書斎に入ると、机に放り出していた携帯が青色の光を点滅させていた。メールが届いているらしい。静枝さんとボクが担当と作家だった時に、連絡手段を固定電話しか持たないボクに、静枝さんが持たせてくれたものだった。
〈ごめんなさい。30分って言ったんですけど、ちょっと遅くなりそうです。夕飯前には戻ります。――静枝より〉
「さて、静枝さんはしばらく帰ってこないらしい。君、これからどうしようか?」
黒猫は後ろ足で頭を掻いていた。
「外は温かいだろうしね。散歩でも一緒にどうだい」
言葉が通じたのか分からないが、猫はにゃーと鳴いてみせた。
「散歩をしてきます」とだけ書いたメールを送り、玄関の鍵を閉めた。道へ出て我が家を眺めると、年代の古さを肌で感じた。この家は亡くなった祖父母が昔に住んでいた家で、ボクが中学に上がった頃、うちに(ボクの実家に)同居をしてきて以来、ボクの家族が小さな別荘として持っていたものだ。小説家として生活を始めてからはボクの家として使っている。
「にゃーん」と切なげな鳴き声が足元から聞こえる。そうか、こいつにとってはここが家なのか。この猫とも付き合いは古い。この家に入ってきた時、縁側で気持ちよさそうにこいつが眠っていた。
「そうだよな、家主はお前なんだったな……」
特に行き先もなかったから、黒猫の短い足の赴く先へ行くことに決めた。痩せ細った両足は、うちから歩いて数分の公園にたどりついた。公園の前
に来てしまったのは何かの因果だろうか? また、直ぐに忘れる疑問。
桜の花びらはもう殆ど散ってしまい、桃色に土色が掛かって、地に伏している。風が吹き過ぎる度に一度死んでしまった花弁たちが宙に舞う。素直に、綺麗だと思った。
公園を横切る人は散った桜には見向きもしないで、踏みつけて過ぎていく。ベンチには見知らぬおじいさんが座って、じっと、その桜を眺めていた。
「桜もこうなってしまうと、まったくみじめなものですね」
傍に寄り立ち、静かに話しかける。
「そうですね。すっかり寂しくなってね……。でも、綺麗なもんですよねえ」
桜から目を離さずに、ボクに答えるおじいさん。
「ええ、確かに綺麗だ」
「僕はねもう数十年間も桜を見てきたけどね。やっぱり今の景色がすごく落ち着いて、一番好きなんですよ。いや、僕だって満開の桜は素敵だと思うし、毎年お花見は行くんですよ。仕事が忙しくてお誘いを断ったりした時でも、あの甘い花の香りに誘われて、会社帰りにやっぱりほいほいと夜桜を見に行ってしまうんですよ。そして帰ってきてはああ今年もどこの桜は良かったとか、なんとか言うんです。でもね、爛漫も過ぎて、春も熟した後くらいになると、どうにもあの日みた満開の桜はよくないと思いだすんですよ。そうして、もやもやしながら、休日にでも公園に来て桜を見るとね、ああこれだっていう気がするんです。こういうのがいいんだって。ちゃんと公園に人はいるんです。だけど誰ひとり桜に目を向けているのはいない。花びらもほとんど散ってしまって寂しいもんなんですが、毎年毎年このみじめな桜を見に来ちゃうんですよねえ」
「ついつい足を運んでしまう。わかります。他のことには一切やる気が出ないっていうのに、ふと。そう、ふっと腰が持ち上がって動きだしてしまう」
「そうそう。僕はもう退職もして身内からは老後だとか、第二の人生だとか言われるんですけど、どうも考える気にならない。退職からの虚無感とかいうんですかね、こういうの。だけど風が吹いて、花びらなんかが流れてくると、気がついたらここにいちゃって」
「力の源とかって、あるのですか」
「源ですか。うーん……そうだな、言うのなら、春、かな? みんな、春になると変にエネルギーが湧いてくる。地球とか、世界が力を与えているみたいな。力と言っても、そんな力強いものじゃなくて、ただ、なんとなしに動かなければいけないような気持ちになるんですよね。人によってはひどく高ぶったり、ひどい鬱になったりしますがね。春の風にのって鼻腔に届くにおいが、そうさせるのじゃないかな。まあ、知りませんけどね」
おじいさんは自嘲気味に笑った。
「世界、ですか……。もし、世界から孤立している者がいるとして、そいつにも、力は与えられるのでしょうか」
口をついて出てしまう問い。それは、デキソコナイにとって「世界」が、一生抱える命題だからか。
あるいは、答えが欲しかったのか――?
「はは、面白いことを言うのですね。孤立ですか。うーん、そうですねきっと同じですよ。世界は、みんなの始まりを応援していますよ。ああ、そうだ、そうにちがいない」
しわの多い顔をほころばせて、満足気に頷く。
「だってあなたがここの桜を見て、僕みたいなおやじに話すなんて、何かの巡り合わせとしか思えないですよ。きっと春のにおいのせいだ。僕もなんだか、あなたと話していると元気になってきましたよ」
おじさんは、けらけらと愉快そうに笑うのであった。
桜の木は風に揺られて最後の一片を散らしていた。
大地は葉桜への準備を始めていた。
それからしばらくの間、他愛もない世間話をして、ボクは家路についた。まだ静枝さんは帰ってきていなかった。書斎へ向かうと、とことこと黒ネコのやつもついてきた。ボクが縁側に腰を降ろすと、同じように縁側に座った。
そっとお腹のあたりに手を伸ばして抱きかかえる。今度は抵抗もなにもしてこなかった。疲れてしまっているのだろうか。
そっと毛並に鼻を添わせる。匂いは、何も分からない。しかし、何だかお日様の匂いがするような気がした。ぬくぬくとした春の陽光(ひかり)の匂い。
玄関の方からがらがらと、扉の開く音がした。静枝さんが帰ったようだ。ぱたぱたと廊下を歩く、刻みのいい軽い足音が響いてくる。
「あ、恭之さん。お帰りになって、また猫と遊んでいるんですね」
静枝さんは可笑しそうに、くすくすと笑う。そうして、ボクの隣に腰を掛ける。ボクがまじまじと見つめるから、少し顔を赤らめたりした。
「恭之さん、お夕飯は何がいいですか? お魚ですか、お肉ですか、それとも――」
楽しそうに話す薄桃色の唇を、ボクの指でそっとふさぐ。静枝さんは驚いたような、困ったような、恥ずかしいような、そんな表情を浮かべていた。
「少し、話したいことがあるんだ」
温かい陽だまりに包まれて、ボクはゆっくりと話しはじめた。
「みゃーお」
固定電話の前に立ち尽くすボクの足にすり寄って、黒猫が艶っぽい瞳で見つめてくる。屈んで、そっと小さな頭をなでてやった。
昼食を終えて書斎に入ると、机に放り出していた携帯が青色の光を点滅させていた。メールが届いているらしい。静枝さんとボクが担当と作家だった時に、連絡手段を固定電話しか持たないボクに、静枝さんが持たせてくれたものだった。
〈ごめんなさい。30分って言ったんですけど、ちょっと遅くなりそうです。夕飯前には戻ります。――静枝より〉
「さて、静枝さんはしばらく帰ってこないらしい。君、これからどうしようか?」
黒猫は後ろ足で頭を掻いていた。
「外は温かいだろうしね。散歩でも一緒にどうだい」
言葉が通じたのか分からないが、猫はにゃーと鳴いてみせた。
「散歩をしてきます」とだけ書いたメールを送り、玄関の鍵を閉めた。道へ出て我が家を眺めると、年代の古さを肌で感じた。この家は亡くなった祖父母が昔に住んでいた家で、ボクが中学に上がった頃、うちに(ボクの実家に)同居をしてきて以来、ボクの家族が小さな別荘として持っていたものだ。小説家として生活を始めてからはボクの家として使っている。
「にゃーん」と切なげな鳴き声が足元から聞こえる。そうか、こいつにとってはここが家なのか。この猫とも付き合いは古い。この家に入ってきた時、縁側で気持ちよさそうにこいつが眠っていた。
「そうだよな、家主はお前なんだったな……」
特に行き先もなかったから、黒猫の短い足の赴く先へ行くことに決めた。痩せ細った両足は、うちから歩いて数分の公園にたどりついた。公園の前
に来てしまったのは何かの因果だろうか? また、直ぐに忘れる疑問。
桜の花びらはもう殆ど散ってしまい、桃色に土色が掛かって、地に伏している。風が吹き過ぎる度に一度死んでしまった花弁たちが宙に舞う。素直に、綺麗だと思った。
公園を横切る人は散った桜には見向きもしないで、踏みつけて過ぎていく。ベンチには見知らぬおじいさんが座って、じっと、その桜を眺めていた。
「桜もこうなってしまうと、まったくみじめなものですね」
傍に寄り立ち、静かに話しかける。
「そうですね。すっかり寂しくなってね……。でも、綺麗なもんですよねえ」
桜から目を離さずに、ボクに答えるおじいさん。
「ええ、確かに綺麗だ」
「僕はねもう数十年間も桜を見てきたけどね。やっぱり今の景色がすごく落ち着いて、一番好きなんですよ。いや、僕だって満開の桜は素敵だと思うし、毎年お花見は行くんですよ。仕事が忙しくてお誘いを断ったりした時でも、あの甘い花の香りに誘われて、会社帰りにやっぱりほいほいと夜桜を見に行ってしまうんですよ。そして帰ってきてはああ今年もどこの桜は良かったとか、なんとか言うんです。でもね、爛漫も過ぎて、春も熟した後くらいになると、どうにもあの日みた満開の桜はよくないと思いだすんですよ。そうして、もやもやしながら、休日にでも公園に来て桜を見るとね、ああこれだっていう気がするんです。こういうのがいいんだって。ちゃんと公園に人はいるんです。だけど誰ひとり桜に目を向けているのはいない。花びらもほとんど散ってしまって寂しいもんなんですが、毎年毎年このみじめな桜を見に来ちゃうんですよねえ」
「ついつい足を運んでしまう。わかります。他のことには一切やる気が出ないっていうのに、ふと。そう、ふっと腰が持ち上がって動きだしてしまう」
「そうそう。僕はもう退職もして身内からは老後だとか、第二の人生だとか言われるんですけど、どうも考える気にならない。退職からの虚無感とかいうんですかね、こういうの。だけど風が吹いて、花びらなんかが流れてくると、気がついたらここにいちゃって」
「力の源とかって、あるのですか」
「源ですか。うーん……そうだな、言うのなら、春、かな? みんな、春になると変にエネルギーが湧いてくる。地球とか、世界が力を与えているみたいな。力と言っても、そんな力強いものじゃなくて、ただ、なんとなしに動かなければいけないような気持ちになるんですよね。人によってはひどく高ぶったり、ひどい鬱になったりしますがね。春の風にのって鼻腔に届くにおいが、そうさせるのじゃないかな。まあ、知りませんけどね」
おじいさんは自嘲気味に笑った。
「世界、ですか……。もし、世界から孤立している者がいるとして、そいつにも、力は与えられるのでしょうか」
口をついて出てしまう問い。それは、デキソコナイにとって「世界」が、一生抱える命題だからか。
あるいは、答えが欲しかったのか――?
「はは、面白いことを言うのですね。孤立ですか。うーん、そうですねきっと同じですよ。世界は、みんなの始まりを応援していますよ。ああ、そうだ、そうにちがいない」
しわの多い顔をほころばせて、満足気に頷く。
「だってあなたがここの桜を見て、僕みたいなおやじに話すなんて、何かの巡り合わせとしか思えないですよ。きっと春のにおいのせいだ。僕もなんだか、あなたと話していると元気になってきましたよ」
おじさんは、けらけらと愉快そうに笑うのであった。
桜の木は風に揺られて最後の一片を散らしていた。
大地は葉桜への準備を始めていた。
それからしばらくの間、他愛もない世間話をして、ボクは家路についた。まだ静枝さんは帰ってきていなかった。書斎へ向かうと、とことこと黒ネコのやつもついてきた。ボクが縁側に腰を降ろすと、同じように縁側に座った。
そっとお腹のあたりに手を伸ばして抱きかかえる。今度は抵抗もなにもしてこなかった。疲れてしまっているのだろうか。
そっと毛並に鼻を添わせる。匂いは、何も分からない。しかし、何だかお日様の匂いがするような気がした。ぬくぬくとした春の陽光(ひかり)の匂い。
玄関の方からがらがらと、扉の開く音がした。静枝さんが帰ったようだ。ぱたぱたと廊下を歩く、刻みのいい軽い足音が響いてくる。
「あ、恭之さん。お帰りになって、また猫と遊んでいるんですね」
静枝さんは可笑しそうに、くすくすと笑う。そうして、ボクの隣に腰を掛ける。ボクがまじまじと見つめるから、少し顔を赤らめたりした。
「恭之さん、お夕飯は何がいいですか? お魚ですか、お肉ですか、それとも――」
楽しそうに話す薄桃色の唇を、ボクの指でそっとふさぐ。静枝さんは驚いたような、困ったような、恥ずかしいような、そんな表情を浮かべていた。
「少し、話したいことがあるんだ」
温かい陽だまりに包まれて、ボクはゆっくりと話しはじめた。
ある春の日の陽だまり
助兵衛
ぬくぬくとした陽光(ひかり)に包まれて縁側で寝転ぶ黒猫は、ボクの数少ない話友達である。書斎で机に向かい、やっきになって書きものをしている時、ふと手を休めて庭先を見ると、縁側にできた陽だまりの中でいつも気持ちよさそうにごろごろしている。今日もきょうとてごろごろ、ごろごろ。
傍に腰を降ろして、ゆっくりと抱きかかえる。猫の方は、安心しきっていているのか、真っ黒いしっぽをぷらぷらさせて、ぼおっとしている。ついいたずらをしたくなるボクは、宙にぶら下がるしっぽの先を軽く引っ張ってやる。すると黒猫のやつは無理やりにでも両腕から逃れようとして、じたばたと短い足を動かすのだが、結局逃げられなかったりする。逃げられないのは、別にボクがぎゅっと強く抱き締めているのではなくて、こいつ自身が両足の爪をたてないからだ。その姿がいじらしくていつも笑ってしまう。ボクが笑うと、あいつはぶすっとへそを曲げて、しっぽをさっぱり動かさなくなる。これが黒猫(こいつ)とボクのいつもの風景。
拗ねて固まってしまった黒猫の毛並にそっと鼻を添わせる。毛先が鼻頭をつんつんつついた。温かい温度が感じられた。
「今日は花弁の匂い、かな」
香らない匂いを嗅ぐ。何だか甘い、花の匂いがするように感じる。昨日は雨だったから泥んこの匂いがした――のだと思う。
ボクの世界には香りがない。生来匂いを嗅いだことがないのだ。いわゆる障害の類である。だがいわゆる身体障害者ではない。なんでも嗅覚の異常は障害として認められないそうだ。
鼻のほかにも色々と不便はあったりする。身体の成長が小さく、およそ筋力と呼べるものは作家の生活に必要な、最低限ほどしかない。腹回りの脂肪などついたこともない。荒野を駆け巡ったことは、少年の頃の夢と小説の中だけである。
腕の中の猫が、遠くを見つめて動かなくなった同居人(ボク)を上目遣いで見つめてくる。そっと頭をなでてやる。こうしていると何だか他愛もない世間話でも交えたような気分になる。
「あ、恭之(きょうすけ)さん、また猫と遊んで……もう、ちゃんと手を洗ってからお昼ご飯食べてくださいよ」
廊下の曲がり角から静枝(しずえ)さんの声が響く。彼女はこの家の三人目の(二人と一匹というのが正しいのだろうが)同居人である。語尾の音(ね)が低くなかったから、いつものことだと呆れているのだろう。
時計を見やると2つの針が丁度12の文字盤の上で重なっていた。
「真面目な人だなあ……静枝さんは」
すっかり大人しくなった黒猫をもとの位置に戻して、居間へ歩いていく。日光を浴びていたから、影に覆われていた床はひんやりとしていた。
「あ、ちゃんと洗いましたか? だめですよ、そういうのはしっかりしないと……」
こくこくと頷いてみせて食卓につく。合わせるように静枝さんも椅子に腰をかける。そうしてにこにことボクが食べるのを見つめているのだ。
「静枝さんは、食べないんですか」
「私は恭之さんの後に食べますから。心配しないで下さい」
ボクに笑顔を向ける、目の前の女性を見つめる。彼女との同居も、もう半年近くになる。近所付き合いなども含めて、周囲の人も皆、この生活に慣れつつあった。
だからこそ、感じてしまう。このままでいいのかと――――。
「ねえ恭之さん、今はどんな小説を書いていらっしゃるの?」
「今ですか。今は男の人のお話を書いています。不器用な、男の話。つまらない小説(はなし)ですよ」
「まあ、そんなこと仰って」
「はは、まあ生活費の足しくらいにはなるようにしますよ」
こんな冗談でさえ静枝さんは頬を強張らせてしまう。真面目な人なのだ。静枝さんという人は。
「作品、楽しみにしていますね」
それでも何とか笑ってみせようとする。その姿が、あまりに健気で可憐で――それ以上何も言えなくなってしまう。
「ああ、もうこんな時間! 恭之さんすみません。私、少し出てきますね。30分くらいで帰ってきますから」
エプロンを外して、あれやこれやと小さな鞄に詰め込むとさっさと出ていってしまった。途端に家の中から音が消える。秒針の音がやけに大きく聞こえる。まるで時間の進み方が変わったことを教えているように。
「みゃ~」
足元の黒猫がボクを見上げている。秒針の音は聞こえなくなった。
「ああそうか。君もお昼はまだなんだね。……そうか、ボクだけか」
適当に引出しをあけて冷蔵庫をまさぐる。確か静枝さんはいつもソーセージを与えていたはずだ。同じ引出しをまた開ける。いつまでたっても見つけられないのに痺れをきらしたのか、猫のやつは一番下の引出しをぽかぽかと叩いた。どうやらそこにあるらしい。
「だめだな、猫の君よりも分かっていないなんて」
思わず苦笑する。どうにもボクはだめなやつだと思ってみる。
黒猫はソーセージをよこせと言わんばかりに、前足を必死に伸ばしている。プラスチックの皿にのせてそっと床に置くと、ボクはテーブルへ戻り、昼食の続きをとった。
「プルルルルルルル!!!」
不意に電話が鳴りだした。着信はボクの実家からだった。
「もしも」
「ああ、静枝さん。昨日お隣さんからみかんをたくさん頂いたんだけど、うちじゃ食べきれなさそうだからそっちに送ったの。今日の4時頃に着くはずだから……」
「よく噛まずにそれだけ話せますね。母さん」
「……え、恭之なの? あらやだ、すっかり静枝さんだと思って喋っていたわ。だってあんたが電話に出ることなんてなかったんですもの」
そういえば自分で電話に出たのはいつ以来だろうか? ふっと浮かんで、直ぐに沈んでいく疑問。
「ま、いいわ。取りあえずみかんは受け取っておいて。結構青かったから酸っぱいかも知れないけど。…………あ、ちょっと恭之」
受話器を戻そうとしたところで呼び止められる。声色が変わった。
「あのさ、そろそろ話さないとだめだと思ってたんだけどね……その……」
「ボクと、静枝さんのことだろう?」
「う、うん……そうなんだけどね。…………そろそろはっきりした方がいいでしょう。あんたのためにも、静枝さんのためにも」
「そうだね。静枝さんのためにも」
「今度、また話を聞かせてちょうだい。きちんと会って、ね」
言い残すとボクが何かを言う前に電話を切ってしまった。まあ何も言わないのだが。
「……ふう」
つい、溜め息をついてしまう。
ある、不器用な男の話をしよう。
もの心ついた時から、男は世界から孤立した存在だった。少なくとも男自身はそう感じていた。
香らない世界に生きる男は、一つひとつの些細な事でさえ、存在のすべてが世界の常識(ルール)と異なっていた。金木犀の芳香は男の世界にはない。モクセイ科モクセイ属キンモクセイでしかないのだ。
そんな男――ボクは、デキソコナイ――
静枝さんは、ボクが小説家として自立できるようになった頃、担当としてN社から来た人だった。当時は優秀な実績を出していき、期待の新人として将来を嘱望されていたらしい。
それが、こうなってしまった。
一年という長くも短くもある時間に、ボクと静枝さんは恋仲に落ちてしまった。きっかけはない。ただ、そうなってしまったのだ。
静枝さんは心底真面目な人だから、自らボクとの関係を会社に伝えにいった。無論N社は大激怒した。ボクとの契約を切り、彼女は最前線から配属を変えられてしまった。
しかし静枝さんは、休みの時間が増えるのを良き事として、ボクとの同居を望みはじめた。生活の助けをしたいのだと。
そして、今に至る。
その後どうにか地方新聞の連載小説の仕事をボクは見つけることができたが、これも半年間の契約である。食いも遊びもしない小説家が、やっと生活出来るほどの賃金でしかない。
ボクはとにかく怖かった。
若く、利口で、堅実で、気立てのいい……そんな女性が、ボクを慕って、同じ屋根の下で生活している。
いつか彼女に話したことがある。「ボクはいつ沈んでいくか分からない凡庸なもの書きです。貴女の人生を、ボクは幸せにすることは出来ないかも知れない」と。すると「いいえ、いいんです。私は、こうしていられるだけで、もう……」彼女はそう言って、ボクに寄りかかった。もう何も言えなくなった。
ただただ彼女の信頼が怖かった。一人の女性を、愛する女性の芽(みらい)を、この手ですべて摘んでしまうのではないかと、恐ろしかった。
Next
助兵衛
ぬくぬくとした陽光(ひかり)に包まれて縁側で寝転ぶ黒猫は、ボクの数少ない話友達である。書斎で机に向かい、やっきになって書きものをしている時、ふと手を休めて庭先を見ると、縁側にできた陽だまりの中でいつも気持ちよさそうにごろごろしている。今日もきょうとてごろごろ、ごろごろ。
傍に腰を降ろして、ゆっくりと抱きかかえる。猫の方は、安心しきっていているのか、真っ黒いしっぽをぷらぷらさせて、ぼおっとしている。ついいたずらをしたくなるボクは、宙にぶら下がるしっぽの先を軽く引っ張ってやる。すると黒猫のやつは無理やりにでも両腕から逃れようとして、じたばたと短い足を動かすのだが、結局逃げられなかったりする。逃げられないのは、別にボクがぎゅっと強く抱き締めているのではなくて、こいつ自身が両足の爪をたてないからだ。その姿がいじらしくていつも笑ってしまう。ボクが笑うと、あいつはぶすっとへそを曲げて、しっぽをさっぱり動かさなくなる。これが黒猫(こいつ)とボクのいつもの風景。
拗ねて固まってしまった黒猫の毛並にそっと鼻を添わせる。毛先が鼻頭をつんつんつついた。温かい温度が感じられた。
「今日は花弁の匂い、かな」
香らない匂いを嗅ぐ。何だか甘い、花の匂いがするように感じる。昨日は雨だったから泥んこの匂いがした――のだと思う。
ボクの世界には香りがない。生来匂いを嗅いだことがないのだ。いわゆる障害の類である。だがいわゆる身体障害者ではない。なんでも嗅覚の異常は障害として認められないそうだ。
鼻のほかにも色々と不便はあったりする。身体の成長が小さく、およそ筋力と呼べるものは作家の生活に必要な、最低限ほどしかない。腹回りの脂肪などついたこともない。荒野を駆け巡ったことは、少年の頃の夢と小説の中だけである。
腕の中の猫が、遠くを見つめて動かなくなった同居人(ボク)を上目遣いで見つめてくる。そっと頭をなでてやる。こうしていると何だか他愛もない世間話でも交えたような気分になる。
「あ、恭之(きょうすけ)さん、また猫と遊んで……もう、ちゃんと手を洗ってからお昼ご飯食べてくださいよ」
廊下の曲がり角から静枝(しずえ)さんの声が響く。彼女はこの家の三人目の(二人と一匹というのが正しいのだろうが)同居人である。語尾の音(ね)が低くなかったから、いつものことだと呆れているのだろう。
時計を見やると2つの針が丁度12の文字盤の上で重なっていた。
「真面目な人だなあ……静枝さんは」
すっかり大人しくなった黒猫をもとの位置に戻して、居間へ歩いていく。日光を浴びていたから、影に覆われていた床はひんやりとしていた。
「あ、ちゃんと洗いましたか? だめですよ、そういうのはしっかりしないと……」
こくこくと頷いてみせて食卓につく。合わせるように静枝さんも椅子に腰をかける。そうしてにこにことボクが食べるのを見つめているのだ。
「静枝さんは、食べないんですか」
「私は恭之さんの後に食べますから。心配しないで下さい」
ボクに笑顔を向ける、目の前の女性を見つめる。彼女との同居も、もう半年近くになる。近所付き合いなども含めて、周囲の人も皆、この生活に慣れつつあった。
だからこそ、感じてしまう。このままでいいのかと――――。
「ねえ恭之さん、今はどんな小説を書いていらっしゃるの?」
「今ですか。今は男の人のお話を書いています。不器用な、男の話。つまらない小説(はなし)ですよ」
「まあ、そんなこと仰って」
「はは、まあ生活費の足しくらいにはなるようにしますよ」
こんな冗談でさえ静枝さんは頬を強張らせてしまう。真面目な人なのだ。静枝さんという人は。
「作品、楽しみにしていますね」
それでも何とか笑ってみせようとする。その姿が、あまりに健気で可憐で――それ以上何も言えなくなってしまう。
「ああ、もうこんな時間! 恭之さんすみません。私、少し出てきますね。30分くらいで帰ってきますから」
エプロンを外して、あれやこれやと小さな鞄に詰め込むとさっさと出ていってしまった。途端に家の中から音が消える。秒針の音がやけに大きく聞こえる。まるで時間の進み方が変わったことを教えているように。
「みゃ~」
足元の黒猫がボクを見上げている。秒針の音は聞こえなくなった。
「ああそうか。君もお昼はまだなんだね。……そうか、ボクだけか」
適当に引出しをあけて冷蔵庫をまさぐる。確か静枝さんはいつもソーセージを与えていたはずだ。同じ引出しをまた開ける。いつまでたっても見つけられないのに痺れをきらしたのか、猫のやつは一番下の引出しをぽかぽかと叩いた。どうやらそこにあるらしい。
「だめだな、猫の君よりも分かっていないなんて」
思わず苦笑する。どうにもボクはだめなやつだと思ってみる。
黒猫はソーセージをよこせと言わんばかりに、前足を必死に伸ばしている。プラスチックの皿にのせてそっと床に置くと、ボクはテーブルへ戻り、昼食の続きをとった。
「プルルルルルルル!!!」
不意に電話が鳴りだした。着信はボクの実家からだった。
「もしも」
「ああ、静枝さん。昨日お隣さんからみかんをたくさん頂いたんだけど、うちじゃ食べきれなさそうだからそっちに送ったの。今日の4時頃に着くはずだから……」
「よく噛まずにそれだけ話せますね。母さん」
「……え、恭之なの? あらやだ、すっかり静枝さんだと思って喋っていたわ。だってあんたが電話に出ることなんてなかったんですもの」
そういえば自分で電話に出たのはいつ以来だろうか? ふっと浮かんで、直ぐに沈んでいく疑問。
「ま、いいわ。取りあえずみかんは受け取っておいて。結構青かったから酸っぱいかも知れないけど。…………あ、ちょっと恭之」
受話器を戻そうとしたところで呼び止められる。声色が変わった。
「あのさ、そろそろ話さないとだめだと思ってたんだけどね……その……」
「ボクと、静枝さんのことだろう?」
「う、うん……そうなんだけどね。…………そろそろはっきりした方がいいでしょう。あんたのためにも、静枝さんのためにも」
「そうだね。静枝さんのためにも」
「今度、また話を聞かせてちょうだい。きちんと会って、ね」
言い残すとボクが何かを言う前に電話を切ってしまった。まあ何も言わないのだが。
「……ふう」
つい、溜め息をついてしまう。
ある、不器用な男の話をしよう。
もの心ついた時から、男は世界から孤立した存在だった。少なくとも男自身はそう感じていた。
香らない世界に生きる男は、一つひとつの些細な事でさえ、存在のすべてが世界の常識(ルール)と異なっていた。金木犀の芳香は男の世界にはない。モクセイ科モクセイ属キンモクセイでしかないのだ。
そんな男――ボクは、デキソコナイ――
静枝さんは、ボクが小説家として自立できるようになった頃、担当としてN社から来た人だった。当時は優秀な実績を出していき、期待の新人として将来を嘱望されていたらしい。
それが、こうなってしまった。
一年という長くも短くもある時間に、ボクと静枝さんは恋仲に落ちてしまった。きっかけはない。ただ、そうなってしまったのだ。
静枝さんは心底真面目な人だから、自らボクとの関係を会社に伝えにいった。無論N社は大激怒した。ボクとの契約を切り、彼女は最前線から配属を変えられてしまった。
しかし静枝さんは、休みの時間が増えるのを良き事として、ボクとの同居を望みはじめた。生活の助けをしたいのだと。
そして、今に至る。
その後どうにか地方新聞の連載小説の仕事をボクは見つけることができたが、これも半年間の契約である。食いも遊びもしない小説家が、やっと生活出来るほどの賃金でしかない。
ボクはとにかく怖かった。
若く、利口で、堅実で、気立てのいい……そんな女性が、ボクを慕って、同じ屋根の下で生活している。
いつか彼女に話したことがある。「ボクはいつ沈んでいくか分からない凡庸なもの書きです。貴女の人生を、ボクは幸せにすることは出来ないかも知れない」と。すると「いいえ、いいんです。私は、こうしていられるだけで、もう……」彼女はそう言って、ボクに寄りかかった。もう何も言えなくなった。
ただただ彼女の信頼が怖かった。一人の女性を、愛する女性の芽(みらい)を、この手ですべて摘んでしまうのではないかと、恐ろしかった。
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新釈高瀬舟(2-2)(back)
*異次元?*
「そういえばここ、本当に異次元なのか?」
「わたしたち、暗闇の中に入りましたから、たぶんそうだと思いますけど……なんというか、結構普通のお花畑ですね……」
「そうだな……」
異次元とは思えないな」
「生き物がいませんね……」
「ほんとだな
これだけ植物があるなら、普通はいそうなもんなのにな」
「やっぱり、そういうところがわたしたちの暮らしてた場所との違いなんでしょうか……
普通、植物だけでは、ありえないことですからね。」
「こんな世界を見てると、異次元ってこんなのだったのか……
って思っちゃうな~」
「そうですね~。
刑罰と思ってたら、拍子抜けです。
あっ……」
「どうしたんだ?」
「いえ、自己紹介とかしてなかったな~って思いまして……」
「ああ、確かにしてなかったな。
おれは市谷樹(いちがやいつき)だ。
樹木の樹でいつきだ」
「わたしは菊宮(きくみや)四季(しき)です。
季節の四季でしきです」
………………
「改めて自己紹介はちょっと恥ずかしいな……」
「そうですね……」
「ここ、異次元ですよね?」
「さっきも話したとおりそうなんじゃないか?」
どうしたんだろうか?
「だとしたら、ある種危ない場所ですね、ここ……」
「どうして?」
「だって、わたしはあの暗闇の中に入った罪人です。
わたしだけじゃなく他の罪人もいるはずでしょう。
わたしより先に入った罪人が……」
「確かに、それだとちょっと、まずい状況だな……」
おれの声が聞こえてないかのように
四季がどこかをじっと見ていた
「どうした?」
四季の見ている方に顔を向けると……
骸骨だった……
それも形から察するに多分、人のだ……
「……まさか、ここに流された罪人か?」
「……多分……そうですね……」
花畑には似合わない風景……
ここが異次元であるという現実を嫌でも見せつけてくるようだ……
「ここ、植物しかないから、餓死したのかもしれませんね……」
四季はそう言うが、何か違うような気がする……
餓死とかじゃなくて……
もっと、おれたちの考えの範疇でないものが関係しているように感じる……
色々と考えてみたが、やはり、罪人たちが死んでいる理由は分からなかった……
飯についても探し回ったが、ちゃんと食べることの出来そうなものは全く無かった……
暗くなってから、一日ぐらい飯を食わなくても生きていける、ということでおれと四季は、今夜は寝ることにした。
「起きてください」
四季の声で目が覚めた。
「どうしたんだ?」
四季は慌てた様子で言った。
「あれ、見てください」
おれは四季の指差す先を見た。
おれは、愕然とした……
昨日と場所が変わっているのだ
昨日、おれと四季は確かに花畑で寝た
というよりはここに来てから、花畑以外の光景を目にしていない
そういうところも異次元たる所以なのかもしれないが……
まあ、それはさておき
今、おれたちのいる場所は花畑じゃあなかった……
場所が移動したにしても……
森林地なんて周りには無かった……
「どういうことだ……」
四季も訳が分からないというような様子だった
「とりあえず、探索してみましょう……」
四季がそう言った
探索したが、何も収穫は無かった……
「……何も手がかりありませんでしたね……」
「ああ……」
おれと四季はそんなに体力を使うことをしていないというのに、疲れていた。
「四季……少し……休もうか……」
気づいたときには息切れまでしていた。
「何かおかしいですよね……」
体の力が足元から抜けていくようだった。
「もしかして……地面から……体力……吸われてたりしま……せんか……これ」
「たぶん……そう……かもしれない……」
これが、罪人が死んだ原因か……
そのことを悟ったとき、おれは死を決心し、目を閉じた。
が、死ななかった。かろうじて助かった。何が起きたのか、分からなかった。いつの間にか森林は花畑へと姿を変えていたのだ。
「どうなってんだ……」
気でも狂ってしまいそうだった。花畑から森林、森林から花畑とありえない変化が連続で起きていたのだから、まだ、意識を保っている自分が信じられないぐらいだった。
おれは目を閉じていたから、分からなかったが、四季は何かを見たらしかった。
森林から花畑に変わり、体力が元に戻るまで、一休みした。
樹さんは目を閉じていたから、あの光景を目にしていなかったそうだ。
だから、あの人が目を閉じている間に起きた信じられない光景を教えることにした。
「……信じられないかもしれませんけど、森にあった木がいきなり、腐敗して、一瞬のうちにこの花畑に姿を変えたんです……」
樹さんは案の定、信じられないといった風な表情をしていた。
「さすが、異次元って感じだな……」
「でも、いい収穫もありますよ」
「どんな?」
「さっきまで森林を動き回っていましたから、たぶん、結構遠くまで歩いちゃったんでしょう。だから、森林が花畑に変わって、視界が開けた途端、さっきまで見なかったものを見つけました。ほら、あそこです」
わたしの指す方向を見て樹さんは嬉しいような嫌なようなよく分からない顔をした。
そこにはわたしたちをここに送った暗闇があったのだ。
「戻れるとは思っていないですし、別に戻りたくも無いですけど……
どんな空間に繋がっていても、今ここから逃げられるなら暗闇に入るべきです」
「まあ、もう、おれたち一回入ってるし、怖がること無いか……」
「それでなんですけど、いっせーのーで、で一緒に入りましょうよ」
「別にいいけど、なんで?」
「ここに来たとき、樹さん、気を失っていたから、許しましたけど、次、あんなセクハラされたらたまったもんじゃありません」
「え? こっちに来たとき、おれなんかしたの?」
「不可抗力でしょうけど、わたしの胸とか触ってましたよ」
…………
「ごめん」
「いえ、別に不可抗力っていうことは分かってるので謝らなくていいですけど、なるべくそれを避けたいから、一緒に入りましょう」
「分かった」
この人はわたしの本当の罪をまだ知らない。
だから、こんな風に接することが出来る。
でも、いつかは話そう。
そう心に決めてわたしは樹さんと一緒にもう一度暗闇に入った……
To be continued ……
*異次元?*
「そういえばここ、本当に異次元なのか?」
「わたしたち、暗闇の中に入りましたから、たぶんそうだと思いますけど……なんというか、結構普通のお花畑ですね……」
「そうだな……」
異次元とは思えないな」
「生き物がいませんね……」
「ほんとだな
これだけ植物があるなら、普通はいそうなもんなのにな」
「やっぱり、そういうところがわたしたちの暮らしてた場所との違いなんでしょうか……
普通、植物だけでは、ありえないことですからね。」
「こんな世界を見てると、異次元ってこんなのだったのか……
って思っちゃうな~」
「そうですね~。
刑罰と思ってたら、拍子抜けです。
あっ……」
「どうしたんだ?」
「いえ、自己紹介とかしてなかったな~って思いまして……」
「ああ、確かにしてなかったな。
おれは市谷樹(いちがやいつき)だ。
樹木の樹でいつきだ」
「わたしは菊宮(きくみや)四季(しき)です。
季節の四季でしきです」
………………
「改めて自己紹介はちょっと恥ずかしいな……」
「そうですね……」
「ここ、異次元ですよね?」
「さっきも話したとおりそうなんじゃないか?」
どうしたんだろうか?
「だとしたら、ある種危ない場所ですね、ここ……」
「どうして?」
「だって、わたしはあの暗闇の中に入った罪人です。
わたしだけじゃなく他の罪人もいるはずでしょう。
わたしより先に入った罪人が……」
「確かに、それだとちょっと、まずい状況だな……」
おれの声が聞こえてないかのように
四季がどこかをじっと見ていた
「どうした?」
四季の見ている方に顔を向けると……
骸骨だった……
それも形から察するに多分、人のだ……
「……まさか、ここに流された罪人か?」
「……多分……そうですね……」
花畑には似合わない風景……
ここが異次元であるという現実を嫌でも見せつけてくるようだ……
「ここ、植物しかないから、餓死したのかもしれませんね……」
四季はそう言うが、何か違うような気がする……
餓死とかじゃなくて……
もっと、おれたちの考えの範疇でないものが関係しているように感じる……
色々と考えてみたが、やはり、罪人たちが死んでいる理由は分からなかった……
飯についても探し回ったが、ちゃんと食べることの出来そうなものは全く無かった……
暗くなってから、一日ぐらい飯を食わなくても生きていける、ということでおれと四季は、今夜は寝ることにした。
「起きてください」
四季の声で目が覚めた。
「どうしたんだ?」
四季は慌てた様子で言った。
「あれ、見てください」
おれは四季の指差す先を見た。
おれは、愕然とした……
昨日と場所が変わっているのだ
昨日、おれと四季は確かに花畑で寝た
というよりはここに来てから、花畑以外の光景を目にしていない
そういうところも異次元たる所以なのかもしれないが……
まあ、それはさておき
今、おれたちのいる場所は花畑じゃあなかった……
場所が移動したにしても……
森林地なんて周りには無かった……
「どういうことだ……」
四季も訳が分からないというような様子だった
「とりあえず、探索してみましょう……」
四季がそう言った
探索したが、何も収穫は無かった……
「……何も手がかりありませんでしたね……」
「ああ……」
おれと四季はそんなに体力を使うことをしていないというのに、疲れていた。
「四季……少し……休もうか……」
気づいたときには息切れまでしていた。
「何かおかしいですよね……」
体の力が足元から抜けていくようだった。
「もしかして……地面から……体力……吸われてたりしま……せんか……これ」
「たぶん……そう……かもしれない……」
これが、罪人が死んだ原因か……
そのことを悟ったとき、おれは死を決心し、目を閉じた。
が、死ななかった。かろうじて助かった。何が起きたのか、分からなかった。いつの間にか森林は花畑へと姿を変えていたのだ。
「どうなってんだ……」
気でも狂ってしまいそうだった。花畑から森林、森林から花畑とありえない変化が連続で起きていたのだから、まだ、意識を保っている自分が信じられないぐらいだった。
おれは目を閉じていたから、分からなかったが、四季は何かを見たらしかった。
森林から花畑に変わり、体力が元に戻るまで、一休みした。
樹さんは目を閉じていたから、あの光景を目にしていなかったそうだ。
だから、あの人が目を閉じている間に起きた信じられない光景を教えることにした。
「……信じられないかもしれませんけど、森にあった木がいきなり、腐敗して、一瞬のうちにこの花畑に姿を変えたんです……」
樹さんは案の定、信じられないといった風な表情をしていた。
「さすが、異次元って感じだな……」
「でも、いい収穫もありますよ」
「どんな?」
「さっきまで森林を動き回っていましたから、たぶん、結構遠くまで歩いちゃったんでしょう。だから、森林が花畑に変わって、視界が開けた途端、さっきまで見なかったものを見つけました。ほら、あそこです」
わたしの指す方向を見て樹さんは嬉しいような嫌なようなよく分からない顔をした。
そこにはわたしたちをここに送った暗闇があったのだ。
「戻れるとは思っていないですし、別に戻りたくも無いですけど……
どんな空間に繋がっていても、今ここから逃げられるなら暗闇に入るべきです」
「まあ、もう、おれたち一回入ってるし、怖がること無いか……」
「それでなんですけど、いっせーのーで、で一緒に入りましょうよ」
「別にいいけど、なんで?」
「ここに来たとき、樹さん、気を失っていたから、許しましたけど、次、あんなセクハラされたらたまったもんじゃありません」
「え? こっちに来たとき、おれなんかしたの?」
「不可抗力でしょうけど、わたしの胸とか触ってましたよ」
…………
「ごめん」
「いえ、別に不可抗力っていうことは分かってるので謝らなくていいですけど、なるべくそれを避けたいから、一緒に入りましょう」
「分かった」
この人はわたしの本当の罪をまだ知らない。
だから、こんな風に接することが出来る。
でも、いつかは話そう。
そう心に決めてわたしは樹さんと一緒にもう一度暗闇に入った……
To be continued ……
新釈高瀬舟(2)
イルカ
*前回までのあらすじ*
西暦三〇〇〇年のとある日、日本は地球から姿を消した……
その後、犯罪者のための刑罰の一つに〟高瀬舟〟というものができた。
その刑罰は異次元に続いていると思われる暗闇に罪人を送るというものだった。ある執行人は罪人を暗闇に送り出した。だが、執行人もいつのまにか暗闇の中へと吸い込まれてしまっていた……
*起きた先で*
何だ、この甘い香りは……
目を開くと……
「……花……?」
「花ですねー」
………………
「……そうか、天国か」
「異次元じゃないですか?」
「天国じゃなかったか~
あっはははは……」
思考が停止したような感覚だった……
「やっぱり、夢じゃなかったか……
はぁ……」
おれは暗闇にこいつを送ってそれから……
暗闇なのに……光って……
「まあ、いいじゃないですか
かなり、いい場所ですし」
「お前、あの罪人だよな?」
「そうですけど?」
「雰囲気変わりすぎだろ……」
「まあ、どっちかって言うと、変わったというより、元から異次元空間に行ったら、キャラ変えようと決めてたんですけどね~」
「どうなんだ……それ……
罪の意識がないのか?」
「ありますよ……
でも、あなたには関係ないです……」
「ひどいな……
おれのこと、慰めてくれたのに……」
「それこそ、関係ないです……
わたしはあなたが悪い人ではないと言っただけです。あなたは、わたし自身のことについては何も関係ないんですから黙っていてください。」
なんだ? いきなり厳しくなったな、いや厳しいと言うか……
なんだろうか……
こいつを送り出す前、話したのはただの義理とでも言うような……
おれはこいつと舟で話していて、根はいい奴だろう、何かの間違いで人を殺めてしまったんだ、と思っていた。
だけど……
何だろう……
今のこいつの口ぶりは、おれが何も分かっていない、とでも言っているようだった。
何か、おれの見えてない何かを、背負っているような……
「そうだな……すまん……」
「分かっていただければ、それでいいです……」
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イルカ
*前回までのあらすじ*
西暦三〇〇〇年のとある日、日本は地球から姿を消した……
その後、犯罪者のための刑罰の一つに〟高瀬舟〟というものができた。
その刑罰は異次元に続いていると思われる暗闇に罪人を送るというものだった。ある執行人は罪人を暗闇に送り出した。だが、執行人もいつのまにか暗闇の中へと吸い込まれてしまっていた……
*起きた先で*
何だ、この甘い香りは……
目を開くと……
「……花……?」
「花ですねー」
………………
「……そうか、天国か」
「異次元じゃないですか?」
「天国じゃなかったか~
あっはははは……」
思考が停止したような感覚だった……
「やっぱり、夢じゃなかったか……
はぁ……」
おれは暗闇にこいつを送ってそれから……
暗闇なのに……光って……
「まあ、いいじゃないですか
かなり、いい場所ですし」
「お前、あの罪人だよな?」
「そうですけど?」
「雰囲気変わりすぎだろ……」
「まあ、どっちかって言うと、変わったというより、元から異次元空間に行ったら、キャラ変えようと決めてたんですけどね~」
「どうなんだ……それ……
罪の意識がないのか?」
「ありますよ……
でも、あなたには関係ないです……」
「ひどいな……
おれのこと、慰めてくれたのに……」
「それこそ、関係ないです……
わたしはあなたが悪い人ではないと言っただけです。あなたは、わたし自身のことについては何も関係ないんですから黙っていてください。」
なんだ? いきなり厳しくなったな、いや厳しいと言うか……
なんだろうか……
こいつを送り出す前、話したのはただの義理とでも言うような……
おれはこいつと舟で話していて、根はいい奴だろう、何かの間違いで人を殺めてしまったんだ、と思っていた。
だけど……
何だろう……
今のこいつの口ぶりは、おれが何も分かっていない、とでも言っているようだった。
何か、おれの見えてない何かを、背負っているような……
「そうだな……すまん……」
「分かっていただければ、それでいいです……」
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呪われた薔薇(2)(back
* 昔話と昔話 *
一人の王がいました。
王は贅沢な暮らしをしていました。
ある日、農民が道端に倒れている人を見つけ、王のもとへ連れて行きました。
王は豊穣(ほうじょう)と酒の神、ディオニソスの養父であるシーレーノスだと分かり、すぐにディオニソスのもとへ連れて行きました。
それに感謝したディオニソスは王に一つだけ、願いを叶えてやろう、と言いました。
王は、触れたものが金になる力が欲しいと言いました。
王の願いは聞き入れられました。
王の触ったものは全て金に変わりました。
それが食べ物、水、人であっても変わりなく……
悲しくなった王はディオニソスに力を消してくれるように頼みました。
ディオニソスは王にパクトロース河の源泉で行水すれば力は消えると言いました。
王は富と贅沢が恐ろしく感じ、田舎に移り住み質素に暮らしました。
そして、王が行水して落としたのは力だけでなく、彼の欲望、罪、罰をも流していました。
そこには一つの美しい薔薇がありました。
薔薇は最初は金色に染まっていましたが、どんどん黒色に染まっていきました。
長い年月が経ちました。
ある日、そこには一人の騎士がいました。
騎士は死にかけていました。
そのとき、黒い薔薇は言いました。
「お前の望みを叶えてやろう」と。
騎士は言いました。
「あの国を滅ぼしてくれ」と。
国は一夜にして滅びました……
* 王都 *
「何で、おれが王都まで行かなきゃならないんだよっ!」
「まあ、いいじゃないか。いつもは家の手伝いなんだから、王都に行ける方がまだ、ましさだろ? カイ」
そう言うのは幼馴染のシュウだ。
おれは武器屋、シュウは防具屋の息子で、今王都に向かっているのは、武器・防具に使える材料などの調達のためだ。
「確かにましだけどさ。王都まで相当歩かないとだめじゃん。百歩譲って行きはいいとしよう、帰りは材料、荷車に載せて帰らないとだめなんだぞ!」
「まあ、いいじゃん。王都なんて初めてだしさ。僕らの普段見れない武器や防具もいっぱいあるんだよ?」
「まあ、そのことに関しちゃ、楽しみだな」
「あと、父さんたちにやっと、材料を独断で決めてきてもいいって言われたんだから、疲れぐらいなんてことないって!」
王都は二千年以上も絶えず、栄えている。今までの歴史でも一番長く、続いてる都市が今の王都だ。おれたちの住んでいるエリタカ村もそうだが、王都の周囲にある町や村はかなり安全だ。
「そういえば、なんでこんなに、王都の周りだけ安全なんだろうな? さすがに、神の御加護とかじゃあないはずだよな? こんな広範囲でそんなことが出来るわけないし」
「確かに異常に平和だよね。神の御加護って中心から一〇㎞が限界だったような……」
「だよな? 魔法で結界っていっても、魔法みたいに体力の減るもん、一日間も続けられるわけないし……
となると何かの神器とかがここらいったいに等間隔で設置されてるのかも知れないな……」
「まさか、そんなはずないよ。神器なんて大量生産できるもんじゃないし、神器って言ってもギガンテスみたいな馬鹿力の怪物には対応できないだろ?」
「そうだよな……
んっ? あれは……」
「王都だ!」
「王都だね!」
「へ~、王都っていろんな物売ってるんだな~。おっ、これなんか面白そうだな~」
「すっかり、観光気分だね……」
「材料も買ったことだし、少しぐらい、いいだろ」
「まあ、いいけど帰りかなり遅くなるよ?」
シュウは溜息をついてそう言ったが、おれとしては、シュウの方が目が輝いてるんだが……
「結構、楽しかったな~」
「楽しかったけど、この時間帯に帰ったら、確実げんこつ一発は免れないよ……」
「言うな……
背筋がぞっとする。」
シュウと会話していると、何か背筋に凍るような感覚が走った。
後ろを振り向くと……何もなかった……
「カイ、どうかした?」
「いや、なんでもない……」
「あっ、村が見……えて……
何これ……」
「おい……
マジかよ……」
おれたちの村は破壊という言葉を具現化したかのようにそこにあった…………
「……父さんたちはどうなったんだ……」
「死んだよ」
おれの声に答えたのはシュウの声でも村人の声でもなかった……
悪魔のように冷め、そして人の死をどうとも思わないような声だった
おれはその声の主を確かめようとしたが、そこで意識が途切れた……
……貴様の願いは何だ……
願い……
おれの願いは――――
* 呪いと繰り返し *
「カイ、大丈夫か?」
「シュウ……
おれは寝てたのか?」
「いきなり気絶したんだよ……
まあ、無事でよかったよ」
「シュウ……
ここに黒い薔薇、ないか?」
「黒い薔薇?
ああ、確かに、ここにあるよ? それがどうかした?」
なんだろうか、この匂いは人を寄せ付けないような……
臭いとか……甘すぎる匂いとかじゃなくて何か、心の奥にあるどす黒い物を無理やり引きずり出すような……
「カイ、どうかした?」
「おれの願いは王都の破滅……」
「カ、イ?」
王都は容易く滅んでしまったそうだ。
二千年以上も長く存在していた風格もなくなるほどに……
そして……
王都に残ったのは……
多くの死体と……
ケラケラと笑う……
異常なほど鮮血色に染まった薔薇だったそうだ……
(終)
* 昔話と昔話 *
一人の王がいました。
王は贅沢な暮らしをしていました。
ある日、農民が道端に倒れている人を見つけ、王のもとへ連れて行きました。
王は豊穣(ほうじょう)と酒の神、ディオニソスの養父であるシーレーノスだと分かり、すぐにディオニソスのもとへ連れて行きました。
それに感謝したディオニソスは王に一つだけ、願いを叶えてやろう、と言いました。
王は、触れたものが金になる力が欲しいと言いました。
王の願いは聞き入れられました。
王の触ったものは全て金に変わりました。
それが食べ物、水、人であっても変わりなく……
悲しくなった王はディオニソスに力を消してくれるように頼みました。
ディオニソスは王にパクトロース河の源泉で行水すれば力は消えると言いました。
王は富と贅沢が恐ろしく感じ、田舎に移り住み質素に暮らしました。
そして、王が行水して落としたのは力だけでなく、彼の欲望、罪、罰をも流していました。
そこには一つの美しい薔薇がありました。
薔薇は最初は金色に染まっていましたが、どんどん黒色に染まっていきました。
長い年月が経ちました。
ある日、そこには一人の騎士がいました。
騎士は死にかけていました。
そのとき、黒い薔薇は言いました。
「お前の望みを叶えてやろう」と。
騎士は言いました。
「あの国を滅ぼしてくれ」と。
国は一夜にして滅びました……
* 王都 *
「何で、おれが王都まで行かなきゃならないんだよっ!」
「まあ、いいじゃないか。いつもは家の手伝いなんだから、王都に行ける方がまだ、ましさだろ? カイ」
そう言うのは幼馴染のシュウだ。
おれは武器屋、シュウは防具屋の息子で、今王都に向かっているのは、武器・防具に使える材料などの調達のためだ。
「確かにましだけどさ。王都まで相当歩かないとだめじゃん。百歩譲って行きはいいとしよう、帰りは材料、荷車に載せて帰らないとだめなんだぞ!」
「まあ、いいじゃん。王都なんて初めてだしさ。僕らの普段見れない武器や防具もいっぱいあるんだよ?」
「まあ、そのことに関しちゃ、楽しみだな」
「あと、父さんたちにやっと、材料を独断で決めてきてもいいって言われたんだから、疲れぐらいなんてことないって!」
王都は二千年以上も絶えず、栄えている。今までの歴史でも一番長く、続いてる都市が今の王都だ。おれたちの住んでいるエリタカ村もそうだが、王都の周囲にある町や村はかなり安全だ。
「そういえば、なんでこんなに、王都の周りだけ安全なんだろうな? さすがに、神の御加護とかじゃあないはずだよな? こんな広範囲でそんなことが出来るわけないし」
「確かに異常に平和だよね。神の御加護って中心から一〇㎞が限界だったような……」
「だよな? 魔法で結界っていっても、魔法みたいに体力の減るもん、一日間も続けられるわけないし……
となると何かの神器とかがここらいったいに等間隔で設置されてるのかも知れないな……」
「まさか、そんなはずないよ。神器なんて大量生産できるもんじゃないし、神器って言ってもギガンテスみたいな馬鹿力の怪物には対応できないだろ?」
「そうだよな……
んっ? あれは……」
「王都だ!」
「王都だね!」
「へ~、王都っていろんな物売ってるんだな~。おっ、これなんか面白そうだな~」
「すっかり、観光気分だね……」
「材料も買ったことだし、少しぐらい、いいだろ」
「まあ、いいけど帰りかなり遅くなるよ?」
シュウは溜息をついてそう言ったが、おれとしては、シュウの方が目が輝いてるんだが……
「結構、楽しかったな~」
「楽しかったけど、この時間帯に帰ったら、確実げんこつ一発は免れないよ……」
「言うな……
背筋がぞっとする。」
シュウと会話していると、何か背筋に凍るような感覚が走った。
後ろを振り向くと……何もなかった……
「カイ、どうかした?」
「いや、なんでもない……」
「あっ、村が見……えて……
何これ……」
「おい……
マジかよ……」
おれたちの村は破壊という言葉を具現化したかのようにそこにあった…………
「……父さんたちはどうなったんだ……」
「死んだよ」
おれの声に答えたのはシュウの声でも村人の声でもなかった……
悪魔のように冷め、そして人の死をどうとも思わないような声だった
おれはその声の主を確かめようとしたが、そこで意識が途切れた……
……貴様の願いは何だ……
願い……
おれの願いは――――
* 呪いと繰り返し *
「カイ、大丈夫か?」
「シュウ……
おれは寝てたのか?」
「いきなり気絶したんだよ……
まあ、無事でよかったよ」
「シュウ……
ここに黒い薔薇、ないか?」
「黒い薔薇?
ああ、確かに、ここにあるよ? それがどうかした?」
なんだろうか、この匂いは人を寄せ付けないような……
臭いとか……甘すぎる匂いとかじゃなくて何か、心の奥にあるどす黒い物を無理やり引きずり出すような……
「カイ、どうかした?」
「おれの願いは王都の破滅……」
「カ、イ?」
王都は容易く滅んでしまったそうだ。
二千年以上も長く存在していた風格もなくなるほどに……
そして……
王都に残ったのは……
多くの死体と……
ケラケラと笑う……
異常なほど鮮血色に染まった薔薇だったそうだ……
(終)
呪われた薔薇
イルカ
誰もいない国にあったのは黒い薔薇でした……
* 騎士と王 *
昔、昔、遠い昔の話、一人の騎士がいました。
その騎士はとても強かったため、戦場では無敵でした。
騎士は必ず勝利を収めてきたので王に可愛がられていました。
王が騎士にパーティーに参加するように言い、騎士は王女さまに一目ぼれしてしまいました。
その後、騎士は王女に何度もばれないように会いに行きました。
王女も騎士のことを好きになっていました。
ある日、王は多くの功績を残したその騎士に褒美を取らせようとしました。
王は言いました。
「お前の願いを一つだけ叶えてやろう」と。
そして、騎士は言いました。
「それでは王女を私にください」と。
王は激怒しました。
「お前に私の娘などやれるわけがなかろう! 身をわきまえろ!」
騎士と王女の希望は消え、ついには王が騎士を国から追い出してしまいました。
騎士は王を憎み、憎み、憎み、憎みました……
そして、騎士は森の中に姿を消しました……
ある日、森の中で騎士が死にました。
死ぬ直前、騎士は願い事をしていました。
騎士は言いました。
「呪ってやる……」と。
そこにあったのは一つの黒い薔薇でした……
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イルカ
誰もいない国にあったのは黒い薔薇でした……
* 騎士と王 *
昔、昔、遠い昔の話、一人の騎士がいました。
その騎士はとても強かったため、戦場では無敵でした。
騎士は必ず勝利を収めてきたので王に可愛がられていました。
王が騎士にパーティーに参加するように言い、騎士は王女さまに一目ぼれしてしまいました。
その後、騎士は王女に何度もばれないように会いに行きました。
王女も騎士のことを好きになっていました。
ある日、王は多くの功績を残したその騎士に褒美を取らせようとしました。
王は言いました。
「お前の願いを一つだけ叶えてやろう」と。
そして、騎士は言いました。
「それでは王女を私にください」と。
王は激怒しました。
「お前に私の娘などやれるわけがなかろう! 身をわきまえろ!」
騎士と王女の希望は消え、ついには王が騎士を国から追い出してしまいました。
騎士は王を憎み、憎み、憎み、憎みました……
そして、騎士は森の中に姿を消しました……
ある日、森の中で騎士が死にました。
死ぬ直前、騎士は願い事をしていました。
騎士は言いました。
「呪ってやる……」と。
そこにあったのは一つの黒い薔薇でした……
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