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3学期 by林檎

2014年05月04日

林檎


ふわっ

ふわっ

君のほっぺたに

雪がつもる

さわってみたいな

ふわっ

ふわっ

あとがき
読んでいただきありがとうございます。
妄想ワールドが止まりません(笑)


3学期 by池辺りあ

2014年05月04日
 
  特別 ~~『無地のキャンバス』プロローグ
池辺りあ 


 美術室の隅のキャンバスは

 いつまで経っても無地のまま


「先生。ここに置いてあるキャンバス、どうしていつまで経っても真っ白なんですか?」

 問いかけたらやっぱり、先生は微妙な顔をする

 私は知ってる

 このキャンバスは、先生の特別なモノ


 先生が閉めようとした窓から

 冷たい冷たい、風が吹く

 揺らされた黒髪は、私の心の揺れと同じ


「ずっとですよね。私が入学してから、ううん。多分、その何年も前から」


キャンバスの上を、私の指が歩く

 ゆっくりと

ゆっくりと

 先生の大事なものに、私の跡を残そうとする


「ずっとですよね。私が入学してから、ううん。多分、その何年も前から」


 先生の特別になりたい

 先生の特別になって、先生に『好きだよ』って言われたい

 先生の特別になって、先生に抱きしめられたい

 先生の特別になって、先生と、キスをしたい


 遊ばれた髪を耳に掛ける

 出来るだけ、女らしく

 出来るだけ、出来るだけ、妖艶に

 先生の心を、こちらに向けたくて

 ……無理だって、分かっていても


 先生に目線を移す

 真っ直ぐと、先生を見つめる


 先生の表情(カオ)が、痛いと言っていた

 やめてくれと、言っていた

 思い出させないでくれと、言っていた

 先生の目が、揺れていた


 でも。

ここで視線を逸らしたらきっと

私はここから進めないままだ


「そのキャンバスは、俺にとっての特別だから、かな」


先生。

特別って、なんですか?


 それは、いつまで先生の特別のままなんですか?

 それを、先生はいつまで胸に抱えるつもりですか?



 ――私は、先生の特別には、なれないんですか?



「…………そうですか。特別、か」


 先生。

 先生の特別になりたいです


 このキャンバスの人よりも

 特別な人に、なりたいです

先生の傷を癒せるような存在になりたいです

 それ以外はもう、何も要らない

 求めないから


 先生。

 先生の特別に、なりたいです



 ……無理だと、分かっていても





  ――後書き

 間に合いませんでした。出そうとしていた『無地のキャンバス』が、全くもって間に合いませんでした。ということで締め切り当日、即興でプロローグなる詩を書きあげた感じです。原稿を落とすのは、ここまで皆勤(たかが一年)の作者のprideが許しませんでした。
 テスト勉強よりも必死になった気がします。そして今、隣の友人も同じくらい必死でPCと戦っております(それを余裕で上から眺める私。私が彼女の立場だったらウザがってると思う)。
 次号くらいに本編を載せられればな……と思ってはいるのですが、もう自信がありません。だって、ものすごく頑張ったはずなのにまだ六ページしか進んでいないのですもの! なので、期待はしないで下さい(誰もしない気もしますが)。もし次号でもまた、詩やら短編小説やらが載っていたら「また間に合わなかったんだな」と憐れみの視線を向けてやって下さい。
 これが終わったら取りあえず、月イチ課題に取り掛からねば。
ん? 別に宣伝じゃありませんよ。良ければそちらも手に取ってみて下さいね~、みたいなことではありませんよ?…………良ければそちらも手に取ってみて下さいね~。
 はぁ、疲れた。どうしようもなく疲労しております。エネルギー使い切った……。今日は早く寝ようかな。とか言いながら結局夜更かししてしまうであろう、池辺りあでした。

真っ白い紙   art
                      オレンジ・ドロップ

 私の眼の前には、真っ白の紙が一枚。B5サイズのペラッペラの紙である。
 私の周りの子はみんなすらすらと鉛筆かシャーペンを動かしている。どんどん真っ白の紙が黒くなっていく。
 その様子を横目で見ている私は、授業が始まって30分、何もしていない。
 今日は私が大っ嫌いな美術がある。今日のお題は、 
『私・僕が考えた新しい果物を紙に描こう!』
というと~ってもめんどいものである。
 周りのみんなは
『オレンジ色のすいかもどき』 
とか、
『ピンク色のリンゴからバナナをくっつけたようなシルエット』
とかいうありきたりな物ばかりを描いている。
 そんな物だめだ!
 もっと、芸術てきな作品を描かなければ……!
 例えば何か、と質問されると……
 ……
 まだ試行錯誤中だとでも答えておこう。
 私は思いつかないから鉛筆を動かしていないわけではない。
 ただ、この溶け込まれるような真っ白の紙を汚したくないのだ!
 頭の中には、いろいろな果物がふわふわと浮かんでいる。
 しかしっ!
 描くわけにはいかない運命なのである!
 他の人から見ると、ただの言い訳にすぎない。
 だがっ!
 これは、れっきとした理由である。
 私はこの50分間、この紙の白さを汚すわけにはいかないのだ。


「くるみ、何で紙に何も描いてないの? 授業終わるじゃん!」
「私は、この紙を黒く汚れさすわけにはいかないのだ」
「はあっ? 何言ってんの! ただ、頭が固くて何も思いつかないだけでしょ!」
「だから、バカは困る!  留(る)美(み)のかわいそ~な紙に、私の紙がならぬよう見張っているんだ!」
「何よそれ! じゃあ、こうしてやる!」
 私は隣に座っているくるみの紙めがけて鉛筆をひょいっと投げた。くるみの紙は、今では黒い一筋の線が描かれていた。
「何を……」
「くるみはこの紙を真っ白のままにしたかったんでしょ? でも、その任務はこの留美様によって失敗したわけ」
「自分に様をつけんな! 気持ち悪い」
「そんなことどうでもいいの! もう任務は失敗したんだから、あきらめて今では黒い線が引かれたこの紙にあなたの感情を思うままに描きなさい!」
「何偉そうに気取ってるの? ああ、だからバカは困る」
「いや、あたしの方が成績上だし」
「成績とかそういう問題じゃない!」
「まあ、何でもいいからとにかく描け~!」


 ああ、何でこんな事になってしまったんだ! 私の前には、今では残念な紙の一員になってしまった紙。横には、私の顔を見てニヤニヤしている留美。
 今だから告白しよう。私の頭の中にはちゃんとしたイメージがある!
 いや、マジで!
 しかし、その果物のシルエットがどうも気持ち悪いのだ。絶対にこんな物を描いたらクラス中の笑われ者になる。
 だが、困った事に、これしか浮かんでこないのだ!
 時計を見ると、あと5分でチャイムがなる。
 ああ、早くなってくれ!
 この時ほど時間が長く感じられた時は後にも先にもないだろう。


 キーンコーンカーンコーン
「あ~あ、チャイムなっちゃった。結局何にも描いてないじゃん!」
「いや、留美に描かれたよ! このバカが!」
「はいはい、すみませんでした~」
 くるみは私を一回睨むと、私が描いた線を消しゴムでゴシゴシ消して前に居る先生に出しにいった。
 その後ろ姿を見ながらクスッと笑う。
 本当のバカはくるみだよ!
 教卓では先生に
「この1時間一体あなたは何をしていたんだ?」
と笑われるくるみの姿があった。
 
 ~初の後書き~
 まずは、お礼です。こんな初心者感バッリバリの文章を読んでいただきありがとうございます! いつもはもうちょっとましな文章を書くんですけど、今回、本気で時間ありませんでした。提出日になって初めて書き始めるとか、ヤバいですよね(笑)一緒に書き始めたっていうのに、先に書き終わった友人をうらやましがりながら、最後はガッツで乗り切りました! 次はもうちょっと余裕を持って書けるようにがんばります! これからもよろしくお願いしま~す! 明日の受験補助員もがんばります!

3学期 byベルン

2014年05月04日
  1/10000000000
ベルン
 あれは確か、二〇世紀だったと思う。
 私は生まれた。
 この世界に、この地球に、
そして、この日本という国に生まれた。

四歳の頃だった。
初めて他の人と触れた。
その人の名前は覚えていないが、初めての感覚だった。
季節が冬だったせいか、とても冷たくて、乾いていて、
そして温かかった。

七歳の事だった。
初めて他の人を嫌いになった。
何故だったかは覚えていない。
でも嫌悪感は確かに私の心にあった。
でも、私だってやっぱり一人の人間だったわけで、
時が経てば、次第にその嫌悪感も薄れていった。

一二歳の時だった。
 初めてうれし泣きをした。
 私は涙は負の感情を示すものだと思っていたけれども、
 実はそれは全くの誤解だった、
 そう理解することができた。
 このときには、もうあの子は私のそばにいたっけ。
 
 一六歳の時だった。
 初めて人を好きになった。
 これまで経験した中で、一番強い感情だった。
 その感情は言葉ではこれ以上言い表せない、
 少なくとも私の知っている言葉では。

 三〇歳ぐらいだっただろうか。
 私に初めて彼氏ができた。
 周りからは、そしてあの子からは遅いと言われたけれども、
 私は全然構わないと思った。
 それだけ、あの人が良かったから。
 それだけ、あの人に付いて行きたかったから。
 それだけ、あの人に尽いて生きたかったから。

それから何年後だっただろう。
 あの子が消えた。
 唐突で、真っ黒で、そして何故か馬鹿馬鹿しくて、
 でも、それでも真実で。
 私は泣いた。
 泣いて泣いて泣き崩れて、
 壊れて壊れて壊れつくした。
 それでも、まだその時は良かった。
 私にはまだあの人がいたから。

 これは鮮明に覚えている。
 その出来事から丁度三年後だ。
 あの人もいなくなった。
 私はもちろん冗談だと思った。
 冗談だと思おうとした。
 でも、これも嘘じゃなかった。
 真実だった。
 確かなのに、不鮮明な真実だった。
 だって、いきなりだったから。
 私は泣いた。
 前よりも泣いた。
 前よりも壊れた。
 でも、私は思っているよりもさらに恐ろしい生き物だった。
 何故なら私はその悲しみをも簡単に忘れることができ、
 数年後には次の相手と結ばれるのだから。

 そのまた十年後。
 私の体がおかしいことにやっと気付けた。
 だって私はその時には十分歳をとっていたはずなのに、
 容姿が十六歳の時とまるで変わっていなかったのだから。

 あれから何千年経っただろう。
 あれから何人の人間と別れただろう。
 もうこの世界には私以外誰もいない。
 みんな消えていった。
 あるものは天命に従って、
 あるものは人の手によって、
 あるものは自然の手で、
 みんな灰になった。
 でも、私は生きている。
 でも、別れていった人たちは、みんな消えた。
 悲劇的で、喜劇的で、でも普遍的な結末だった。
 別れていった人たちは、みんな私の事を好きと言った。
 私も、好きだった、はずだった。
 でも、そのせいで悲しみが増したのも真実だ。
 私はどうすればいい?

 それから数日。
 私はあの場所に来た。
 あの人と一緒に来たこの場所。
 私が一番初めに「付いていく」と誓った人。
 あの人は見ているのかな……?
 まあ、いっか。
 もう、いいよね……?
 私だって死にはする筈でしょう……?

ひゅん。
 落ちる。
 私の足が、胴体が、腕が、そして頭が、
 地球の思し召しによって落下する。
 「じゃあね。どうかお元気で。」
 誰に言ったのかは知らない。
 全く、最後の最後まで何がしたいんだか。
 暗い、冷たい闇が迫って来る。
 闇と私が接触する。
でも、何故かまだ寒くはなかった。
むしろ、温かかった。
 『まだ、残っててくれたんだね』
 ああ。
 私の心って、
 まだこんなにも白かったんだ……

3学期 by杏

2014年05月04日
   雪の御伽噺(フェアリーテイル)

彼女は一体、誰だったのだろう。

雪が降る夜に現れ、
雪が融けはじめる朝に去った。

銀色の髪と白い肌は、この世に生を賜った者と思えぬ程美しく。
身にまとうワンピースは、まるで絹のようで。
突き抜けるようなスカイブルーの瞳は、いつも微笑んでいた。

彼女がいるだけで、明日も幸せだ、そう思えた。

なのに。
僕が〝好きだ〟なんて言ってしまったから、
彼女は僕の元を去った。

雪の結晶を、枕元に置いて。

僕は、もう一度逢える日を待ちわびながら、
あの子がくれた結晶に、そっと接吻(くちづけ)る。

  臆病な死に神
イェーガー
 雪が降り注ぐ乾いた空気に散発的に銃(がっき)の音色が響き渡る。一発だけの銃の音色や連続した銃の音色、規則性がある銃の音色、それぞれが折り重なって一つの音楽を奏でている。でもその音楽の中に一つだけ、歪な銃(がっき)の音色が響く。その音色は他の銃の音色を寄せ付けずその音色を上書きしていく。それにより一つの音楽を奏でていた銃は少しずつ上書きされ、消えていく。他の銃はその歪な音色を止めようとするが、敵わず上書きされていく。一つ、また一つ上書きされ、最後に残っていたのは、音楽を奏でた奏者と、歪な音色を持つ銃だけだった……。
「……終わったの?」
 紅い軽機関銃を持った少女が言った。
『さあ?どうだろうね』
 その少女以外の誰かが言う。でもそこには少女以外に人はいない。通信機も持ってない。
「あなた人の気配とかわかるでしょ。それで調べてよ」
 その少女は紅い銃に向かって語りかけていた。
『お? 言ってもいいのか?』
 そしてその紅い銃はその少女の言葉に答えた。
「……やっぱりいいよ。痛い目に遭いそうだし」
 少女は紅い銃の言葉に弱気な言葉で答えた。
『その方がいいだろうよ。てかお前もうちょっとどうにかならないのか? だから臆病者の死に神と呼ばれてるんだよ』
 紅い銃はその少女を臆病者の死に神と言った。
「はぁ……うん。もういないみたい」
 臆病者の死に神と言われた少女は少し臆病な様子であたりを見回しながら言った。
『もう終わりか。呆気なかったな』
 紅い銃がつまらなそうに言う。
「もうこんなのこりごりだよ……」
 少女が疲れた声で言う。
『俺を拾ったお前の運命だ』
 紅い銃がからかうように言う。
「拾わなければよかった……」
 少女は嘆くように言う。
『まあまあ、そんなこと言うなよ。そんなことより今のうちに移動しようぜ』
紅い銃は少し真面目な声で語る。
「……そうだね。あいつらもいつ来るかわからないし」
 少女がそれに賛同する。
『ああ』
「でもどこに行こうかな……」
 少女は頭をかしげながら考える。
『南に行くのはどうだ?』
 紅い銃が思いついたように言う。
「うーん……そうしようか」
 少女は再び賛同する。
『そうしようぜ』
「ならもう移動しようか」
 少女は服に付いたほこりを落としながら言う。
『だな』
 今度は紅い銃が賛同する。
「それにしてもあいつらしつこいな……」
少女が疲れた声で言う。
『それだけお前のことを恐れてるということだろ』
「私普通の高校生だったのに……」
『今じゃ臆病者の死に神だもんな』
「言わないでよ……」
『ハッハッハッ』
紅い銃が乾いた声で笑う。
「もう……」
『まあそんなことより弾とか色々と大丈夫なのか?』
「うん。弾や他のものはまだ余裕があるよ」
『あの日とかも大丈夫か?』
紅い銃がからかうように言う。
「……これってどこもいだら喋らなくなるのかな……」
少女がそう言い紅い銃に力をかける。
『え、あ、ちょっ、やめて下さい。死んでしまいます』
「じゃあもう言わない?」
『決して言いません。ちょ、折れる折れる』
「……はぁ」
少女が力をかけるのをやめる。
『そんなにため息ばっかついてると幸せが逃げるぞ?』
「誰のせいだと……」
『誰のせいなんだろうな』
「もう……」
『そんなことよりもう行こうぜ』
「だね……行く先は……適当でいいか」
『だな。今までどおりに気楽に行こうぜ』
「私は気楽じゃないんだけど……」
『細かいことはいいんだよ』
「はあ……」
『さ、行こうぜ』
「わかったよ……」
少女と紅い銃はそこを離れる。屍を踏み越えて、赤い水溜りを避け、鎮魂歌(レクイエム)を奏でた場所から背中を向け、臆病者の死に神と歪な音色を持つ銃(がっき)が、姿を消す。








後書き
はい、一体何が書きたかったのでしょうか(二回目)。お題を決めてもらって締め切り三日前から始めたらこれ続きあるだろ、的な作品になってしまいました。どうしてこうなった。
 たぶん続きはだすと思います。これだけだと何が何なのか分からないと思うので……ではまた次の作品で。

3学期 by魅烏

2014年05月04日
  とある月夜の出来事
魅烏

去年の三月、私は令(れい)の隣で眠っていた。
いつもいつも令の事を想って笑っていた。
今年の三月はそんな令が隣にいない。

 ***

私と月宮(つきみや)令の関係は、月宮財閥が経営する図書館の雇い主と一従業員というだけではなかっただろう。いや、正直に言おう、私たちはたぶん恋人と呼んでいい関係であった。「あった」と過去形なのは、私たちは離れる決心をしからだ。
別に喧嘩をしたわけではない。お互いに憎み合うほどの出来事があったわけではない。ただいつかはこうなるべきだった。そしてその日が訪れた。それだけのことだった。私はその言葉をもうずっと前から覚悟をしていたし、その日が近いことだってわかっていた。
それなのにいざその時がくると、ふと鼻を掠めた令の髪に、いつも当たり前のように近くに感じていた令のかおりに、あふれ出る涙を止めることができなくなった。
最後の最後であっても令は、「冬香の事を嫌いになんかなれない」という言葉をあまりにも辛そうにそういうものだから私の涙は止まらなくなった。ああ、この人は本当に酷い人だと思った。私は溢れんばかりの令への想いも必死で押し留めているのに。そんな私の決意も努力も全て無にしてしまうような甘い言葉を囁く。そんな事を言うくらいなら、いっそ「嫌いになったから別れて欲しい」くらいの事を言ってくれたほうが優しさだと思った。
もうこれ以上私に近づかないで欲しい。
令を感じさせないで欲しい。
そう思ったら、何かのスイッチが入ってしまったかのように、私の頭の中は令との楽しかった思い出ばかりがよみがえってきた。

 ***

昔はずっとこのまま一生一緒にいられるものだと思い込んでいた。ただ私は令が好きだと、令も私を好きでいてくれるという想いだけで何でもできる気がしていた。
 しかし大学を卒業し、令に誘われるがままに一緒に働くようになって突きつけられた現実。立ちはだかった令と私の間に置かれている身分という壁。令は日本有数の財閥の一人娘で、いずれはその全てを継いでいかなければいけない立場だった。何についても有能な令の事だから、手掛けている事業のことはそれほど心配もしていなかったし、きっとうまいこと月宮財閥を発展させていけるのだろうとは思った。
そうなると次に問題として浮上してくるのは世間体。令には適齢になれば結婚して後継者を残すというごく当たり前の事が、ある意味義務として付きまとうことになる。
そして私とではそれはできない。
令を微力ながら支えることは頑張ればできるかもしれない。でも、私は女で、どんなに頑張ったってそれは変えられず、令に子どもを授けてあげることはできないし、令の恋人でそして将来を約束した仲であると胸を張って表舞台に立つことなどできるわけがなかった。
その事は令の父親にも念を押された。
数日前、図書館を訪れた令の父親は私に数枚の見合い写真を持ってきて
「この中で令にはどの人が合うだろうか。私なんかよりもずっと長いこと傍にいる君の方が、令の好みや性格を知っていると思ってね」
と、言った。にこにこととても紳士的なその顔の裏に隠れた悪意に私はうまく返答することができていただろうか。
令の父親には令から私のことを恋人だと、一生添い遂げるつもりだと紹介してもらった。その事に令の父親は、「お前達の関係に口出しするつもりはない。ただ、この家を継ぎ、多くの従業員の生活を支えるという義務があることだけは忘れるな」と答えた。
完全に認めてもらっているとまではさすがに言わなくてもここまであからさまに拒否されるとは思っていなかった。現実は厳しいのだと再認識した。
「そんなこと気にしない。言いたい奴には言わせていればいい。後継者だって今時世襲なんて古いんだよ」と令は何度も私に言い聞かせるように言ってくれた。だけどその言葉を鵜呑みして、ただ自分の幸福のために令が世間から後ろ指を指されるのを黙って見ていることなど私には到底できそうになかった。
いつか離れる日の為に令と距離を少し置くようにした。令がそれを望まないことは分かっていた。自惚れかもしれないけれど、令はきっと世間体や他人(ひと)からの視線や評価よりも私を選んでくれるだろう。だけど、これは令だけの問題じゃない気がした。だから少しでもお互いの傷口が浅くすむように、私は自分の心を殺した。
悔しかった。誰よりも令のことが好きで、愛していて、ずっと一番近くで令を見てきて、この想いは誰にも負けない。それなのにいとも簡単にその座を家柄がよく、男性であるということだけで、名も知らぬ誰かに奪われてしまう。なんていう理不尽。どうしてそれが私ではないのだろうか。別に男に生まれたかったと言うことではない。私は令を支え、いつだって令の一番の味方でありたいと思った。嬉しいことも悲しいことも、令の一番近くで一緒に感じていたいと思っていた。いや、今だってそう思っている。それなのに……。悔しくて悔しくて私は唇をかみ締めた。
私は相も変わらず令が好きだ。令が好きだからこそ、私は令から離れたいと願っている。愛しているからこそ、私は令の枷にはなりたくない。

 ***

「どうした?」
私はこみ上げてきた涙ぐっと飲み込んだ。令に最後の我儘を聞いてもらってからはもう泣かないと決めた。決めたはずなのに、静かに涙を流す令を見ると、思いがけず自身の瞳からも涙が零れてしまった。本当に詰めが甘い人だと思った。別れを切り出しておきながら泣くなんて反則である。もう無理だ。これ以上自分の心を殺すことも、令から離れることもできない。一度零れ落ちた涙は、堰を切ったように溢れ出し、止め処なく流れ出した。そしてその涙と共に、私の口からも止められなくなった想いが言葉として溢れ出た。
「嫌なの……。令が誰かを……私以外の誰かを傍に置くのは嫌だ!」
令の枷にだけはなりたくなくて、令の華やかで順風満帆な未来を奪うことだけはしたくなくて、愛する人の幸せが自分の幸せだなんて一生懸命に言い聞かせて我慢してきたのに……。感情的に言葉をぶつける私をそうやってどこか冷静に眺めている私がいた。しかし、一度口から零れてしまった言葉をとめることなどできなくて、私は令に叩きつけるように全てを吐き出した。
「好きなの。令が好きなんだよ! もし令が私以外の誰かのものになるのなら私は令を殺してしまいたいぐらい好きなんだよ!」
月明かりが照らし出す令の顔はまるで陶器でできた人形のように思えた。このままその白く細い首を絞めて、令を殺してしまおうか。そして私も一緒に死んでしまおう。そんな馬鹿げたことを考えている自分に呆れる。
「令とずっと一緒にいたい……。でも私が一緒にいたら、令に後ろ指を差される生活をさせてしまうかもしれない……。仕事にも影響が出るかもしれない……。だけど! それでも私は令が欲しい! ごめんなさい、ごめんな……」
「僕はお前だけを愛している」
 令は令らしくもない切羽詰まった声で私の言葉おさえぎると、私の頭を抱え込むように抱く。
「冬香。僕には冬香が必要なんだ。冬香がいないと息をするのも苦しい。冬香は私を本気で殺す気なの?それならそれでも構わない。だけど、それなら冬香も一緒に死んで」
令は私の頬を手で挟んで顔をあげさせると、まっすぐに私を見据え、全てを見透かすかのような瞳を私に向けた。
私はそんな令の顔を引き寄せて唇を重ねた。初めて自分からしたキス。私は初めて自分から令を求めた。
「うん。一緒に死のう。でも、まだ死ぬには早すぎるよ。私、令とこれからしたいことたくさん、たくさんあるんだからね」
 私は何度も何度もキスをした。
今求められているのは覚悟だ。
それは、令から離れる覚悟ではない。
令と共に歩みつづける覚悟。
私は令が進むべきだったごく当たり前の生活を奪ってしまったのだから、その分令を支え、慈しみ、深い愛情で令に幸福を与え続けなければならないと思った。それはもちろん強制されたことではなくて、自ら望んだことだ。

***

「令、大好き……。これからずっとずっと、ずーっと一緒にいれるなんて私は幸せだなぁ」
「ん? どうした? 眠い?」
私の身体をソファに押し倒しながら令は私の唇を塞ぐ。そのまま甘いキスを繰り返す。嬉しいのに、眠くてうまくこたええられない。意識が薄れていく。
「今夜は月がきれいだね」と令が言ってくれた気がしたけど、現実だったのか、夢だったのか。今はもう定かじゃない。

   白身魚の死
風船犬 キミドリ
 彼は、そこそこ都会といった雰囲気の街の道を歩いていた。カジュアルでありながらそれなりに洒落ているというような格好で、特に何に目を向けるわけでもなく、ただただ歩いていた。彼はどこへ向かっているのだろうか。実は彼もわかっていないのではないだろうか。いや、そうではなかった。彼は左腕にはめた腕時計を確認すると、少し慌てたような顔をし、きょろきょろとあたりを見わたす。が、目的のものは見つからなかったようでポケットから携帯端末を取り出すと、不慣れな手つきで何かを入力し、しばらく画面を見つめた。そして彼は先ほどより少し早足で歩き始める。携帯端末を握り締め、ちらちらとそちらに目を向けながら不安げに道を進む。
 そこへ、一人の女性が姿を現す。彼と同じくらいの年齢と思われる彼女は、彼よりも着飾り、若造りしているようにも見えるがそれなりに整った顔立ちで、スタイルも悪くない。彼は彼女を見るとほっとしたような顔をし、彼女へ近づく。彼は何事かを彼女に伝え、彼女はそれに答えた。
 二人はしばらく一緒に歩き、やがて大きなビルの前にたどり着く。ここが彼らの目的地なのだろうか。デートにしてはいささか不自然な場所だ。しかし二人はビルの裏手に回るとそこでひっそりと営業しているカフェへと入っていった。
 カフェのなかにはこの店の店主と思われる老齢な男性が不機嫌そうな顔をしてカウンター内にいるだけで、他の客の気配はなかった。二人が席に着くと店主はすぐに二人のもとへとやってきて水を並べた。あまりに乱暴な置き方だったため水が若干こぼれたが、三人のうち誰も気にした様子はなかった。
 水を一口飲んだ彼はメニューも見ずにブラックコーヒーを二人分注文する。彼女は全く口を開かず、ただぼんやりとこぼれた水が傾いたテーブルを流れていく様を眺め続けていた。
 不機嫌な顔をした店主がカウンターへせかせかと戻っていったあと、彼女はようやく口を開いた。
「そろそろ本題に入ろうじゃないの。私は何をして、あなたは何をするのか。それを教えてもらわないとこれは渡せないわ」
彼女の言葉を聞いて、彼は少々焦燥感を顔に出しながらも、落ち着き払った調子で笑いながら答える。
「ああ、それなら心配ないよ。僕らは確実に目的を達成できる。君がそれを渡してくれるならね。痛みもないし苦しみもない。あるのはまどろみと幸福感と現実からの解放だ。これは最大の放蕩で浪費だといえるね。なにせ……」
「お待たせしました、コーヒーです」
ちょうど店主がコーヒーを運んできたので彼は言葉を切った。そして一息つこうとコーヒーを飲む。彼女も彼に倣ってカップに口を付け、紅いルージュの痕を残した。しかし彼も彼女もすぐにコーヒーを飲むのをやめた。何故ならそのコーヒーはアメリカンといったわけでもないのにカップの底が透けて汚れが見えるくらいに薄く、まるで泥水か何かのようにまずかったのだ。彼のしかめっ面がそう言っていた。
「話の続きは?」
同じくしかめっ面の彼女が彼に続きを促す。
「ああ、そうだったね。なにせこの行為は……」
彼は、ここでこらえきれないというように、歯をむき出しにしてにたりと笑うとこう告げる。
「この行為は人ひとりの人生そのものをまるごと一気に使い切ることになるんだからね」
「それは爽快ね、きっと。私たちはその一瞬の快楽を必ず得られるのね」
「ああ、そのとおり。まあそれは君が本当に、本当の本当に…………自殺するほどこの世界に嫌気がさしているならね」
「心配ないわ、すぐにでも死んでしまってこの汚れた世界から解放されたいの」
彼がニヤつきながら放った言葉に同じく口角を釣り上げて返事をする彼女。二人はまずいコーヒーを前に凄絶な笑みをその顔にたたえていた。
 二人は店を出ると倉庫街の方へと足を運ぶ。
「自殺に倉庫街とは……最高のロケーションね」
「じゃあドラマにでもでてきそうな崖が良かったのかい?」
「まさか、そんな華々しく散っていこうなどと思わないわ。この世界に未練なんてないわけだし」
それから二人は黙ったまま歩き続けた。
 倉庫街に着くと彼は彼女にポケットの中身を要求した。
「これが一人分。結構高かったけど、どうせ死ぬんだし貯金は使い切ってきたわ」
「そうかい、ならいいよ。僕たちはこの世になんの未練も残してはいけないのだから」
二人は顔を見合わせ穏やかに微笑み合う。
「最後に聞くよ。君は本当に死んでもいいのかい?」
「何度言わせるの? 私は現実から解放されたいの。とっとと死んでしまいたいのよ」
「これは哲学で一番大切な問いだ。自殺するべきか否か、今後の人生には本当に苦しんで生きる価値がないと言えるのか。さあちゃんと二人で考えようじゃないか」
「本当に何度言わせるの? あなたがなんと言おうが私は死ぬの。あなたが怖がって意味不明な質問をなげることによって時間稼ぎをしているというのなら、私はとっととこれを飲んで死ぬわよ」
「まあ、そんなに急くことはないだろう? 時間ならいくらでもあるんだ」
「いいえ、時間などない。私はもう現実世界でこうやって生命活動を行うということに疲れたのよ! 今後の人生? そんなものいらない! あなたの言うように一瞬の快楽に身を投げたいの!」
彼女の激昂に、彼は長い沈黙を挟んでから答えた。
「オーケー、了解だ。君はもうこの世に生きる価値がないと思うんだね。それならばそうだね、君はこの世で生きている価値がない。とっとと死ぬのがベストだろう。僕と一緒に死んでくれるかい?」
「ええ、もちろん。あの世で会いましょうね。もしあの世があってこの世よりましで私の存在する価値がそこにあればだけれど」
彼女は冗談めかした調子で笑うとなんのためらいも見せずに握り締めたそれを飲み込み、それと同時に彼も飲み込む。二人の内蔵がそれを処理しようと働き始める。次の瞬間ごぼりと口から血を吐くと彼女は笑みを浮かべたまま、彼は何かを諦めたかのような表情のままこと切れた。

 「ふう、やれやれ。彼女もまたダメだったのか」
二体の死体に近づく男。格好こそ変わっているものの、その男はまさに彼だった。
「まったく世も末だな。いや、ここが世の末というべきか」
彼は死体を袋に詰めて鍵の開けてある倉庫の中へと運び入れた。
 何十個と並ぶ倉庫の中身は全て彼と、彼と一緒に死ぬことを選んだ憐れむべき人々の亡骸だった。地獄だろうか、いや違う。ここはむしろ天国なのだ。死を望みつつも、一人では死ねない人々が安心して死んでいった幸せに満ちた場所。それがここだった。




あとがき
 あけましておめでとうございます、キミドリです。今回、本気で原稿落としそうになりました。今まで皆勤なのにここで落とすわけにはいかない! 部活くらい皆勤で! と頑張ろうとした結果、申し訳ないことにストック放出、という形になりました。言わなきゃばれなかったのに。 
 で、ちょっと不安なのがこの話既に部誌に掲載したことあるような気がする点です。大丈夫かな……(言わなきゃばれなかったのに)

もし、これが掲載済みだったとしたら申し訳ないので、今回のテーマ「白色」についての思考をダダ漏れにしたいと思います。


 私は普段、病弱虚弱と罵られることがとても多いのだが、病院には最近あまりお世話になっていない。そんななか、これは珍しくちゃんと病院へ行った時のことだった。
 最近の病院は白一色の無菌室のような、というイメージではなく、暖色系の色合いや木で出来ているような雰囲気を与えるものを多く置いている。この理由については心理学的な話になるので今回は割愛する。
 しかし、私の行った病院の診察室はやたらと白かった。先生を待つ間、私は一人診察台に寝転がっていたのだが、だんだんと妙な気分になってきた。
 この部屋の扉はすべて白色で塗りつぶされ、私は白色の中に閉じ込められてしまうのではないか。徐々に白色が私を侵していくのではないか。
 白色というと、無個性的で、紙の印象だろうか、弱いイメージを何となく思う。しかし、白色は人の心をその上に描きだし、それに直面させて不安を呼ぶ。圧倒的に純粋な「白色」は、複雑な人の心とは馴染まずに、人の心を内側に取り込んで染め上げてしまう。そんな気がした。
 日本人は白色に神聖さを見る。部屋を囲う障子の「紙」は「神」に通じるし、米だって栄養価ではなく「白米」であることにこだわる人が大多数だ。真っ白であることに神聖さを見るのは、やはり恐れからなのかもしれない。

真っ白な原稿、真っ白なワードの画面、真っ白の頭の中。なるほど締め切り前に覚える、異様な、体の内側に走る寒気の原因は白色だったのか。                         
おわり 

3学期 by月夜猫

2014年05月04日

 小さな世界
月夜猫
 空には三つのお月さま。
 淡いピンクの満月に、青白く濃い半月と
 最後はいつも泣いている 姿を見せない黒い月
 太陽はここにありません
 でも、月が三つあるので 太陽は必要ありません
 深い深い 綺麗な夜を 月はほのかに照らします
 暗い暗い 惨めな闇を 月はやっぱり照らします
 太陽は私には眩しすぎて
 全て見透かす柔らな光
 全て照らしてしまう強い「陽」
 それから私は逃げました。
 一つしかないものなんて、嫌で
 私は一つしかないものを消しました。
 それは、私の臆病だったのかもしれません
 失うことが、怖くって
 つくらなければいいのだと。
 何かに甘えたくてたまらない
 弱い私はなぜここに?
 手に手を取り合う仲は
 とても脆弱で近づけない。
 壊れる事が怖いから
 変わる事が怖いから
 私は今日もゆらゆらり
 言い訳、嘘がぺらぺらり
 貴方に嫌われたくなくて
 貴方が離れてほしくなくて
 相手を気遣う嘘なんて 私の口から出やしません。
 出るのは、保身の嘘ばかり
 ねえ、月が綺麗ですね。
 ねえ、そうだと言ってくれませんか。
 ねえ、どうして誰もいないんですか。
 私が入ることを許さないから。
 こんな私の中に入ろうと
 ノックの音が聞こえました。
 私はそれを無視しました。
 また、ノックの音が聞こえました。
 ある時、私は外に出て ずっと立ち話をしたのです。
 話していると、楽しくて。
 だけれど、それでも、私はやはり
 また会う約束をして、その人を中に入れませんでした。
 いろんな人が通り過ぎます。
 ほとんどの人は気づきません。
 その中に太陽がないことも
 月が三つあることも
 ずっと夜であることも。
 ああ、カササギ、私のカササギ
 小舟に乗って 羽を被って
 どうか、唄を私に。
 銀の海に頼りなく 揺れる鳥籠、ぎこぎこと
 歪な旋律を、どうか私に。
 それを聞いて 静かに沈み
 私は海に溶けていく。
 遠くなる歪な旋律と
 それは少しの安心感。
 悲しいことがありまして
 憎いこともできまして
 忘れたいこともありまして。
 手放すことができたなら
 それはどんなにか素敵でしょうと
 私は今日も泣くだけです。

 ああ、今日も月が綺麗です。
 私の中で、それに同調してくれる
 そんな人など要りません。
 ただ 願ってもいいのなら
 月が一つの外の世界で
 チョコレートでも一緒に食べてくれる
 そんな人が いいのです。





あとがきー
 はいぶっ放しました。とりあえず何がやりたかったんでしょうね。自分の中の世界でしょうか。己の意思でしょうか。決まった事はわかりませんね。なんだかいろいろトチ狂っておりますが気にしないでください。
 文芸部誌「海琴」を手に取っていただき、そしてこんな月夜猫の作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。
 二〇一四年の幕が開きましたが、今年も文芸部誌部員ともどもどうかよろしくお願いいたします。

3学期 by勿忘草

2014年05月04日

  その先
勿忘草
“完成”を求め

“完成”のない道を

はしる

“結末”に惑わされ

“結末”のない道を

はしる

“自分”という価値

“自分”の答えがない道を

はしる

“未知”を嫌い
 “未知”のない道を
 
 はしる
 
 “完成”のないガラクタ
 
 “結末”を恐れる弱虫
 
 “自分”がない人形
 
 “未知”を嫌う過去
 
 その先
 
 そのはしった先には
 
 何が見える?
 
 何が聞こえる?
 
 わからない
 ただ今日も
 
 淡々と平凡に
 
 生きるのみ
 
 ガラクタは
 
 弱虫は
 
 人形は
 
 過去は
 
 どうなるのか?
 
 その先に
 
 何が見える?
 
 その夜は
 何をもたらす?
 
 わからない
 
 わからないから
 
 その先へ
 
 ただひたすらに

 はしるのみ


戯言

はい、皆様こんにちは。勿忘草でございます。さてさて、今回は詩のようなものを書いてみました。私の中でのテーマは“人”です。ちなみに、はしる=走るではないのでご注意を……。……はい……すみませんでした。
このような拙いモノを読んでいただきありがとうございました。
                  心からの感謝を 勿忘草

3学期 by青い怪物

2014年05月04日

夜をこえる

夕日が世界を赤く染める頃
赤い赤い空の下で君は僕に言う。
「今日で別れよう」
当たり前だった日常が君のたった一言で崩れ去る。
僕は何も言えない。
勝手に大人びて、誰かに弱い所を隠すようになって。
歳を重ねて、本音を言えなくなって。
僕には君を引き留める資格が無いような気がして。
嘘を重ねて、さらけ出せなくなって…
いつから君は我慢していたのだろうか。
いつから君は僕を嫌いになっていたのだろうか。

君の存在が当たり前過ぎて見えていなかったのだろうか。
こんな日が来るのなら君をもっと大切にすればよかった。

終わりが近づけば、始まりが懐かしくなる。
こんなときに限って付き合った日の事を思い出す。
特別だった事が当たり前になったあの日。
当たり前だったことが特別に変わる今日。

今日の町はいつもと違う空気に包まれていた。
繁華街のネオンの光も重く暗い。
月が消えていく。
君が電車に乗り込む。
僕はまだ君に何も言えない。
君の電車が明日へ動き出す。
君の姿が見えなくなっていく。
君との最後の夜が過ぎていく。
「ああ、行かないで、夜をこえないで」
僕はそう言って追いかけていく。
遠くに行った君にはもう届かない。
時計の針は止まらない。
君が去ってく。僕が何を言おうとしても。
君が消えてく。僕が心で泣いていようとなかろうと。
君は幸せな夢を見て、僕との日々を忘れ去っていくのだろう。
僕は幸せな夢を見ることができるのだろうか?

 「好きと嫌いは紙一重だよ」
昔、君が僕に言った言葉の意味が
今、少しだけわかったような気がした。
月が消えた。街が朝の空気に包まれる。
別れを受け入れても思い出(きおく)は消えてくれない。
半年経っても、一年経っても完全に消え去ってはくれない。
『別れ』あの子と一緒に思い出も連れ去ってくれ。
ほら、二年経ってもまた君のことを思いだす。

会いたくて、会えなくて。
ほらまた心が君を求める。

ふと思う時がある。
君を嫌いになれればどれだけ楽だったのだろうか。
僕はあの時どうすれば良かったのだろうか。
君は僕にたくさんの物を残してくれた、
僕は君に何か残せたのだろうか。

僕の中の誰かが言った「君が幸せならばそれで良い」
そう思いながらも僕は君を求めてしまうだろう。
一人悲しみと同じリズムで歩く思い出の通学路。
黒い傘に雨があたる音だけが聞こえる。
分厚い黒い雲が空を隠す。

いつ終わるかな。明日が見えない日々は。
いつ終わるかな。明日の欠片をを探し続ける日々は。
どうだろう、僕は幸せな夢を見ることができる日が来るのだろうか。
僕の心は今もまだあのホームで未来を探していた。


一〇九六回目の朝日が昇る。
僕の時が動き始める。
ホームからは見ることのできない未来へ歩を進める。
僕だけが見られる未来へ。
僕の幸せな夢に向かって。

3学期 by深智

2014年05月04日

Nothing, but
                             深智
  ◇
 彼女は、なぜ自分が生きているのか、よく分からないでいた。
 きっと、誰も、彼女がそんなことを思っているとは夢にも思わないだろう。彼女はどう見てもただの少女であった。椅子に腰かけ、文庫本をめくる様子は、普通の高校生のそれであり、何も変わったところは見受けられない。けれど、物語を理解する脇で、彼女の思考は、自らの生について疑問を投げかけていた。
ただ淡々と毎日を過ごすだけで、きっと何も成し遂げない私が、どうしてまだ生きているのだろう。ページをめくる度に、憂鬱がむっくりと顔を擡(もた)げる。目標も、目的も、守るものも無い私が、なぜ今、のうのうと生きているのだろうか。
 彼女が悩みにふけっていると、ふいに、元気のよい足音が近づいてきた。ああ、決まったのね、と独り言を言うと、彼女は思考を止め、文庫本を閉じ、足音の主の到来を待った。
「おねーちゃん、この本かりていい?」
 ばたばたと彼女の元にやってきた少年は、少し控えめな声でそう言った。彼女は数年前から、親の帰りが遅い少年の面倒をみることを頼まれていた。今日は、本が読みたいとせがむ少年を、近所の図書館に連れてきていた。
「いいけど、ちょっと難しいんじゃない?」
 本と少年の顔を見比べて、彼女はそう言った。なんだか小難しそうな表紙と、底なしに明るい笑顔とでは、まったくもって釣り合わない気がした。
「えー」
 と、少年は不満げな声を出したが、すぐ自分がいた本棚の方へと走って行った。そろそろ自分の借りる本も決めないといけない。彼女は立ち上がり、さっきとは別の本を探そうと、本棚の周りをゆっくり歩いた。
 タイトルを目で追いながら、また彼女は考えを巡らせていく。
 自分がこんな風に考えるようになったのは、一体いつからなのだろうか。浮かんできた答えは一つではない。両親が離婚した日、姉と比べられ、叱られた日、クラスで孤立し始めた日。きっと全部が原因なのだろう。ひとつずつ、彼女は階段を踏み外し、いつの間にかこんな所に落ちてしまっていたのだ。
 あれ、と、彼女は小さな声を上げた。そして数歩後ろへ下がり、今自分が見たものは本当であるのか、確かめる。
 少女の視線の先にあるもの。それは名だたる名著の間に挟まれた、タイトルも、表紙絵も、作者名もない、真っ白な本であった。驚いた少女は本に手を伸ばす。表紙を開いても、白いページが続くばかり。首を傾げて、その本を元の場所へ戻そうとすると、
「えっ……」
 先ほどまで何もなかったはずの表紙に、文字が浮かび上がっている。
「たい、せつ……」
 浮かび上がったのは、きちんとタイプ打ちされたように美しい、“大切 ”という言葉だった。
 彼女は本のページを急いで捲ったけれど、やっぱり白紙のページが連なっているだけで、特に変化は無い。変わったのは表紙だけだ。
 気持ち悪い、と思い本を元に戻そうとした丁度その時、少年が息を切らせて彼女の元へ来た。
「おねーちゃん、こんどこそ、いいでしょ」
「うん、いいよ、うん」
 少年の顔もろくに見ずに彼女はそう言って、彼と一緒にカウンターへと向かった。しかし、彼女はその手にあの白い本を、しっかりと握っていた。なぜ返さなかったのだろう。それは、好奇心のせいなのか、はたまた別の何かであったのか、彼女自身も、その答えはよくわからなかった。

 ◆
 そう言えば、誰もこの白い本について、何かを言う人はいなかった。少年の手を引き、外を歩いているとき、ふと、そのことを疑問に思った。少年も、カウンターの人も、周りの人も、白い本などまるで見えていないようにふるまっていた。一体どういうことなのだろう。そんなことを思っていると、いつの間にか少年の家に着いていた。
「あしたも、遊んでくれるよね」
と、少年はきらきらとした瞳で問うたが、彼女はそれに生返事を返し、そっけなく手を振ると、その場をすぐに立ち去った。
 少年を家まで送ると、静寂の時が彼女を待ち受ける。家に帰る途中、誰かに会うことはまずないし、家に帰ってからも、家族と顔を合わせることはほとんどない。両親は遅くまで仕事に出ていて、二つ違いの姉は、家を離れて一人、遠方の大学に通っている。ま、いつものことだけれど、と思いながらため息をつく。
  “大切 ”
 頭の中で、あの本のタイトルがちらついた。大切。そう言えば、と彼女は空を見上げながら考え始める。私の大切なものは何なのだろう。
 日の落ちた空に星はなく、色のない雲がうっすらと地上を覆っていた。その元で思考を続ける彼女の顔は、だんだんと暗い影を帯びていった。
 考えれば考えるほど分からなくなっていく。そもそも、「大切」とはどういう意味なのだろう。一言で「大切」と言っても、その重みは違う。
 たとえば、火事になった時、持ち出すものを考えてみる。それはパスポートであったり、預金通帳であったりといった、生活面で必須の物ばかり思い浮かぶ。けれど、それを墓場まで持っていこうとは誰も思わないだろう。
 反対に、死の淵に瀕した時、大切に思えるものを考えると、家族の存在や、今生きているということが挙げられるのだろう。けれど、それはその状況にいるから初めて分かることであって、平和に生きている今、それを大切にできるかどうかは疑問だ。結局、私が一番大切にしているものは何だろう。
冷たい目をした家族や同級生たち? それは「大切に思わなければならない」人たちだけれど、私は「本当に」その人たちを大切に思っているだろうか。アルバムや、家族写真、思い出の品々? そんなもの、と蹴落としてしまう心がいることを、彼女が知らないはずがない。じゃあ、何? 
 答えは、ひとつも浮かばない。
それが意味することに少し戦慄を覚えながら、彼女は家の鍵を開ける。

 ◇
 案の定家には誰もおらず、彼女は一人で夕食や家事を済ませ、気がつけば夜の真ん中の時刻であった。
 自室に入った彼女は、今日あったことをぼんやりと思い返してみた。ひっかかるのは、やはり、あの白い本のことだった。彼女は鞄の中からそれを取り出し、もう一度ゆっくり見てみることにした。
カバーには、浮かび上がった文字以外、変化はないようだった。少し安心して、彼女は表紙をめくる。
 すると、本のページ一枚一枚が、光を放ちながら一気にめくれていき、最後のページに達したとき、彼女は何かに手を捕まれた。
 その手は最後のページから出ていた。そして強く引っ張られたと思った丁度その時、何もかもが暗転した。


“あー、やっと、やっと出れた ”
 その声は、少女の様でも、老婆の様でもあり、彼女がいる暗闇の、どこか遠くから聞こえていた。
“ありがとうね、この本を開いてくれて ”
 少女には訳が分からなかった。自分は今どこにいるのか、さっき何が起こったのか。考えることもままならないほど、彼女の頭は混乱していた。
「ここは……」
 彼女の呟きに、その声は笑うように答える。
 “本の中だよ。さっき入ったじゃないか ”
 彼女はますます理解が出来なかった。何も答えない彼女を見透かすかのように、声は言葉を続ける。
 “まあ、分からないよね。あたしもそうだったよ。ちょっとぐらい説明しとかないと駄目かー、先代の義務として、ね ”
 声は咳払いを一つし、滔々と話しはじめた。
“あんたは今、本の中にいるの。で、その本っていうのは特定の人しか見えないし、触れられない。誰も、あんたがその本を持っているのに気付かなかっただろ? ”
  声の問いかけに、彼女ははい、と震える声で答えた。
 “その特定の人、っていうのが、あんたみたいな人。つまり、…… ”
 声は勿体ぶるかのように言葉を区切る。
“‘ 次の持ち主候補 ’、ってわけ ”
 いや、住人と言った方が正確な気もするけれど、と声は続けた。
“この本は、ま、言ってみれば、教科書みたいなのかな。……あたしも、言われるまで気がつかなかったけどね ”
彼女は暗闇の中を見渡した。答えを探すかのように、じっくりと。けれど、夜より深い漆黒が、全てを包むこの場所で、そんなものは見つかるはずがなかった。
彼女が沈んでいる所に、声は疑問を投げいれる。
 “あんた、この本を開く前に、何考えてた? 手にとって、タイトルが現れてから、何を思ってた? ”
 思い返すまでもなく、答えは明白だった。声は彼女の答えを聞く前に言う。
 “ここにはあんたが考えた事への、答えがある。あんたの考えは本当に正しいのか、そうじゃないのか。それをここでは教えてくれる ”
 彼女は記憶を辿る。私は生きている理由も、大切なものも何もない、と考えていた。けれど。
 “今、あんたはその場所で、どう思ってる? ”
 彼女は頬に涙が伝っていくのを感じた。帰りたい。戻りたい。この闇から出て、早く元の場所へ。その思いだけが彼女の全てだった。
「出たい。出して、早く、出して!」
 ふん、と声は、彼女の叫びを鼻で笑った。
“さっきまで、いらないと思ってたくせに ”
 声の馬鹿にするような調子のこの言葉で、彼女の心は瞬間に凍てついた。
 “まあ、いつか分かるよ。それがどんな事を意味していたか ”
 あたしもそうだったしね、と、なんだか懐かしむように声は言った。その音はだんだんと離れていっているような気がして、彼女はもう
一度、同じ事を大声で叫んだ。しかし、返ってきたのは、どこか冷や
やかな声だった。
 “あ、それと、あんたがどれだけ叫んでも、誰も助けに来ないよ ”
彼女の目は大きく見開いた。声はかまわずに続ける。
“次、あんたがそこから出られるのは、次に誰かがその本を開くとき。それは明日かも知れないし、明後日かも知れないし、数百年後かも知れない。それまで、あんたはそこで、ひたすら待ち続けるしかないの ”
 声はますます遠ざかっていく。そして、最後に一言だけ、言った。
“せいぜい頑張りなよ ”
  ◇
 
それから、どれほどの日が過ぎ去ったのであろうか。
白い本は、気が付けば、また元の図書館に移動していた。
今日は、そこにあの少年と、その母親の姿を見つけることができた。
「ねえ、おねえちゃんは?」
 少年は母親に問うた。母は不思議そうな顔をして、
「おねえちゃん? 誰のことを言っているの?」
と、叱るように言ったが、少年は不満げに、
「いっつも遊んでくれてたおねえちゃん! 約束したのに」
と、母親の目を見つめながら言った。そして、どこか遠くをぼんやり見て、
「あした遊んでくれるって。……楽しみだったのになあ」
と、小さく呟いた。

                         了
  あとがき
 はじめましての方ははじめまして、毎度な方はご無沙汰してます深智です。長らく小説を書いていなかったら、いつもの勘が取り戻せず、気が付けばこんな駄作になってしまいました……。スランプよりもブランクの方が大変な気がしますね。
ってことで、話のことについて少し。
 元々、この話はESSの「絵本製作プロジェクト第三弾(仮)」になるはずのものでした。が、話が暗いし長いしで英訳する気力がそがれ、巡り巡ってこんな形になりました。あ、別に私が病んでるからこんな暗い話書いたわけじゃないですよ? 私は至って健康です。ただ、明るい時にこそ、暗い時のことを思い出したくなるものなのですよ……。
で、この話、最初は「本からウサギみたいな小動物が飛び出して来たらかわいいよね!」という、友達との会話から始まったのですが、結局出たのは手だけですよね。他にも原案と大きく変わってしまったり、力量と時間不足で入れられなかったりしたシーンもちらほらとあります。小説の難しさを改めて痛感しました。あと、やっぱり三人称は嫌いですね。文才のなさが露見しまくりで何とも言えない感じになっています。
 ……、これ以上語っても悲しくなるだけなので、今回はこのぐらいで。
 それでは、次号でお目に書かれることを願って。


大空の蛍
俺様はティガー
「パパー、まだぁ」
娘の明らかに疲れた様子の声が聞こえる。さっきから歩きっぱなしなのだから当然だろう。子どもの手前、顔には出さないものの僕も疲れている。
「ん、もうちょっとだからな。もう少しがんばれ」
もう何度目かも分からない「もうちょっと」で励ましてそっとため息をついた。

 始めは娘の一言だったような気がする。
「ほたるって知ってる?」
絵本にでも出てきたのだろうか、得意げにそう聞いてきた。
「うん、知ってるよ」
「ほんと、見たことある?」
「あぁ、たくさん見たことあるよ。おばあちゃんの前の家に秘密の場所があるんだ」
娘に影響されたのか得意げにそう答える。すると、当然のごとく、
「見てみたい。つれてって!」
と返ってきた、こうなると長い。はぁ、言わなければ良かったかもしれない。

そんな訳で今に至るのだが、おかしい。記憶をたよりに蛍が見える場所まで来たのはいいが、一向に現れそうにない。さっきから周囲を歩いて探してみるものの、蛍はおろか川一つないありさまだ。昔のことだから忘れてしまったのだろうか。いや、それはないだろう、記憶力には自信がある。実際ここまで記憶通りだった。
「パパ、ほたるは?」
「もうちょっとな」
視線が痛い。ひょっとしたら、時間がまずかったのだろうか。夜出歩かせてはいけないと思い、日も沈まぬうちに出たのがまちがいだったのだろうか。
「パパ、暗いね」
「ああ、そうだな」
うん?あ、本当だ。もう日は落ちかけ辺りは薄暗かった。
「今日はもうあきらめて帰るか」
「いや」
即答だった。とはいえ、さすがにこれ以上探すわけにはいかない。暗くなっては危ないし、心配させてしまうだろう。なにより教育上よろしくない。
「もう暗いじゃないか。明日絶対連れてってやるから、今日はもう帰ろう」
「いや」
娘はとうとう座り込んでしまった。はぁ、まただ。こうなると、てこでも動かない。しかし、そうも言っていられないだろう。もう日は落ちている。
「なぁ、「や、パパは信用ならない」……」
どこで覚えてきたんだそんな言葉。
しかし、そろそろがつんと言わなければならないだろう。決してさっきのにイラっときたんじゃあない、うん。
「よし」
小声で小さな覚悟を決め、娘を叱ろうとしたその時、
「わぁ!」
と声がした。
蛍でもいたのだろうか。そう思い、娘のほうを見てみても、蛍なんて一匹も飛んでない。娘は空を見上げていた。不思議に思って視線を上にあげてみると、
「きれぇ」
「あぁ、そうだな」
空には一面に星空が広がっていた。そして、ふと思い出した。小さいころに見た景色が同じものだったことを。都会にはない吸い込まれそうなほど明るく怖い星空が何が何だか分からなかった感動を。記憶がよみがえる、そのあと知ったかぶりの友人に騙されて、それを蛍だと思い込んだんだったか。その翌年におばあちゃんが引っ越して
ここに来ることがなくなったんだ……。

一つ一つが存在を主張しあい、数百、数千の蛍の群れのような星空の下で僕は少し父親というものに近づいた気がした。
「パパ、すごいね」
「あぁ、あれが蛍だよ」
「違うよ、あれは星っていうんだよ」
僕の娘はいつのまにか、かしこくなっていたらしい。気がつけばこんなに大きくなっている。早く大きくなってほしいが、このままでいて欲しくもある。とりあえずこの場の時間だけはゆっくり進んでくれといつまでも祈っていた。

3学期 by清水玉

2014年05月04日

   何かを起こす古本屋 Ⅲ
清水玉
《前書き》
とある繁華街から逸れた小道を進んだ所に、古本屋と洋菓子屋が並んで建っている。それぞれの店では、美しく、営業用の微笑以外には常に無表情でいる女性の店員が、一人で働いている。いつもは人気がほとんどないが、たまにこれらの店にたどり着く人も、いたりする。


学校から急いで帰っている途中、猫を見つけた。道の脇にうずくまっていた。
「……」
 見た瞬間、どうしようか悩んだ。冬だから早く帰らないと暗くなる。でも猫は弱っているみたいで、放っておくのも気が引けた。
 数分後、私はその黒猫を抱えて人気のない小道に入り込んだ。

 行くあてはないけれど、とりあえず猫を診てくれる人を探さないと。キョロキョロと辺りを見回していると、何かの建物を見つけた。
「……本屋さん?」
 両手が猫を抱えていて使えないので、背中でガラス戸を押して中に入る。少し暗いけど、どこか安心できる雰囲気があった。なんというか、自分の家の屋根裏部屋みたいな。
「あのー、すみませーん……」
 しばらくすると、奥から綺麗な人が出てきた。でも目に輝きがなくて、少し怖い。そのお姉さんは私を見ると、笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃいませ」
「えと、猫を拾ったんですけど、弱ってるみたいで……」
お姉さんはチラリと私の抱えているものを見て、
「手当てします」
「あ、ありがとうございます!」
 猫を手渡すと、お姉さんは手招きした。
「こちらにどうぞ」
「え?」
「隣の店のケーキがあるんです」

 猫の左腕に包帯が巻かれていくのを見ながら、私はケーキを食べた。よく見ると、猫の瞳は宝石みたいな紫色。
「あとは安静にしていれば大丈夫です。私の店で預かりましょうか?」
「いいんですか?」
「はい」
 ふと窓の外を見ると、ほとんど真っ暗だった。思わず顔がこわばる。お姉さんは私を少し見た後、おもむろに口を開いた。
「梓さん、家まで送りましょうか」
「それはさすがに悪いですよ」
「小学三年生の女の子を一人で帰らせるなんて、出来ませんから」

 結局私は、お姉さん――――ルイさんに送ってもらった。
私の家は結構田舎で、街灯と田んぼと原っぱ以外、ほぼ何もない。だから実は、ルイさんがついてきてくれて安心していた。この夜道を一人で歩くのは、凄く嫌だから。
「……本当は私、ルイさんがついてきてくれて、嬉しかったんです。夜道を一人で歩くの、怖くて」
自然に本音を漏らしていた。
「……夜は苦手なんですか」
ルイさんに聞かれ、私は答えた。
「小一の時までは、夜に散歩するのが好きだったんです。悪い事だけど、お父さんとお母さんが寝ている間に外に出て、風を浴びるのとか気持ち良くて。……でもある時、いきなり停電になって、街灯が全部消えて、真っ暗になったんです」
 突然の事に、私は固まった。真っ暗で何処に何があるのかわからない空間。虫の声も、風の音も聞こえなかった。
「その時、急に怖くなったんです。世界に私しかいない気がしてきて。そのうち灯りはまたついたんですけどね。それからは夜道に出るだけで身体が固まっちゃったりして。もうすぐ私の地元で冬祭りがあるんですけど、多分今年はいきません」
 笑おうとしたけど、多分上手く笑えていない。今はルイさんがいてくれているからまだマシだけど、両手が汗で濡れていて気持ち悪い。少しの沈黙の後、ルイさんは喋った。
「梓さん、冬祭り、一緒に行きませんか?」
「……?」
「迎えに来ますから、日にちを教えて下さい」

 冬祭り当日。私は家でルイさんを待っていた。
『まぁ、一緒に行く人がいるし、大丈夫なはず』
一人で頷いていると、上から声が聞こえた。
「梓さん、浴衣お似合いですね」
見上げると、ルイさんともう一人、金髪のお姉さんが立っていた。この人も綺麗。
「はじめまして、時宮メアです」
「は、はじめまして」
メアさんは外国の人形のようで、ちょっと緊張した。

 綿あめを片手に持って、私は例の道を歩いていた。
「あー、楽しかった」
思わず声に出てしまい、恥ずかしかったけど、何だか嬉しかった。
「座りましょうか」
 ルイさんが土手を指差して言う。その手には林檎飴が握られていて、ちょっと意外。
「……月だ」
上を向いたメアさんが呟くのが聞こえて、私も土手に座って空を見た。
「……本当だ」
そこに広がっていたのは、金色の満月と星が輝く夜空だった。綺麗で、何も言えなくなって、私達は黙って空を眺めていた。
 こんなに綺麗な空がある事、夜の散歩が好きだった頃も気づかなかった。
「夜も悪くないでしょう?」
 声のする方を向くと、メアさんがこっちを見て少し笑っていた。
「……はい」
メアさんの言う通りだ。あの停電の日も、きっと夜空は綺麗だったのに、私は全然見ていなかった。
「見かたを変えると、新しいものを見つけられる事もあるんですよ」
月を見つめながら、ルイさんが語りかけてくる。その言葉が身に沁みた。
「ありがとう、ございました」
 メアさんは微笑し、ルイさんは静かにこっちを見た。相変わらず無表情だったけど、その顔はほんの少し、笑っているようにも見えた。

梓さんが月を見つめている。無邪気そうなその笑顔は幼い頃のメアそっくりで、私は何年か振りに胸が温かくなった。

家に帰った私はベッドに腰掛けて、窓から外を見てみた。さっきの月の光が部屋に射し込んでくる。さすがに、深夜に外を一人で出歩くのは駄目かもしれないけど、夜に田舎道を歩くのは、ちょっと大丈夫になった気がする。
「夜を楽しむ方法も、まだあったんだな」
布団に潜り込み、目を閉じた。今日はきっと、穏やかに眠れる。

 古本屋の店員時宮ルイと、洋菓子屋の店員時宮メアは、祭りから帰っている途中だった。
 突然、メアが足を止めた。
「どうかした?」
「……ルイ、先に帰ってて」
「? ……わかった」
 ルイが先に帰るのを見送り、メアは正面からやってきた黒猫に話しかけた。
「何?」
『久しぶり、メア』
「久しぶり。……そう言えばあなた、ルイに看病してもらったんじゃ?」
『おや、何で分かった?』
「梓さんに運ばれて来て、ルイの店から包帯を巻いて出てくる様子をみたから」
『なるほど。実は魚を店から獲るのに失敗して、そこの店員に怒られたんだ』
「何やってるんだか。……で、何の用?」
『予告しに来たんだ』
「……」

『メア、君、もうすぐ消えるよ』

「……わかってるよ」
『そうか』
「でも」
『ん?』
「……ルイには、まだ言わないで……」
『……わかった』
 黒猫は紫の瞳を光らせて、闇の中へ消えていった。
メアは少しの間立ち尽くしていたが、やがてその場を去った。
 金色の月は、静かに街を照らしていた。

【あとがき】
 こんにちは、清水玉です。途切れ途切れにこの連載物を書き続けています。突然ですが復習(?)がてらに、主な人物二名の紹介を書かせてもらいます。

時宮ルイ……古本屋の店員。漆黒のショートヘアで銀の瞳を持つ、氷系の美人。外見年齢は十七歳くらい。物に触れて、それの持ち主や今に至る過程を感じ取れる。

時宮メア……洋菓子屋の店員。柔らかな長い金髪と碧眼を持つ、フランス人形のような容姿をした美人。ルイよりも微笑する回数が少し多い。動物の言葉がわかる。

 こんな感じです。ちなみに、次回かその次の回辺りで最終回にしようと思っています。
 ではでは、お腹が空いているのでこの辺で。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


   星
青い怪物
女「ねえねえ男、さそり座のさそりのお腹辺りに見える赤く光っている星みえる?」
と大空の星々を二人で見上げながら女は男にたずねた。
男「見えるよ。たしかアンタレス(Antares)だよね?あの星がどうかしたの?」
女「そう。さそり座で一番明るい星だよ。男はあの星がどうしてアンタレスって名前になったか知ってる?」
男「知らないな~。女は知ってるの?」
女「最近本で読んだんだ。アンタレスの近くにもう一つ赤く見える星があるのわかる?」
男「うん。見えるよ。あの星がどうしたの?」
女「あの星は火星(Ares)なんだけど、アンタレスと火星が明るさを競い合っている様に見えるから『火星(Ares)に対抗(Anti)するもの』っていう『Anti‐Ares』が由来って書いてたわ」
と女は自慢げに話す。
男「へ~、星の名前にそんな由来があるんだ。すごく明るかったり他のものに対抗したりして、なんだかアンタレスって女に似ているね(笑)」
女「男!!いったいどういう事それ!?」
女は男を問い詰める。
男「女はいつも明るいよねっていう話だよ」
女「絶対それだけじゃないでしょ?」
男「それだけだよ~」
と男はケラケラ笑いながら言った。
女「んじゃあ、男はどうなの?男も私と同じくらい明るいと思うけど?」
首をかしげながら男にたずねる。
男「う~ん…」
男は空を見上げて星を探す。
男「でも、さそり座の中でなら僕にはあっちの星の方が合っているのかな」
女「どの星?」
男「さそりの尾の辺りにある明るい星」
と星空を指さす男
男「え~と、名前は確か…」
女「シャウラ?」
男「そう!!シャウラ!シャウラ!」
女「たしかさそり座の中で二番目に明るい、さそりの針を担う星だっけ?」
男「うん。アンタレスは少し明るすぎて僕には合わないかなって。だから、アンタレスに比べて控えめなシャウラの方が僕にはちょうど良いのかなって思って」
男は少し照れくさそうに言う。
女「控えめか、たしかに男らしいね」
男「シャウラを見ているとなぜだか落ち着くし」
男はずっと星空の一点を見続ける。
女「シャウラばっかりじゃなくて、せっかくだからアンタレスとかほかの星も見なさいよ!」
少し頬を赤らめながらつぶやく。
男「気が向いたら見るよ」
と男は女の変化に気づかない。
結局僕はいつもアンタレスの様な物を見ているんだよな…と心の中で思いながら。

時間が経つのも忘れて二人は空を見ながら色々な話をした。
東の空が藍色になっていく。月が消えてく。
女は男に少しだけ触れて合図した。
二人は立ち上がり、もどかしいけどいつまでもこんな関係が続けばいいな。とお互いに思いながら帰路についた。
目の前に広がる夜と朝が混ざり合う、藍色の空を目に焼き付けて。
※さそり座は夏の星座です。

3学期 by箱船ノア

2014年05月04日

   罪なる琥珀の宝石店
                      箱舟ノア
 新月の夜。何もないはずの空き地に、小さな店が現れた。店の名は『amber』。
 店の中では、男か女かどっちともつかない中性的な子供が一人、丁寧に宝石を拭いていた――。


次の朝。
「なんだろう、この店……」
店の前を行き来する少年。彼は名を健太という。
「よし、入ってみよう! もしかしたら、新しいカードとか売ってるかも……それ渡せば、西田くんも満足してくれるかもしれないし」
西田、というのは健太のクラスメイトで、クラスで一番の権力を持つ、いわゆる『ガキ大将』。健太は彼や彼の取り巻きにいじめられ、肩身の狭い学校生活を送っていた。
「す、すみません……」
ぎぃぎぃと軋む重いドアを押すと、薄暗い店内が目に入った。
美しい宝石が収められたショーケースがいくつも、店の中心を囲むように円形に並んでいる。その真ん中で、琥珀色の髪と目、左目に眼帯をつけた子供が大げさなお辞儀をした。
「……いらっしゃいませ、お客様。僕は店主のアンバー・スィン。叶えたい願いは何だい?」
「ね、願い? ここって、願いが叶うんですか?」
「うん、そうだよ。僕は願いを叶えるのが生業だからね」
(それでどうなるかは君次第、っていうか決まってるんだけどね)
そんなアンバーの心の声はもちろん健太には届かない。
「じゃあ、僕の願いをかなえてください! あ、でも、お金が」
「ううん、お金はいらないよ」
「それなら下さい!」
健太が言うや否や、アンバーの手から石が現れた。深紅の中に一点だけある黒い部分が、目玉のように健太を見つめている。
「この石に願えばなんでも叶うよ。さあ、君の願いを見せて……」
アンバーが微笑んだ途端、健太はぐらり、と床に崩れ落ちた。
「君の絶望を……」


「う、う……」
健太が目を覚ましたのは、いつもの自分の部屋だった。
「え、と……僕、確か宝石屋さんで、願いの叶う石をもらって……夢、だったのかな」
眠い目をこすりながらふと机を見ると、昨日アンバーから渡された深紅の石が、転がっている。黒い部分は相変わらず、目玉のように動きながら健太を見ていた。
「夢じゃない……!? 本当に願いが叶うんだ……」


「何にしようかな、何にしようかな。願いが叶うんだし、しっかり考えないと」
ぶつぶつと言いながら歩く健太だったが、突然足を止める。
「そうだ、透明人間になろう! 透明になって、西田君に仕返ししてやる……」
その時。健太のポケットにあった石が、突然光りだした。黒と赤がぐちゃぐちゃに混ざり合った光が、健太の眼を眩ませる。
「眩しいっ……なんだよ、これ」
健太が目を閉じている間に、石はぐにぐにと形を変え、やがてスプレーのようなものが現れた。
「……このスプレー、何だろう? ……もしかして、かけたら透明になれるんじゃ」
恐る恐るスプレーを近くに生えていた雑草に吹き付けると、一瞬で雑草が消えた。
「すごいすごい……! 本当に透明になれるんだっ! よし、これで……」


「あー、本当に楽しいなぁ」
健太がスプレーを手に入れてから一週間。透明になって仕返しをする日々は、健太にとって最高のものだった。スプレーが水で落ちることも分かり、今ではすっかり使いこなしている。
「あ、西田。よし、もう一回……」
スプレーを全身に吹き付け、西田を追いかける。そして、交差点に差し掛かった時。エンジン音が健太に近づいた。
「え」
信号無視のトラックが、健太めがけて突っ込んでくる。とはいえ、運転手に健太は見えていない。
「うわあっ!」
スピードを緩めず、トラックが交差点を突っ切る。もろに轢かれた健太だが、流れる血もスプレーで消されていた。
(このまま……誰にも気づかれないで死ぬのかな……)
「いやいや、そんなことはない。僕は気づいてるよ」
透明なまま倒れる健太の足元に、アンバーがふっと現れる。
「た……すけ、て」
「やだよ。そろそろ呪宝石の効果が出る頃だし、僕はそろそろ帰るね」
「で、も。雨が降れば、スプレー落ちて」
「残念、しばらく晴れだよ。君はこのまま、僕以外誰にも気づかれることなく、みんなに踏まれながら死んでいくんだ。それに石は、一人に一つしか売れないしねー」
言いながら、アンバーが眼帯を外す。その下にあったのは、びっしりと呪文が書き込まれた、つぶれた目の跡。
「僕の傷跡は君の絶望を求めてる。さあ、お食べ」
目の跡が、健太の体をじっと見る。やがてその体は禍々しい光に包まれ、一つの石になって道に転がった。アンバーがそれを拾い、目の跡に押し当てる。
「……まだ足りないのか。また頑張って絶望を集めるよ」
そう呟き、アンバーはどこかへ消えた。




 新月の夜、突然現れる宝石店。中で宝石を拭く、眼帯の少年。
見かけても店に入ってはならない。己の欲の先にあるものは、絶望しかないのだから。


あとがき
私にしては珍しく、キャラ設定やだいたいの流れを細かく作った話です。でもこのクオリティーって……とか言う突っ込みはやめて、自分がよくわかってるから。