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3学期 by俺様はティガー


大空の蛍
俺様はティガー
「パパー、まだぁ」
娘の明らかに疲れた様子の声が聞こえる。さっきから歩きっぱなしなのだから当然だろう。子どもの手前、顔には出さないものの僕も疲れている。
「ん、もうちょっとだからな。もう少しがんばれ」
もう何度目かも分からない「もうちょっと」で励ましてそっとため息をついた。

 始めは娘の一言だったような気がする。
「ほたるって知ってる?」
絵本にでも出てきたのだろうか、得意げにそう聞いてきた。
「うん、知ってるよ」
「ほんと、見たことある?」
「あぁ、たくさん見たことあるよ。おばあちゃんの前の家に秘密の場所があるんだ」
娘に影響されたのか得意げにそう答える。すると、当然のごとく、
「見てみたい。つれてって!」
と返ってきた、こうなると長い。はぁ、言わなければ良かったかもしれない。

そんな訳で今に至るのだが、おかしい。記憶をたよりに蛍が見える場所まで来たのはいいが、一向に現れそうにない。さっきから周囲を歩いて探してみるものの、蛍はおろか川一つないありさまだ。昔のことだから忘れてしまったのだろうか。いや、それはないだろう、記憶力には自信がある。実際ここまで記憶通りだった。
「パパ、ほたるは?」
「もうちょっとな」
視線が痛い。ひょっとしたら、時間がまずかったのだろうか。夜出歩かせてはいけないと思い、日も沈まぬうちに出たのがまちがいだったのだろうか。
「パパ、暗いね」
「ああ、そうだな」
うん?あ、本当だ。もう日は落ちかけ辺りは薄暗かった。
「今日はもうあきらめて帰るか」
「いや」
即答だった。とはいえ、さすがにこれ以上探すわけにはいかない。暗くなっては危ないし、心配させてしまうだろう。なにより教育上よろしくない。
「もう暗いじゃないか。明日絶対連れてってやるから、今日はもう帰ろう」
「いや」
娘はとうとう座り込んでしまった。はぁ、まただ。こうなると、てこでも動かない。しかし、そうも言っていられないだろう。もう日は落ちている。
「なぁ、「や、パパは信用ならない」……」
どこで覚えてきたんだそんな言葉。
しかし、そろそろがつんと言わなければならないだろう。決してさっきのにイラっときたんじゃあない、うん。
「よし」
小声で小さな覚悟を決め、娘を叱ろうとしたその時、
「わぁ!」
と声がした。
蛍でもいたのだろうか。そう思い、娘のほうを見てみても、蛍なんて一匹も飛んでない。娘は空を見上げていた。不思議に思って視線を上にあげてみると、
「きれぇ」
「あぁ、そうだな」
空には一面に星空が広がっていた。そして、ふと思い出した。小さいころに見た景色が同じものだったことを。都会にはない吸い込まれそうなほど明るく怖い星空が何が何だか分からなかった感動を。記憶がよみがえる、そのあと知ったかぶりの友人に騙されて、それを蛍だと思い込んだんだったか。その翌年におばあちゃんが引っ越して
ここに来ることがなくなったんだ……。

一つ一つが存在を主張しあい、数百、数千の蛍の群れのような星空の下で僕は少し父親というものに近づいた気がした。
「パパ、すごいね」
「あぁ、あれが蛍だよ」
「違うよ、あれは星っていうんだよ」
僕の娘はいつのまにか、かしこくなっていたらしい。気がつけばこんなに大きくなっている。早く大きくなってほしいが、このままでいて欲しくもある。とりあえずこの場の時間だけはゆっくり進んでくれといつまでも祈っていた。



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