TOTAL: 94757 - TODAY: 33 - YESTERDAY: 6

3学期 by箱船ノア


   罪なる琥珀の宝石店
                      箱舟ノア
 新月の夜。何もないはずの空き地に、小さな店が現れた。店の名は『amber』。
 店の中では、男か女かどっちともつかない中性的な子供が一人、丁寧に宝石を拭いていた――。


次の朝。
「なんだろう、この店……」
店の前を行き来する少年。彼は名を健太という。
「よし、入ってみよう! もしかしたら、新しいカードとか売ってるかも……それ渡せば、西田くんも満足してくれるかもしれないし」
西田、というのは健太のクラスメイトで、クラスで一番の権力を持つ、いわゆる『ガキ大将』。健太は彼や彼の取り巻きにいじめられ、肩身の狭い学校生活を送っていた。
「す、すみません……」
ぎぃぎぃと軋む重いドアを押すと、薄暗い店内が目に入った。
美しい宝石が収められたショーケースがいくつも、店の中心を囲むように円形に並んでいる。その真ん中で、琥珀色の髪と目、左目に眼帯をつけた子供が大げさなお辞儀をした。
「……いらっしゃいませ、お客様。僕は店主のアンバー・スィン。叶えたい願いは何だい?」
「ね、願い? ここって、願いが叶うんですか?」
「うん、そうだよ。僕は願いを叶えるのが生業だからね」
(それでどうなるかは君次第、っていうか決まってるんだけどね)
そんなアンバーの心の声はもちろん健太には届かない。
「じゃあ、僕の願いをかなえてください! あ、でも、お金が」
「ううん、お金はいらないよ」
「それなら下さい!」
健太が言うや否や、アンバーの手から石が現れた。深紅の中に一点だけある黒い部分が、目玉のように健太を見つめている。
「この石に願えばなんでも叶うよ。さあ、君の願いを見せて……」
アンバーが微笑んだ途端、健太はぐらり、と床に崩れ落ちた。
「君の絶望を……」


「う、う……」
健太が目を覚ましたのは、いつもの自分の部屋だった。
「え、と……僕、確か宝石屋さんで、願いの叶う石をもらって……夢、だったのかな」
眠い目をこすりながらふと机を見ると、昨日アンバーから渡された深紅の石が、転がっている。黒い部分は相変わらず、目玉のように動きながら健太を見ていた。
「夢じゃない……!? 本当に願いが叶うんだ……」


「何にしようかな、何にしようかな。願いが叶うんだし、しっかり考えないと」
ぶつぶつと言いながら歩く健太だったが、突然足を止める。
「そうだ、透明人間になろう! 透明になって、西田君に仕返ししてやる……」
その時。健太のポケットにあった石が、突然光りだした。黒と赤がぐちゃぐちゃに混ざり合った光が、健太の眼を眩ませる。
「眩しいっ……なんだよ、これ」
健太が目を閉じている間に、石はぐにぐにと形を変え、やがてスプレーのようなものが現れた。
「……このスプレー、何だろう? ……もしかして、かけたら透明になれるんじゃ」
恐る恐るスプレーを近くに生えていた雑草に吹き付けると、一瞬で雑草が消えた。
「すごいすごい……! 本当に透明になれるんだっ! よし、これで……」


「あー、本当に楽しいなぁ」
健太がスプレーを手に入れてから一週間。透明になって仕返しをする日々は、健太にとって最高のものだった。スプレーが水で落ちることも分かり、今ではすっかり使いこなしている。
「あ、西田。よし、もう一回……」
スプレーを全身に吹き付け、西田を追いかける。そして、交差点に差し掛かった時。エンジン音が健太に近づいた。
「え」
信号無視のトラックが、健太めがけて突っ込んでくる。とはいえ、運転手に健太は見えていない。
「うわあっ!」
スピードを緩めず、トラックが交差点を突っ切る。もろに轢かれた健太だが、流れる血もスプレーで消されていた。
(このまま……誰にも気づかれないで死ぬのかな……)
「いやいや、そんなことはない。僕は気づいてるよ」
透明なまま倒れる健太の足元に、アンバーがふっと現れる。
「た……すけ、て」
「やだよ。そろそろ呪宝石の効果が出る頃だし、僕はそろそろ帰るね」
「で、も。雨が降れば、スプレー落ちて」
「残念、しばらく晴れだよ。君はこのまま、僕以外誰にも気づかれることなく、みんなに踏まれながら死んでいくんだ。それに石は、一人に一つしか売れないしねー」
言いながら、アンバーが眼帯を外す。その下にあったのは、びっしりと呪文が書き込まれた、つぶれた目の跡。
「僕の傷跡は君の絶望を求めてる。さあ、お食べ」
目の跡が、健太の体をじっと見る。やがてその体は禍々しい光に包まれ、一つの石になって道に転がった。アンバーがそれを拾い、目の跡に押し当てる。
「……まだ足りないのか。また頑張って絶望を集めるよ」
そう呟き、アンバーはどこかへ消えた。




 新月の夜、突然現れる宝石店。中で宝石を拭く、眼帯の少年。
見かけても店に入ってはならない。己の欲の先にあるものは、絶望しかないのだから。


あとがき
私にしては珍しく、キャラ設定やだいたいの流れを細かく作った話です。でもこのクオリティーって……とか言う突っ込みはやめて、自分がよくわかってるから。



コメント
name.. :記憶
e-mail..
url..

画像認証
画像認証(表示されている文字列を入力してください):