TOTAL: 94990 - TODAY: 3 - YESTERDAY: 263
大晦日ですね皆さん。
おそらく部員の皆様には年賀状送ったと思いますけど、ここでもゆっとく!

今年はとってもお世話になりました。来年からもよろしくお願いします!((☆´∇)从(∇`★))

それと、文芸部HPはときたまちゃんと更新するはずと思うようなきがするのでよろしくお願いしますまる。


Byさつき


冬号 By深智

2012年12月03日


囚人たちの夜 上
  深智


 この地から逃げ出す方法を、私は知らない。
 耳にこびりついて離れようとしない音と、そこに絡む感情。
 誰かの、叫び声。

    ○

 ひんやりとした壁にもたれながら、昨日買った雑誌をぱらぱらとめくる。部屋の外は夜の足音が響き初め、茜色と紺とが混じった複雑な空が広がっているけれど、今はそんなことはどうでもいい。今の私には蛍光灯と雑誌、そして音楽の他には何もいらない。いいや、音楽以外は全部無くてもいいかもしれない。きっとこの音を心地よく聴くために、私は雑誌を買ったり電気を付けたりしているはずだから。
 壁の向こう側からは、いつもと同じメロディが流暢に流れ出している。今日はあまり自信がないのか、最後の部分が少し弱い。鞄の中からメモを取り出して、そのことを書き留めた。演奏者から直々に、もし気になるところがあれば教えて欲しいと言われている。私は音楽の良さなんてさっぱりだけれど、この人がそう言うなら仕方が無い。ゆっくりと目を閉じ、壁から溢れ出る旋律に耳を傾ける。
 瞼の裏では、まるで本のページが捲られるように、忙しく今までの情景が駆け巡る。音楽のリズムに乗りながら一つずつ、一つずつ。それがなんだかまた心地よくて、口元が少しだけほころぶ。

    ○

「ねえお母さん、この音、なんの音?」
 新しい部屋と一緒に現れた奇妙で美しい音は、まるで私たちを歓迎しているかのように、明るいテンポで流れていた。
小学三年生の冬、父親の転勤を機に、私たち家族は新しいマンションに引っ越すことになった。最上階の奥から二番目の部屋。そこが、その日から私の新しい「家」となった。
「家」へ向かう車の中、私は頭の中で色々なことを考えていた。勿論その中には、前の学校の事や友達の事みたいな、ちょっぴり悲しみを覚えるようなことも入っていたけれど、大半は今後私が生活する「家」での生活の事だった。内装はどうとか、部屋はこうだとか、周りには何があるだとか。でも、その全てを漁ったところで、「新しい音を知る」、なんて項目を見つけることはできなかった。予想外の展開に心を躍らした私は、その勢いのまま母親に尋ねた。
「そうねえ……、多分、バイオリンだと思うけれど」
 母親も、隣の部屋から流れだした音に少し驚いた様で、答える声もいつもよりうわずっていた。
「ばいおりん?」
「そう、バイオリン。隣の部屋かしら」
「誰が弾いてるのかな」
「それにしても上手ね。プロより上手いんじゃない?」
 そう言いながら、母親は「家」の中へと入っていった。
 部屋の奥に入っても、その音は消えなかった。母親と私しかいない「家」はまだ家具が置かれておらず、どこか殺風景で冷たく見えたけれども、私にはその音のおかげで何故か暖かく感じた。
「そういえば」
 一通り「家」の中を回った後、母親が思い出したようにそう言った。
「何?」
 訳が分からなかった私がそう問うと、母親は口角を上げながら
「挨拶に行かないといけないんだった、私」
と、意味のありそうな口調で言う。それでも何が言いたいのかさっぱり分からない私に、母親は微笑みながら告げる。
「三(み)香(か)も来る? バイオリンが何か見たいんでしょ?」
 その言葉に、私は勢いよく「うん」と頷いた。好奇心というものを放っておいて生きていける程、私は大人ではなかった。母親は私の返事を聞くやいなや、持って行くお土産を準備し、私の服装を整えた。それが終わると、すたすたと玄関の方へ歩いていき、私は慌ててその後を追った。
 私が玄関を出た頃には、もうすでに母親は隣のインターフォンを押していた。ピンポーンという無機質な音の後、すぐにその部屋から聞こえる音楽は止まった。そして幾秒か経った後また始まり、
「はい」と、澄んだ声の返事が黒い機械の向こうから返ってきた。
「恐れ入ります、今日隣に引っ越してきました高村(たかむら)と申しますが……」
 いつもと違い、母親は形式ばった口調で会話を始めた。そんな様子を眺めながら、私はどんどんと速くなる鼓動を押さえるのに必死だった。もうすぐ音の正体がわかる。そんな希望が積もるにつれ、私の心臓の動くスピードが上がっていくみたいだった。
 そうこうしている内に会話は終わったらしく、少しだけ母親が溜息をついた。その白い残骸が消えるとすぐに、扉の向こうからどたどたとした足音が向かってきた。母親と私はそろって背筋を伸ばし、相手の到着を待った。
ドアノブが乾いた音を立てて回されると、まるで怯えた小鳥みたいな小さな声で
「どうぞ、お入りください」
と言う、コバルトブルーの立派なワンピースを着た女の人が現れた。後ろでは相変わらず音楽が鳴っているけれど、その高級そうな、そしてどこか特別な響きがとても似合う美人だった。
母親が手土産を渡し終えると、私たちはすぐに玄関に通された。扉をくぐり抜けた途端、さっきよりもさらに強く、その音は私の鼓膜を震わした。廊下に入ると、私の隣では母親と女の人が何か嬉しそうに話しながら歩き始めた。けれど、そんな声は私には届かない。私はただ、奥へ奥へと続く音を追っていた。
一番奥の部屋。大きな木の扉で閉じられたその部屋から、音は届いている。それは一歩一歩歩くたびに確証を持ち、そして今から行く部屋はそこではないのか、という期待も同時に大きくなっていく。
そして、その私の望みはすぐに叶った。
「どうぞお入りになって下さい」
天使のような声でそう言うと、女の人は奥の部屋の扉を開けた。と、同時に一気に封じ込められていた音が解き放たれ、私も母親もその波に圧倒された。
「すごいですねぇ……」
母親が間の抜けた反応を返すと、女の人は微笑みながら部屋の中へ入っていった。私も浮き上がりそうな心臓を抱えながら、その後に続いた。
「ええっ」
 部屋に入ると思わず、母親が思わず小さな声を漏らした。私も思わずそれに続いてしまった。目の前に広がる景色すべてが、今まで触れたことのない世界の物である気がしたのだ。部屋を飾る家具は全て高そうな装飾が施されていて、いわゆる庶民の私たちにとっては夢のようだった。でも、それだけじゃない。
「お子さんですか……?」
 驚愕の光りを目に宿しながら、ぽつりと母親が呟く。私も同じような感情だった。思わず目を見開いて、その光景を見る。
 部屋の真ん中。濃い青のカーテンが掛かったベランダを背景に、真っ赤な服に包まれた子供がその「ばいおりん」という物を肩に乗せながら弾いていた。そこから発される音は、子供とは思えないほど力強く、そして、どこか心に残るような響きで、近づく程にそのすごさが分かる気がした。
「そうです」
 小さく、それでいて何処か誇らしげな声で女の人はそう返した。
 そこからは誰も話せなかった。喉に出かかった言葉は、耳に流れ込む音が次々に消していく。それはまるで魔法のようで、今いる部屋はマンションの一室ではなく、本当は音楽聖堂じゃないかと思った程だ。演奏者はこちらを一切見ず、ただただ自分の奏でる音だけを確かめている。
 ふいに、音が止んだ。いつの間にか目を閉じて聴いていた私は、ゆっくりと瞼を持ち上げる。次の瞬間、私の目に映ったのは、ぽかんと口を開けたままこちらを見る、私と同じぐらいの子供の姿だった。
「ほら、自己紹介」
 耳元で母親がそう言った。その言葉の言う通りに、私の目はうろたえながら適当な言葉を探し始めたけれど、なかなかうまくいかない。もう一度母親を見ると、
「自己紹介でしょ、初めまして、私は、ってやつよ」
と、早くしろと言わんばかりの言葉を返され、慌てて言葉をつなげる。
「は、初めまして。私は、えっと……、隣に引っ越してきました、高村三香、です。これからっ、よろしく、お願いしま、す……」
 ちらりと相手の方を見ながら言うと、何故だか緊張が沸き上がって上手く言えなかった。
私が言い終わると、相手も視線を泳がせながら、弱々しい声で口を開いた。
「初めまして、っ……。えーっと、僕は、僕は、佐藤、ユウです。えっと、よろしく? お願いします」

   ○

 その後、私とユウはすぐに仲良くなった。馬があった、という表現が一番正しいかも知れない。ユウは私となんか比べものにならないぐらいの才能を持っていたけれど、そんなことは私たちの友情の妨げにはならなかった。元々ユウは謙虚だったし、それに、私はユウの能力が好きで友達になったわけじゃなかったから。私は、ユウの心が好きなのだ。
 あの日からずいぶんの日が経ったけれど、何故かその記憶だけははっきりと覚えている。そのときに流れていた曲のメロディとか、ユウが着ていた服のデザインとか、そのときの私の感情とか。他の記憶では曖昧になっているそれらが、この日だけは明確だ。今まで生きていた中で一番印象深かったのだろうか。それとも、頭の中のどこかが、このファーストコンタクトは私の人生において重要な役割を果たす、なんて予言でもしたのだろうか。考えれば考えるほど馬鹿らしくなって、私はまた目を閉じる。

   ○

「バイオリンの音は悲鳴なの?」
「ええっ? 何のこと?」
 私が突如言い出した言葉に、ユウは目を丸くしてこちらを見た。どちらの息も白く染まる冬の日、小学五年の終わりを迎えた私たちは、いつも通りに学校からの帰り道を歩いていた。
「いや、昨日本で読んで、ホントかなぁと思って。ユウが弾くとバイオリンは道具になるけど、これは本が間違ってるの?」
「いやちょっと待って、三香。僕はどこから答えればいいの?」
 困ったような表情でユウが言った。早く答えが知りたかった私は、急かすようにまたユウに話しかける。
「じゃあ最初は悲鳴かどうか。真相はどうなんですか、ユウさん」
 ふざけた調子で訊くと、ユウはあーとかうーとかいった音を発するだけで、中々答えを言ってくれなかった。
「どうなの? ゆーう」
「えーっと、っと? 多分、合ってる、と思うけどなあ。お母さんが言ってた気がするから」
 時折空を見ながら、自信のないような口調で呟くようにそう言った。
「おばさんが? そう言ってたの?」
 ユウのお母さんは、世間にそこそこ名の知れたバイオリン奏者だ。そのことを知ったのは引っ越してすぐ、母親がユウのお母さんが乗っている新聞記事を見つけた時だった。
「そう。僕にはよく分からないんだけど……。確か、お母さんが言うには、オーケストラは音の戦場で、バイオリンはその主役で、それで……」
「それで?」
 うーん、とまたユウは考え込む。難しそうなことになるといつも詰まってしまうのがユウの癖だ。
「えーっと。主役であるためには、目立たないといけないから、そのためにバイオリンは悲鳴のような音をする……、だったかなあ」
「かなあって、自信なさげな。とりあえず、目立つためにバイオリンは悲鳴をあげて、みんなに気付いてもらうんだよね? 悲鳴が一番人を引き付けるから。そういう話でしょ?」
 私がそうまとめると、ユウは安心したように大きく頷いた。そして、
「でも、本当はそれじゃ駄目なんだってさ」
と、少し目尻を下げながら言った。
「駄目なの?」
「そう。それじゃあ自分の音じゃなくて、誰かが聞いて欲しいと思った音をなぞっただけになる、っていつも言うんだ。それだとバイオリンを弾く人は、誰かが主張したいことを、正確に伝えるために叫んでるだけだって。僕にはよくわからないけれど……」
 短い髪をふるふると揺らしながらユウはそう言って、小さく溜息を吐いた。
「でも貴方には『才能』があるんだから、絶対に自分の音を届けられる人になるよ、だってさ。買いかぶり過ぎなんだよ、みんな」
「多分、それは私が言ってることと一緒だよ、ユウ」
「えっ?」
 私の言ったことに心の底から驚いたのか、ユウは大きな目をさらに見開いてこちらを見た。その視線を受けながら、私はさっき思いついた考えを急いで口に出す。
「ユウにとってバイオリンは道具だ、って言ったでしょ? それとおばさんの話は一緒だよ」
「どこが? 僕にはさっぱり……」
 ユウは首を傾げ、瞳をゆらりゆらりと転がした。私はその動きを止めるかのように、勢いよく次の言葉を紡いだ。
「だから、ユウの音楽はユウの意志を伝えるために奏でるものでしょ? でも、普通の人は役割を果たすために楽器を弾く。そういうことを言いたいんじゃないの?」
 私がそう言いきっても、やっぱりユウは分からないようで、少しだけ斜めに頷くと、
「やっぱり三香はすごいなあ」
と一言言うと、黙りこくってしまった。
 
   ○

その話題が出ることはその後一度もなかったけれど、私の心の中でいつも流れているのはそれだった。
 他にも、と言われればたくさんあるような気がするけれど、他に思いつく話は至って普通で、書くほどではないものばかりだ。例えばユウの家に行ってバイオリンを触らせてもらったこと。ユウが扱えば魔法のような音が出るその楽器は、私の手では耳に刺さるような金切り声しかでなかった。他にもベランダに設置してあった柵を乗り越えて行き来し合ったり、ユウのバイオリンの大会を見に行ってそのトロフィーを見せてもらったりしたこともあった。とりあえず、世間にある全ての平凡の登場人物を私とユウに替えると、今まで私たちが過ごしてきた日々になるのだ。
 もう後ろでなっている曲が終わってしまう。ここらで回想も終わらせないと、約束に間に合わない。私は急いでユウの家に行く支度をし、自分の部屋から急いで玄関へと向かう。
 丁度靴を掃き終えると、曲も終焉を迎えた。それを合図に、扉の鍵を開け、外へ飛び出した。空ではもう一番星が輝き始めていたけれど、そんなことには目もくれずに、私はユウの家の呼び鈴を押した。
「はい、ちょっと待って」
 ユウの明るい声を機械が通し、すぐ後に軽々とした足音が続く。私は早く早くと口に出しながら待っている。
「お待たせー。どうだった?」
 ガチャリと扉の開く音と同時に、そう尋ねるユウの声が聞こえた。私はそれに良かったと答え、いつも通り玄関の中へ入った。
 ユウは普段と変わらずにTシャツとジーンズという、どこまでもシンプルな格好をしていた。
 その後、私はユウの部屋に入り、今日の曲に対する感想を少しだけ述べた。
「あれ」
 ふと、机の上にあったパンフレットに目がいった。それは遠くにある音楽大学の付属高校のもので、その下にも同じような学校の資料が沢山おいてあった。
 私の視線に気付くと、慌てたようにユウが
「それは、お母さんが、勝手に」
と言い訳みたいに言う。私にはそれがどこか可笑しくて、小さく笑みを漏らしてしまった。けれど、その後急に喉の奥から何か切ないものが上がって来て、どういう風に会話を続けるべきか分からなくなった。
「もうギリギリだ、って。他の子はもう始めてるのに遅いってさ。僕はまだ弾いていたいんだけどなあ」
 ユウはそんな風にやわらかく、でもどこか諦めたように言う。
「もう、そんな時期かあ」
「だって、もう中二の三学期だからねえ。仕方が無いのかなあ」
「高校は別れ別れになる、ってこと、だよね」
 のんびりとした雰囲気で物を言っているユウに私がそう言うと、困ったように、淋しそうに眉をひそめながら
「そう、みたいだね」
と、静かに告げた。
 その後は二人とも何も言わなかった。
窓の外に広がる空はいつもと同じように星の数を増やしていき、空気も段々と冷たくなっていくけれど、今日は何だかそれも感傷に満ちあふれて見えてしまう。
ひしひしと終わりの足音が近づいてくる。けれど、その音を感じながらも、私は胸の奥のどこかで、この生活がずっと続くように、ずっと終わらないようにと願っていた。



そんな単純な終わり方が、天才のあの子に来るとでも思ってたの?
                だったら、貴方はとんだ幸せ者ね。
                      

――次号に続く

冬号 By深智

2012年12月03日
恋文の行方
深智


ただこの海の上
溢れかえる恋文の亡骸
永遠に届くはずの無い
思いの残骸

書き綴られた言葉と言葉
織り上げたらその先に
受け取る手があればだなんて
考えては海へと放つ

何度目になる?
そんな言葉に返事はなく
浮遊した現実だけが
確かに語りかける

永遠に届かないとは
知っていたけどこんなはずじゃと
空気の元へため息を届け




沈み行く恋文の海原
海鳥だけが訪ねる地
誰の姿も見当たらない

書き綴られた言葉と言葉
織り上げられたその先を
望んだ途端輝き始め
見つけては空へと放つ

何度目になる?
そんな言葉に返事はない
混濁した思いだけが
確かに手を動かす

永遠に届かないなんて
知っているけど止められないと
空気の元へ熱気を届け




高くそびえる紺碧の宇宙
投げつけた恋文の行き場所
逆らえぬ力に落ちていく

ただこの空の下
つもりに積もる恋文の山
いつ届くかと待ち焦がれ
海の上を漂い続ける

何度目になるの?
そんな言葉に返事はできず
混乱する感情だけが
確かに心を揺らす

いつの間にか輝いた太陽を背負い
目の前に香る漆黒の髪と
後ろにのびる恋文の道
差し出された手に重ねれば
始まりを告げる本当の恋
海風が頬を撫でる

リスボン

2012年12月03日

蛙になった人の物語
 リスボン
   
 ああ、なんでこんな姿になってしまったんだろう。
もう、戻れないのかな。
そんなの絶対にいやだ!

      ***** 
 事件が起こったのは、ちょうど三日前だ。さわやかな風が吹いていた。
私は陸上部の朝練のために、早くに家を出て、学校に向かって林の中を歩いていた。
私は白雪(しらゆき)霙(みぞれ)で、一応部長なの。私より早く走ることができる人なんてたくさんいるのにね。

      *****
「やあ、霙ちゃん。今日も朝練かい?」
そう話しかけてきたのは、カエルのピョン吉おじさん。このあたりで一番の年寄り。いつも私に話しかけてくれるの。でも、ピョン吉おじさんの姿は普通見えないらしい。つまり私が変人ということね。
「白雪先輩、おはようございます」
そう言ってきたのは、陸上部の後輩、川(かわ)海(み)大(だい)だった。陸上部で唯一の常識人で、もちろん、ピョン吉おじさんの姿は見えない。まあ、おじさんの姿が見えるのは、神話などを本当だと信じている私ぐらいだろう。
事件は私が川海大に――
「おはよう」
と返した直後に起こった。
私がドジなのは十二分に承知していたが、まさかこんなことが起こってしまうなんて……
私はこの林で一番大きな木にぶつかってしまった。その瞬間、私の体は縮み始めなんとカエルになってしまったの。
ひとつだけ良かったのは、醜いガマガエルではなく、きれいな緑色のアマガエルになったこと。まあ、それでも……ショックだったけど……。
「霙ちゃん、大丈夫かい!」
そういってきたのは、ピョン吉おじさんだった。川海君は固まっていた。
「………………」
次の瞬間、私はショックな言葉をピョン吉おじさんにぶつけられた。
「もう、戻れないかもしれない……」
「えっ、もどれないのですか? そんなの絶対にいやです!」
「いや、戻る方法はある……だがな……私の口からは…… 言えないんだ」
「どっどっどうしてですかっ!!!」
「あのー、そのー、つまりだな。私の口から方法を言ってしまうと、そなたはもう戻れなくなるのじゃ。だからそなたは自分でその方法を見つけなければならない……」
「ええっ」
私は思った。そんなの絶対に無理だよ。この姿で家に帰るだけでも、大変なのに……
「わあっ!」
私は、声を上げた。急に自分の体が持ち上げられたからである。持ち上げた主は、川海君だった。
「先輩、あと十五分で部活始まるんで、とりあえず学校に行きましょう」
「ええっ、こんな姿を後輩に見られるなんて絶対にいやだよ」
「もうすでに見ています。それに、今日は絶対に授業に出られないのだから、部活中はロッカーにいて、授業が始まる前に校長先生に話しに行きましょう」
 校長先生こと貝塚先生は、私の母方の叔父である。身寄りがない私のために、授業料だけは免除してくれた。もちろん川海君は、そのことを知らない。私は答えた。
「わかった」

      *****
私は川海君に抱かえられて、部室に行った。川海君が素早くロッカーの中に隠してくれたので、誰にもばれずに済んだ。
外から後輩たちの声が聞こえた。
「白雪先輩はなんで休んでいるの?」
「風邪をひいたんだって」
「へぇ 昨日あんなに元気だったのにね」
「うん あの先輩が一番明るくて優しいからちょっと寂しいね」
川海君は私が風邪をひいたということにしたらしい。霙はなみだが出そうになった。そして、止めようとした。が、止めることができなかった。緑色となった私の手にポタポタとなみだが落ちた。
 部活が終わったらしい。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様で~す」
「リレーの練習、またお願いします」
二年後輩の中3たちである。中1の女の子の声も聞こえた。
「先輩、部活のカギ返しておきますよ」
川海君が答えた。
「いいよ。俺が返しておくから」
「わかりました。おつかれさまです」
急に静かになった。そして、ロッカーが開いた。
「川海君、面倒かけてごめんね」
「かまいませんよ」
そう言いながら、川海君は校長室のドアをノックした。
「どうぞ」
と中から、叔父の声がした。川海君は、校長室のドアをノックした。
「どうぞ」
と中から叔父の声がした。川海君は、
「失礼します」
と言いながら、ドアを開けた。叔父の目はまず川海君にいって、次に私(川海君が抱いているカエル)に釘付けになった。
当然のことである。高1のごく平凡な男子生徒が1メートル級のカエルを抱いていたからである。
「ええと、君はなんという名前かね?」
「川海大と申します。」
「川海君。その緑色のスライムみたいなやつは何かね?」
「先輩です。陸上部の先輩です。」
「……………」
校長先生は、絶句してしまった。
川海君は続けた。
「このカエルさんは、陸上部の部長の白雪霙先輩なんです。」
「…………」
「まあ、事情は本人が話してくれるでしょう。僕は授業がはじまるので、失礼します。」
オイッ、ほったらかしにするな! 
しかし、その願いもむなしく散り、川海君は出て行ってしまった。
私は叔父があまり好きでなかった。私の両親が事故で死んでしまったときもなぐさめてもくれず、嬉しそうに、
「やっと死んだか。これで大金が手に入る。」
と呟いたからである。私が叔父と一緒に暮らしていないのも、この理由からだった。
 *****
 私はこんな姿になった経緯を話した。叔父は冷たかったが、話は聞いてくれた。そしてこう言った。
「こんなことがあるなんて。君を見なかったら信じなかった。しばらくは何かの病気で休んでいるということにしておくから、その間に元に戻る方法を探しなさい。」
こんな姿でそんなことできるわけないないだろ!
と霙は思ったが、声に出たのは違う言葉だった。
「わかりました。見舞いに誰かが来てはいけないので、重体で面会ができないとでも、言っておいてくれませんか? お願いします」
「わかった。家までは私が送ってあげよう」
 そうして、家に帰ってきたのはいいが、霙は途方にくれていた。手がかりがあるわけでもない。検討がついているわけでもない。本当に、途方にくれてしまった。
「ああ、本当にどうしよう」

        *****
 その日の夜、霙は不思議な夢をみた。霙は学校の制服を着て林の中にたっていた。すると、ピョン吉おじさんが出てきてこう言った。
「君は確か稲穂市に住んでいたね。稲穂市の北の方に魚市がある。その中心から南の方に5.4メートル、西のほうに2.6メートル進んでごらん。するとちょっと地面がもり上がっているところがある。そこを掘るんだ。ヒントがあるはずだよ。あとは自分で考えてごらん」
「そっそんなの無理です」
「やるんだ。やるんだよ。霙ちゃん」
ピョン吉おじさんがそう言ったのと、霙が目を覚ましたのが同時だった。霙は呟いた。
ヒントってなんだろう。
 地図で魚市の場所を探してみた。稲穂市の北は森林市だった。稲穂市の周りの市、さらにはこの国全部の市を調べてみたが、魚市はなかった。霙は落胆した。
「ピョン吉おじさんのウソつき」

        *****
 次の日の夜も、霙は夢をみた。ピョン吉おじさんがまた出てきてこう言った。
「ヒントは見つけたかね?」
「おじさん、ウソをつかないでください」
「えっ。私はウソをついておらんよ。普通にヒントをあげただけだよ。」
「だって稲穂市の北は森林市ですよ。魚市ではありません」
「えっ、あのヒントはワシがおととい聞き取った神のお告げなんだ。間違っているわけがない」
「それ、信じてもいいのですか?」
「失礼な! 神がウソをつくわけがない。つく理由がない」
「分かりました。もう一度考えてみます」
「ワシも考えてみるよ。ではまた」
ピョン吉おじさんが手を振ったのと、霙が起き上がったのが同時だった。今日は土曜日だ。新聞屋さんが新聞とチラシを入れていった。霙はチラシを何気なく見ていた。近くのスーパーのチラシ、不動産屋のチラシ、肉屋のチラシ、八百屋のチラシ……
「わかった!」
霙はチラシの上で飛び跳ねた。そのチラシは稲穂魚市場からのチラシだった。
「土曜日は魚市の日」
と書いてある。魚市というのは都市のことではなく、魚市場のことだったのだ。霙は地図で稲穂魚市場の場所をさがした。
稲穂魚市場は、稲穂市の北部にあった。霙はカエルのこの姿を見られたくないので、夜に出かけようと思ったが、夜になってから出ると朝になるまでにつけないので、いまから出ることにした。
 霙はかまぼこが好きだ。冷蔵庫に十個は買い置きしていた。
霙は持てるだけのかまぼこを持っていくことにした。かまぼこを板から外し、細く切った。そして、それを一回で食べる量ずつ袋に詰めた。水も水筒に入れた。霙はこれらが全部入るリュックを探したがなかった。仕方がないので、ふろしきに包んで持った。出発しようとしたその時霙はきがついた。
「体が乾燥してきている! それに魚市場までの道がわからない!」
その時、誰かが戸を叩いた。時刻は十七時十五分だった。
       *****           《続く》

厨二恋文
壱潟満幸

 明日、十五時に学校の屋上に来てください。
 あなたに伝えたいことがあります。

                  あなたの近くにいる者より 

 卒業式の後、僕、草薙(くさか)真(ま)琴(こと)が昇降口の自分のロッカーを開けたときに見つけた、赤と黒の封筒に入っていた白色の便箋に書かれていた内容だ。中にはカッターの刃(欠片)も入っていて、手紙を開けたときに少し手首を切ってしまった。傷は浅いが、痛みはずっと残っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まあ、つまりこれは、いわゆるラブレターという物だ。と思う。
「はあぁぁ」
 僕はベッドに身を投げ出した。布団を干した後の良い匂いがする。このまま、眠ってしまおうか? いや、今日は卒業式の打ち上げで皆でROUND1で騒いだからおなかが減ってるので、晩飯は逃せない。食欲は現在MAXだ。
 あぁ、なんで、そんなことしか頭に浮かばないんだろ?
 僕は立ち上がって、乱れた中学の制服を脱いで、部屋着に着替えた。そして、おもむろに昨日買った文庫本を鞄の中から取って、しばらく文字の羅列に目を落とす。
 すると、
「真琴! ご飯だよ!」
 と、妹の智(ち)鶴(づる)が一階から僕を呼びにきた。
「ああ、わかった。今行くよ」
 文庫本を閉じて、本棚の文庫本と単行本の隙間にしまう。
 そして、部屋を出ようとしたが、あの手紙の事を思い出して、放置するのは色々と問題があるかなと思い、机上から回収し、学習机の引き出しの奥にしまった。
「真琴! 遅い! 早く来てよ。せっかく、作った料理が冷めちゃうじゃん!」
 突然、部屋の扉が開いたので僕の体はビクッっと反応した。
「ちょっと待てって! 何勝手に入ってきてんだよ! ノックくらいしろって!」
「うるさい! 黙れ! どうせ、エロいもんでも見てて、急に呼ばれたから隠すのどうしようか迷っておろおろしていただけでしょ! このエロ猿!」
 智鶴は乙女の恥じらいなど知るか! と言わんばかりの罵倒を僕に浴びせて部屋から出て行った。階段を下りる音がドタドタと騒がしい。
 これ以上待たせると、智鶴はもっと怒り出すので、僕は急いで部屋を後にした。

 晩飯の後、少々食べ過ぎたなと思いながら、部屋に戻った僕は、ケータイを取り出した。そして、ピクチャーを開き、隠しファイルを開ける。
 隠しファイルの中には、一枚だけ写真が入っていた。
 写真を選択すると、写真は拡大され、そこそこ大きい画面に表示される。
 写真に写っているのは、違うクラスの生徒だった。
 その生徒は、いつもはかけていない黒くて薄いフレームの眼鏡をつけ、文庫本に黒い瞳の視線を落として、細く白い指でページをめくっている。読んでいるのは、昭和の作家の本らしく古く紙が劣化して茶色く変色している。しかし、この本はその生徒が手にするだけでとても美しいものに思えた。
 この写真はたまたま、盗さ、いや、写真を撮るのが趣味の友人が撮ったもので、何と無く綺麗だから貰っておいただけのものだ。
 いや、本当に何となくだからね!

 ケータイを閉じて、僕はベッドにうつ伏せに寝っ転がった。
 現在午後九時だが、眠気が勝って僕はそのまま意識を失った。

 翌朝、といっても現在十一時。
 約束の時間まで残り四時間という時間に僕は目を覚ました。
 十二時間以上眠っていたので頭が痛かった。自分でも何て呑気な奴だと思ってしまう。妹は学校があるので、今はいない。
 一階に降りたが母親の姿は無く、置手紙に「買い物に行ってきます。母より」と書いてあったので、出かけていることが分かる。
 テーブルの上には、ハムや野菜のサラダを挟んだサンドイッチが、ラップを掛けられて置かれていた。さすがに、お腹が減ったので、歯を磨いて顔を洗ってから、サンドイッチに手を出した。常温で放置されていたため少し野菜のシャキッとした歯ごたえが失われていて、もっと早く起きておくべきだったと思い、後悔した。
 ここまでの行動で、現在十二時前。
 母親がそろそろ帰ってくるはずの時間だ。
 暇なのでテレビをつけて、昼のバラエティ番組前のニュースを見た。
 ニュースの内容は、パンダの赤ちゃんがどうのこうのという内容で、特に僕にとって目を引くものは見当たらなかった。

 十二時十五分頃、母親が帰ってきた。
「真琴、ちょっと買い物袋運ぶの手伝って」
 母親は相変わらずの力のなさなので、僕は仕方がなく玄関の方に歩んでいく。
 玄関にいる母親の前には、大量のスーパーの袋があった。中に入っているのは、一週間分の食料だ。
 母親は、いつもこうして週の頭にまとめ買いをしてきて、後の日を家でごろごろと過ごそうと考えている人だ。とても省エネな方だ。
「お昼どうする、真琴?」
「え、あぁ、どうしよ。さっき起きたとこだからなぁ。うーん。食べないで良いや、お腹へってないし」
「そう」
 母親はキッチンに行くと冷蔵庫に食材を放り込んでいく。毎週やっているのでとても滑らかに事を済ませていく。
 僕は母に食材を渡している。その時、
「あら、真琴。その傷どうしたの?」
 母親が手首の傷に気付いてしまった。手首を見ると、荷物を取り出すときに掌の半ばまで降ろしていた袖がめくれて、傷が露になってしまっている。どうしようか。
「ん、あぁ。ちょっと、カッターを使ってるときに落としちゃって」
 適当にごまかす。
「あ、そうなの。母さんてっきり、真琴が変なこと考えてるんじゃないか、一瞬考えちゃったじゃない。もう、紛らわしい事しないでよね」
 母親は納得したようで、直ぐに作業を再開した。大事にならなかったから良いけど、一瞬は無いよな? もうちょっと長くたって良いよな?

「今日午後からどこか出かけるの?」
 母親が自分の分の昼ご飯を用意しながら僕に聞いた。
「三時ぐらいから出かけるつもり」
「何処に行くの?」
「学校」
「何しに行くの?」
「えっと・・・・・・友達と落ち合うため」
「そう」
 母親は素っ気無く返事をすると、調理を終了させて盛り付けると、テーブルについてテレビを見ながら昼ごはんのチャーハンを口に運び出す。
 今テレビでは、ゲストとMCが告知について話している。
 ゲストの俳優は、今度自分が主演をする映画が公開するのを告知しに来たようだ。この俳優には興味がないので、スルー。

 現在午後二時。
 学校に行くために制服に着替える。着慣れた制服に袖を通すのが卒業式の翌日だとは思わなかった。祖母に買ってもらった腕時計をつけ、携帯と財布、バスの定期を入れて僕は部屋を後にした。

 外に出ると、凍りつくような冷たい風が頬を打った。空からは名残雪がちらつき、膨らんだ桜の蕾の上に積もっている。異常気象は恐ろしい。桜の開花遅れるだろうな。
「さぶっ」
 マフラーを取りに行こうかとも思ったが、面倒なので諦めて、僕は足を動かし始めた。

 発車しそうになっていたバスに乗り込み、肩に積もった雪を掃ってから開いている一人席に座る。乗客は昼間なのでほとんどいない。運転手が眠そうに大欠伸をして、少し心配になる。バスの窓には結露が張っていて外の世界は見えなかった。結構好きなのにな。外の景色。

 学校前の停留所に着いて、僕はまだギリギリ期限が切れていない定期券を見せてから、バスを降りた。

 学校に入って体育館の前まで移動するとき誰にも会わなかった。まあ、授業中だしね。
 名残雪がまだ降っていて、グランドを白く染めていた。
 約束の時間まであと二十分以上あった。

 体育館に着いた。さすがに、外で待っているという勇気がなく、僕は体育館の中に入った。
 革靴を脱いで、来校者用のスリッパに履き替える。後ろに人の気配はない。まだ来てないかもしれない。
 講堂としても使われる体育館はとても大きかった。昨日は装飾が多くされていて、かなり狭く感じたが、体育で一番乗りしたときのような状況が目の前に広がっていて今は広く感じる。スリッパをすりながら、体育館の中を歩き回る。一人だけの足音が体育館の中に響いていた。


 キュッ
 体育館シューズが止まる音がした。恐らく、手紙の主が立っているのだろう。背に脂汗が滲んだ。手をきつく握る。

 僕は決心して後ろに振り返った。
振り返った僕の視線の先には一人の眼鏡男子生徒が私服の状態で立っていた。
 彼の名前は、飯田勉(いいだつとむ)。演劇部の元部長で僕と同い年。勉強はそこそこだが、文章制作能力は学校随一といって良いほどの腕前だ。身長は百七十そこそこで、ボクの目線が丁度彼の肩と同じぐらいの高さだ。整った顔がとても綺麗だ。そして、僕が呼び出した相手だ。
 あと、僕は女だ。男と勘違いしないで欲しい。BLには興味が無いんだ。って関係ないよね。この状況と。
「来て、くれたんだ」
 僕は女らしくないが、頭をかきながら言う。だって、本当に恥ずかしいんだもの。みつを(笑)。
「ん、あぁ、そうだな。手紙の文章の構成がかなり乱れてて解読するのに苦労したよ」
 勉は嘘っぽさを表に出しながら、鼻で笑った。
「何さ、人が一生懸命言葉を選んで書いてあげたのに。信じられない!」
 僕も嘘っぽさを表に出しながら、笑いを隠しきれていない状態で言う。
「それで、要件は何だい? わざわざ、こんな寒い日に呼び出しといて、世間話だけというのは、あんまりなんじゃないかい?」
 勉が単刀直入に質問をしてきた。心臓がドキリとはねる。
「えー、世間話でも良いじゃん。楽しいし」
 僕はごまかすように言う。
「じゃあ、家の近くでしてくれよ。真琴の家と僕の家、五十メートルも離れてないだろ?」
 勉は的を射た答えを返してくる。少し後退、いや引き下がるか!
「雰囲気だよ! 雰囲気! 家の近くじゃ、青春! っぽくなくて、ただの近所付き合いになっちゃうもん」
 僕は何を張り合ってるんだろう?
「あぁ、もういいよ。そういう前置き。さっさと本題に入ってくれ」
 勉が顔をしかめる。う、やばっ、怒った?
「えーと、じゃあ、本題に入ろうと思いますが。その前にちょっと・・・・・・良い?」
「さっさとしろよ」
 勉は一瞬で僕が何をしようとしているかが分かったようで、体育館内のベンチに腰掛けて、文庫本を取り出して眼鏡を外した。やっぱ、かっこいい。
じー
「お手洗い、行くんじゃないのか?」
 視線に気付いた、勉が僕の方を見た。機嫌悪そうな目つきだ。
「は、はい。行って参りまーす」
 僕は走り出した。怒らないでくださーい!

 トイレに入って、手洗い場で水を出すと、心が落ち着いた。水が指先の上を跳ねたり、溜まって流れたり。水の無駄遣いは良くないが、面白いのでずっと見ていたくなる。冷たい水は火照った体を覚ましてくれた。
 冷静さを取り戻す。
 さあ、勝負だ。

 僕は勉の前に立った。(仁王立ち)
 勉は僕に気付いて顔を上げると、ゆっくりと立ち上がった。
 二人の距離は丁度、腕を伸ばして手が届くぐらいの距離だった。
 僕は、口火を切る。目はきちんと、勉の瞳を見つめている。多少の緊張が程よい。今ならはっきり言える。

「僕は、勉のことが好きだ。今まで恥ずかしくてずっと言えなかったから、丁度いい区切れの時だし、一応言っとく。・・・・・・返事は直ぐでなくていいから」

 言い終えた頃には、顔が真っ赤で今にも火を吹きそうだった。一世一代ばりの恥ずかしさだ。しかも、はじめの方はかなりの大声だったので、他の人に聞こえていたのではと心配になった。
 しばらくの沈黙が僕らを包んだ。
 勉の顔つきは変わらずに、ただ僕を見ていた。眼鏡越しに見える彼の目はとても冷淡に見えた。
 不安が表に出て、涙に代わるのを必死に堪えた。
「・・・・・・、何で泣きそうな顔してるんだよ。まるで、俺がフッたみたいじゃないか。ったく。別に俺はNOとは言っていないぞ」
 勉が頭をかく。眼鏡をポケットに入れて、開いた手をポンと僕の頭に手を置いた。
「えっと、それじゃあ・・・・・・」

 ブーブーブー
 ケータイのバイブ音を聞いて俺は電話を通話モードにして、耳に当てた。
『ヤッホー、唯月(いつき)くん』
「あ、真琴先輩。何か用ですか?」
『いやぁ、さっきさぁ。ちょっとフラグ立てたんだよね』
「へぇ、そうなんですか。で、見事に折れたんですか?」
『ちょっと、何それぇ! 僕が失敗するのが当然みたいな言い方。後輩のクセに生意気だぞぉ!』
「え、違うんですか?」
『違うよぉ。ちゃんと踏み倒されずに生きてるよぅ!』
「へぇ、おめでとうございます。で、相手はもちろん勉さんなんですよね?」
『もちのろん☆ あ、ちょっと質問なんだけどさ』
「はい?」
『僕の靴箱に手紙入れたの唯月くんだよね?』
「あ、よくわかりましたね」
『うん、それはいいんだけどさ。何でカッターの刃の欠片入ってるの?』
「え、ああ、・・・・・・それはですね。多分、折れた刃が誤って入っただけだと思いますよ? けど、良いじゃないですか。名誉の負傷ですよ」
『うぅん・・・・・・何かそれ、意味違うくない?』

冬号 By杏

2012年12月03日
 Did you kill her?


僕の目の前に広がる紅い野原
 真ん中に立つのは憎むべき男
  彼の足元には一際大きな花が
   それを踏みつけ彼は振り返り
    ゆっくりと僕に近づいてきて
     ――――
      ニコリ
     ――――
    不気味な笑みを浮かべていた
   その時僕は初めて知ったんだ
  言いようのない怒り、哀しみ
 傍にぶちまけられた白い葉と
ハート模様の封筒が一枚……


『彼岸ちゃんへ

  とつ然のお手紙、ごめんね。おどろいたかな? 今日は伝えたいことがあって、かきました。こんなことは初めてなので、きんちょうしています。ときどき敬語になるのは、大目にみてね。伝えたいことっていうのは、ぼくが彼岸ちゃんが好きだということです。三年生になって、同じクラスになったときから、ずっとかわいいなと思ってたんだ。
  よかったらお返事ください。ずっとまってます。

一より』

冬号 Byみるく

2012年12月01日
片想う
みるく


 気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
 恋をしていた。きみに。
 初めて会ったときからきっと
君を好きだった。

 雲は風に運ばれて、太陽のもとに。
 僕だって、そんなふうに何かの力で
ふわっときみのもとに行けたらいいのに。

ほらまたきみのことを思って手が止まってる。
しなくちゃいけないこと多いのに。
ほらまたきみを思い出した。
ほら、また。

携帯の音が鳴るたびに心のどこかで
きみじゃないかって思いがよぎる。
僕の期待 はかなくて
いつもいつも空振りで終わる。

 前よりも空の色に敏感になった。
 それはきっときみを思って
遠くを見ることが多くなったから。
いつしかそんな癖も付いた。

ほらまたきみを思い出してかなしくなってため息が増える。
これじゃだめだって言い聞かせても
ほらまたきみを思い出した。
ほら、また。

ほらまたきみを思い出してぼんやりしてる。
やりたいことだって多いのに。
ほらまたきみを思い出した。
ほら、また。

ぼくは君がいなくても多分笑えるし。
君もぼくがいなくても多分余裕で生きていく。
でもどうしても一緒にいたい。
そんなふうに思う。

ほらまた、きみを想い出した。