TOTAL: 94989 - TODAY: 2 - YESTERDAY: 263

3学期 by清水玉


   何かを起こす古本屋 Ⅲ
清水玉
《前書き》
とある繁華街から逸れた小道を進んだ所に、古本屋と洋菓子屋が並んで建っている。それぞれの店では、美しく、営業用の微笑以外には常に無表情でいる女性の店員が、一人で働いている。いつもは人気がほとんどないが、たまにこれらの店にたどり着く人も、いたりする。


学校から急いで帰っている途中、猫を見つけた。道の脇にうずくまっていた。
「……」
 見た瞬間、どうしようか悩んだ。冬だから早く帰らないと暗くなる。でも猫は弱っているみたいで、放っておくのも気が引けた。
 数分後、私はその黒猫を抱えて人気のない小道に入り込んだ。

 行くあてはないけれど、とりあえず猫を診てくれる人を探さないと。キョロキョロと辺りを見回していると、何かの建物を見つけた。
「……本屋さん?」
 両手が猫を抱えていて使えないので、背中でガラス戸を押して中に入る。少し暗いけど、どこか安心できる雰囲気があった。なんというか、自分の家の屋根裏部屋みたいな。
「あのー、すみませーん……」
 しばらくすると、奥から綺麗な人が出てきた。でも目に輝きがなくて、少し怖い。そのお姉さんは私を見ると、笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃいませ」
「えと、猫を拾ったんですけど、弱ってるみたいで……」
お姉さんはチラリと私の抱えているものを見て、
「手当てします」
「あ、ありがとうございます!」
 猫を手渡すと、お姉さんは手招きした。
「こちらにどうぞ」
「え?」
「隣の店のケーキがあるんです」

 猫の左腕に包帯が巻かれていくのを見ながら、私はケーキを食べた。よく見ると、猫の瞳は宝石みたいな紫色。
「あとは安静にしていれば大丈夫です。私の店で預かりましょうか?」
「いいんですか?」
「はい」
 ふと窓の外を見ると、ほとんど真っ暗だった。思わず顔がこわばる。お姉さんは私を少し見た後、おもむろに口を開いた。
「梓さん、家まで送りましょうか」
「それはさすがに悪いですよ」
「小学三年生の女の子を一人で帰らせるなんて、出来ませんから」

 結局私は、お姉さん――――ルイさんに送ってもらった。
私の家は結構田舎で、街灯と田んぼと原っぱ以外、ほぼ何もない。だから実は、ルイさんがついてきてくれて安心していた。この夜道を一人で歩くのは、凄く嫌だから。
「……本当は私、ルイさんがついてきてくれて、嬉しかったんです。夜道を一人で歩くの、怖くて」
自然に本音を漏らしていた。
「……夜は苦手なんですか」
ルイさんに聞かれ、私は答えた。
「小一の時までは、夜に散歩するのが好きだったんです。悪い事だけど、お父さんとお母さんが寝ている間に外に出て、風を浴びるのとか気持ち良くて。……でもある時、いきなり停電になって、街灯が全部消えて、真っ暗になったんです」
 突然の事に、私は固まった。真っ暗で何処に何があるのかわからない空間。虫の声も、風の音も聞こえなかった。
「その時、急に怖くなったんです。世界に私しかいない気がしてきて。そのうち灯りはまたついたんですけどね。それからは夜道に出るだけで身体が固まっちゃったりして。もうすぐ私の地元で冬祭りがあるんですけど、多分今年はいきません」
 笑おうとしたけど、多分上手く笑えていない。今はルイさんがいてくれているからまだマシだけど、両手が汗で濡れていて気持ち悪い。少しの沈黙の後、ルイさんは喋った。
「梓さん、冬祭り、一緒に行きませんか?」
「……?」
「迎えに来ますから、日にちを教えて下さい」

 冬祭り当日。私は家でルイさんを待っていた。
『まぁ、一緒に行く人がいるし、大丈夫なはず』
一人で頷いていると、上から声が聞こえた。
「梓さん、浴衣お似合いですね」
見上げると、ルイさんともう一人、金髪のお姉さんが立っていた。この人も綺麗。
「はじめまして、時宮メアです」
「は、はじめまして」
メアさんは外国の人形のようで、ちょっと緊張した。

 綿あめを片手に持って、私は例の道を歩いていた。
「あー、楽しかった」
思わず声に出てしまい、恥ずかしかったけど、何だか嬉しかった。
「座りましょうか」
 ルイさんが土手を指差して言う。その手には林檎飴が握られていて、ちょっと意外。
「……月だ」
上を向いたメアさんが呟くのが聞こえて、私も土手に座って空を見た。
「……本当だ」
そこに広がっていたのは、金色の満月と星が輝く夜空だった。綺麗で、何も言えなくなって、私達は黙って空を眺めていた。
 こんなに綺麗な空がある事、夜の散歩が好きだった頃も気づかなかった。
「夜も悪くないでしょう?」
 声のする方を向くと、メアさんがこっちを見て少し笑っていた。
「……はい」
メアさんの言う通りだ。あの停電の日も、きっと夜空は綺麗だったのに、私は全然見ていなかった。
「見かたを変えると、新しいものを見つけられる事もあるんですよ」
月を見つめながら、ルイさんが語りかけてくる。その言葉が身に沁みた。
「ありがとう、ございました」
 メアさんは微笑し、ルイさんは静かにこっちを見た。相変わらず無表情だったけど、その顔はほんの少し、笑っているようにも見えた。

梓さんが月を見つめている。無邪気そうなその笑顔は幼い頃のメアそっくりで、私は何年か振りに胸が温かくなった。

家に帰った私はベッドに腰掛けて、窓から外を見てみた。さっきの月の光が部屋に射し込んでくる。さすがに、深夜に外を一人で出歩くのは駄目かもしれないけど、夜に田舎道を歩くのは、ちょっと大丈夫になった気がする。
「夜を楽しむ方法も、まだあったんだな」
布団に潜り込み、目を閉じた。今日はきっと、穏やかに眠れる。

 古本屋の店員時宮ルイと、洋菓子屋の店員時宮メアは、祭りから帰っている途中だった。
 突然、メアが足を止めた。
「どうかした?」
「……ルイ、先に帰ってて」
「? ……わかった」
 ルイが先に帰るのを見送り、メアは正面からやってきた黒猫に話しかけた。
「何?」
『久しぶり、メア』
「久しぶり。……そう言えばあなた、ルイに看病してもらったんじゃ?」
『おや、何で分かった?』
「梓さんに運ばれて来て、ルイの店から包帯を巻いて出てくる様子をみたから」
『なるほど。実は魚を店から獲るのに失敗して、そこの店員に怒られたんだ』
「何やってるんだか。……で、何の用?」
『予告しに来たんだ』
「……」

『メア、君、もうすぐ消えるよ』

「……わかってるよ」
『そうか』
「でも」
『ん?』
「……ルイには、まだ言わないで……」
『……わかった』
 黒猫は紫の瞳を光らせて、闇の中へ消えていった。
メアは少しの間立ち尽くしていたが、やがてその場を去った。
 金色の月は、静かに街を照らしていた。

【あとがき】
 こんにちは、清水玉です。途切れ途切れにこの連載物を書き続けています。突然ですが復習(?)がてらに、主な人物二名の紹介を書かせてもらいます。

時宮ルイ……古本屋の店員。漆黒のショートヘアで銀の瞳を持つ、氷系の美人。外見年齢は十七歳くらい。物に触れて、それの持ち主や今に至る過程を感じ取れる。

時宮メア……洋菓子屋の店員。柔らかな長い金髪と碧眼を持つ、フランス人形のような容姿をした美人。ルイよりも微笑する回数が少し多い。動物の言葉がわかる。

 こんな感じです。ちなみに、次回かその次の回辺りで最終回にしようと思っています。
 ではでは、お腹が空いているのでこの辺で。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



コメント
name.. :記憶
e-mail..
url..

画像認証
画像認証(表示されている文字列を入力してください):